目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第21話 討伐隊の集合

 発表があってから四日後の早朝、ヤコビニ王国の東の端、魔王領との境界にほど近い城塞都市、東レニーニ郡パスクワーリの町の広場にて。

 『朱い戦斧アスキアロッサ』のリーダーにしてヤコビニ王国国家認定勇者、『朱斧あかおのの勇者』マリカ・ベルルーティは総勢100名を超える冒険者を見やりながら、大斧の石突で石畳を叩いた。


「全員揃っているか」

「確認します、勇者マリカ」


 厳格なマリカの言葉に、彼女の副官でもある治癒士ヒーラーパトリツィオ・アントヌッチが答える。彼が近くにいる冒険者に二言三言告げると、すぐさまに彼らは動き出して声を上げ始めた。


「第一隊、パーティーのリーダーの方はこちらにお集まりください!」

「第二隊のパーティーはこちらにお集まりください!」


 彼らの言葉に、集まった各国の冒険者パーティーのリーダーがそれぞれ集い、話を聞き始める。第一隊は16パーティー72名、第二隊は10パーティー39名。それらが連携を取って、頑健王ヘイスベルト討伐のために動くのだから、当然トップに立つマリカの気もピリピリに張っている。

 何人もの冒険者が、集合をかける冒険者のところに向かうのを見つつ、エレンが俺の肩から飛び降りて言った。


「行ってくるわね」

「ああ、頼む」


 俺の言葉にうなずいて、ぱたぱた駆けていくエレンを見送りつつ、俺は小さく言葉を漏らした。

 とうとう、この日がやって来た。頑健王ヘイスベルトの討伐に赴く日が。


「いよいよか」

「ああ、これから僕達は、魔王城の周辺、魔王領に乗り込む」


 俺の漏らした言葉にロドリゴも、神妙な面持ちでうなずいた。

 魔王討伐、というそれだけを聞くと大変な名誉のことのように思うが、その実は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされることに他ならないのだ。特に俺達みたいに、第二隊――魔王と直接ぶつかる部隊の冒険者は。

 今回は魔王軍の幹部である後虎院は全員死んでいるし、側近も殺している。ヘイスベルトとぶつかっているその背中を狙われることはないだろうが、それでも相手は魔王と、魔王城を守る精鋭たちだ。俺達だって、命を落とす危険性はゼロじゃない。

 ごくりと生唾を飲み込む俺の方を見ながら、ロドリゴが小さく肩をすくめる。


「とは言っても、僕達の出番はもう少し先だ。まずは第一隊が乗り込んで魔王領の魔物を減らして前線基地を整える。それができ次第迅速に第二隊が魔王領に突入、魔王城で『頑健王』ヘイスベルトの討伐を行う」


 その説明に、俺は小さくうなずいた。

 そう、第二隊はあくまでも魔王城へ突入して魔王と対峙するのが仕事。魔王城の前に安全な拠点を築くのは、第一隊の役目というわけだ。そうでなければ、魔王と対峙する時に消耗してまともに戦えない、ということになりかねない。

 だから俺が実際にパスクワーリの町を旅立つのは、もうちょっと先だ。

 俺の肩に手をやりながら、なおもロドリゴは話し続ける。


「第二隊の中心となるのは『朱斧あかおのの勇者』マリカ・ベルルーティだけれど、君が軽んじられることは無いだろうね。もっとも、君同様に『冬の鉄フェッロインヴェルノ』の『裂槍れっそう』バルトロメオ・ティローネや、『微笑む処刑人ソッリーデレボイア』の『鋼牙こうが』ヘロルフ・テーニセンが軽んじられることもまた、無いだろうけれど」


 ロドリゴはそう言うと、小さく微笑みながら前方に顎をしゃくった。

 その視線の先には壇上でパトリツィオと相談をしているマリカと、第二隊のリーダーの集合場所で段取りを話されているバルトロメオと、話を聞く彼らを静かに見つめるヘロルフの姿があった。

 ギュードリン自治区の冒険者であるヘロルフは、もちろん魔物。人間と魔物が手を取り合って魔王討伐に赴くこの光景も、もはや見慣れたものではある。

 俺は彼らの姿を見つつ、長くため息をついた。


「全くだ。すごい面々が集ったものだよな……勇者協定ゆうしゃきょうていで国家認定勇者はