目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第22話 エレンの懸念

 冒険者達が集まって、いよいよ魔王討伐に向かうべく第一隊がパスクワーリの町を発ってから、三日目の昼。

 第二隊の俺達はいまだパスクワーリの町にいて、冒険者ギルド併設の酒場で酒を飲みつつ待機していた。


「第一隊が出発して、これで三日か……」

「そうね。もうそろそろ前線基地の設営が始まるはずよ」


 俺がエールを飲み干してジョッキを置きながらこぼすと、エレンも紅茶を入れたカップを両手で持ちながら言った。

 別に仕事をサボっているわけではないし、この待機も第一隊から報告があったらすぐに出られるようにするために必要なことだ。模擬戦闘などをして鍛えている連中もいるが、あまりやりすぎて本番でバテては良くないと、やり過ぎないようマリカから言われている。

 俺達は別に訓練しなくても充分に強いし、むしろ訓練相手になるような相手がいないのでこうして酒場でのんびりしているわけだが、それにしたってヒマだ。


「そうだね。基地の設営が完了し次第、伝書鷹レターホークが飛んでくる手はずだ。そこから、僕達第二隊が魔王領に突入する」


 ロドリゴがぐいと、エールの入ったジョッキを傾けてから話をする。彼の隣で、木製のジョッキを両手で包みながらブリジッタが視線を落とした。


「皆が無事だといいんだけれど……」

「ブリジッタ、心配か?」


 不安そうな顔をして言葉をこぼすブリジッタに俺が声をかけると、彼女は困った表情をしながら不安を言葉にした。


「だって、そうじゃない。魔王軍の魔物はこっちに出てきている連中でさえ、一匹で一つの村を滅ぼせるのよ。それより強い連中が魔王領にはうようよしているんだから」


 そう話すブリジッタの隣で、ロドリゴも納得したようにうんうんとうなずいている。そちらに視線を向けつつ、さらにブリジッタは話を続けた。


「それに、魔王城の衛兵は獣人ファーヒューマン竜人ドラゴヒューマンばかりでしょ。攻め込むのは容易じゃないわ」


 彼女の言葉に俺もエレンも、こくりとうなずきを返す。

 実際彼女の不安ももっともだ。魔王領から出てきている魔王軍の魔物より、魔王領の中で警備にあたっている魔物のほうが、格段に強い。おまけに魔王城の衛兵に配置される魔物は獣人ファーヒューマン竜人ドラゴヒューマンと、人間同様に知能のある連中ばかりだ。

 結果として、組織だった動きや戦略的な戦いを繰り出してくる。なかなか厄介なのだ。エレンもため息を吐きながら言う。


「確かにそうね。獣人ファーヒューマン竜人ドラゴヒューマンも戦略的な動きをしてくる。魔王軍には優秀な指南役もいるから、その戦術レベルは一国の軍隊に匹敵するわ。だから討伐隊は各国の冒険者ギルドのAランク以上のパーティーから選抜、という形になるのだもの」


 そう言って、エレンは紅茶を一口分口に含んだ。それを飲み込み、小さく息を吐きだしてからエレンは笑う。


「でも、魔王軍の戦術は日々研究されている。あたし達冒険者の実力も日々高まっている。力押しだけが戦術ではない、と言うのはこっちも同じよ」

「エレン……」


 エレンの言葉にブリジッタが、目を見開きながら言葉を漏らす。と、紅茶を飲み干したエレンが、おどけるように手を開きながら口を開いた。


「なーんて、魔物のあたしが言っても説得力無いかもしれないけれど」

「ううん、そんなこと――」


 彼女の言葉にブリジッタが首を振って返そうとしたその瞬間、ギルド入り口から飛び込んできたマリカが大声を張り上げた。


「第二隊諸君! すぐに発つ準備をしろ!」

「マリカ?」


 問いかけたのは誰だったか。それを認識するより先に、マリカが手に持っていた巻紙を掲げながら言った。


「第一隊から伝書鷹レターホークが来た! 前線基地の設営に成功したとのことだ!」

「おぉっ……!」


 その言葉に歓声が上がり、すぐさま冒険者達がギルドの建物を飛び出していく。

 もう一度言うが、第一隊が出発してから三日目だ。パスクワーリの町から魔王領との境界までは徒歩でおよそ4時間、そこから魔王城まではほとんど1日かかる。

 つまり第一隊は都合二日間の間で、前線基地の設営を終えたということだ。早いなんてものではない。


「早いね」

「順調だな、いい感じだ」


 俺が言葉を漏らしながら荷物を背負うと、ロドリゴも残っていたエールをぐいと飲み干して立ち上がった。

 ここからは一刻の猶予もない。というより猶予を持たせてはならない。何せ今も第一隊は魔王領のど真ん中で、前線基地維持のために戦い続けているのだ。彼らが命を落とす前に、俺達が前線基地までたどり着く必要がある。

 冒険者ギルドの前に揃った39名の戦闘で、マリカが愛用の斧を高く掲げて言った。


「第一隊が切り開いてくれた道を閉ざすことがないよう、迅速に行動するぞ! 前線基地まで突っ込め!」

「おぉーっ!!」


 マリカの声に呼応した冒険者達が、一斉に声と拳を上げる。早速、魔王領に向けて出発だ。エレンも俺の肩に飛び乗って、俺とロドリゴに視線を向ける。


「よし、行くわよ」

「ああ」

「行こう」

「うむ」


 俺も、ロドリゴも、ディーデリックまでもが短く返事をして、足早に歩を進める。移動速度を高める疾駆スプリントも、疲労を取り払う疲労回復レストも使って足を止めることなく歩き、歩き、俺達はいよいよヤコビニ王国と魔王領の境目まで来ていた。

 人家や街道などまったく無くなって、うっそうとした森の中を進みながら、俺は肩の上のエレンに問いかける。


「そろそろ、魔王領の結界を抜けるころか?」

「そうね。見て、前」


 俺の言葉にエレンがうなずく。そしてそのまま手を前方に向けた。

 十数歩もない距離に、壁状の結界が張られている。この壁が人間界と魔物界を隔てる壁であり、ヤコビニ王国と魔王領との境界線だ。結界の中は高い魔力で満ちており、強い魔物がいくらでも生まれ出てくる危険な地域。当然、俺達の緊張も増すばかりだ。


「あそこの先が魔王領か……」

「第一隊があらかた魔物を片付けてくれているとはいえ、ぞっとしないね」


 俺が声を潜めて言うと、ロドリゴも小さく身震いしながら返した。

 そう、今の時点では・・・・・・そこまで魔物でひしめいている、ということは無いはずなのだ。その為に第一隊の冒険者達が、この周辺の魔物を倒してくれているのだから。

 身を硬くする第二隊の冒険者達に、マリカが鼓舞するように声を上げる。


「恐れるな! 第一隊が道を確保してくれている、協力して襲いかかる魔物を蹴散らせ!」


 勇者らしいマリカの言葉に、俺達も自然と決意にみなぎる。足を踏み出し、魔王領の結界を突破するべく突き進んだ。

 そして、マリカを先頭に置いて第二隊が魔王領に侵入する。


「第二隊、突入!」


 言うや否や、第二隊の冒険者が一丸となって、魔王領の結界を通り抜けた。結界というからにはもっと硬質で、はじき返されることも予想したものだが、案外呆気ないものである。

 しかし逆に、通り抜けるだけならすんなり行ったからこそ、魔物界特有の強烈な魔力が一気に身体に襲い掛かってくる。ある種特有のにおいを伴って、身体中の感覚器官を刺激する魔力に、うっすらとめまいがした。


「うっ……」

「濃密な魔力だ。これは効くね」


 俺が顔をしかめると同時に、ロドリゴも眉間を指で押さえている。彼も彼で、苦しんでいるのだろう。

 だが、魔力酔いを起こしている場合ではない。こうしている間にも次々と、魔物が地面から生み出されているはずなのだ。悠長に構えていたらあっという間に取り囲まれておしまいだろう。

 足を止めずに進む俺達の視界に、一本の旗が飛び込んできた。黄色い布地に鹿の意匠、ブラマーニ王国の旗だ。それを目にした冒険者達が口々に声を上げる。


「見ろ!」

「第一隊の旗だ!」


 こちらにまっすぐ近づいてくる旗の持ち主を見て、第二隊の冒険者達が歓声を上げた。第一隊の『黄金の木アルベロオーロ』だ。リーダーの付与術士エンチャンター、ジロラモ・サデーロの顔もよく見える。

 ジロラモがマリカに駆け寄り、その手を掴みながら声を上げた。


「第二隊!」

「『黄金の木アルベロオーロ』か! 状況は!?」


 マリカも心なしか嬉しそうな目をしてジロラモに声をかける。果たして、ジロラモはまるで勝ち誇ったかのように拳を握って見せた。


「予想していなかったくらいに順調に魔物を掃討できている。今なら安全に前線基地まで向かえるだろう!」

「有り難い!」


 ジロラモの言葉にマリカも快哉を上げた。続けて周囲の冒険者達も歓声を上げる。

 この局面で、安全を確保したまま前線基地まで向かえるのは理想的だ。今のところただの一度の戦闘もない、消耗もなく魔王城に乗り込めるのは、この上ないことだろう。

 そんな中、エレンはただ一人だけ難しい表情をして、俺の肩に乗ったままうなっていた。


「うーん……」

「エレン、どうした?」


 俺がエレンに視線を向けると、ちょいちょいとエレンが俺の耳をつついてくる。なんだ、と思うと、着ぐるみの頭にほとんど顔を突っ込むようにして、エレンが俺にささやいてきた。


「ごめんね、この状況はあたし達にとってはすごくいいことなんだけれど……順調すぎる・・・・・と思ったのよ」

「ふむ?」


 その言葉に俺は小さく目を見張る。順調なのはいいことだが、順調すぎるが故に不安とは、どういったことだろう。

 するとディーデリックがちらとエレンに視線を向けつつ、声を潜めながら彼女に言う。


「アンスガルの子から聞いた話が気にかかるか?」


 ディーデリックの発言に、エレンは小さくうなずいた。着ぐるみの頭に手を添えるようにしながら、探るように周囲を見る。


「そうね。偽王は自身こそ強いものの、後進を育てる力には劣る……だから、魔王軍の魔物が、というより魔王城周辺の魔物が、弱いのはある意味仕方ないのかもしれない。自然発生する魔物がいくら多くても、育てる力が無いんだもの」


 そう、魔王領の魔物の恐ろしいところは、強い魔物が生まれてくることでも数が多い事でもない。魔王軍に所属してしっかりと訓練された魔物が、平気な顔をしてあちらこちらでウロウロしていることなのだ。

 城の外にいる魔王軍の魔物は魔王領の外にいる魔物と違って、城に突入される前の最終防衛ライン。だから魔物の中でも特に強い連中が揃っている。

 しかし知られている通り、ヘイスベルトは育てることが上手くない。加えてそうした育成を一手に担ってきた側近のスヴェンも死んでいる。結果として、ほぼ生まれたままの魔物が野放しにされている状況なのだ。

 普通なら「このまま魔王城に乗り込むぞ」となるような状況だが、しかしエレンの表情は晴れない。


「でも、ここで順調に進んでいるからといって、慢心して突撃したら、それこそ偽王の思うツボかもしれないわ」

「そうだな……確かにそこは注意しないといけない」


 エレンの言葉を聞いていた俺も、もう一度うなずいた。彼女の言葉ももっともだ。

 順調に進めているからと言って、魔王城に突入してからも同じように行くとは限らない。魔王城の攻略が順調でも、魔王討伐がすんなり行くとは限らない。そういうものなのだ。

 そうこうする間にも冒険者たちはジロラモ以下『黄金の木アルベロオーロ』に率いられる形で魔王領の中を進んでいく。道中で魔物に襲われることも無く、前線基地が見えてきた。何とも呆気ない。


「諸君、前線基地が見えてきたぞ!」

「よーし!」

「このまま魔王城も叩き潰すぞ!」


 気炎を上げる冒険者達の背中を見ながら、眉間にシワを寄せつつエレンが言う。


「調子づいている彼らに水をさすのも悪いけれど……気を引き締めたほうがいいと思うわ」


 エレンの言葉に、俺もロドリゴも顔を見合わせてうなずいた。このまますんなり事が運ぶとは思えない。俺達だけでも用心しておくに越したことはなかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?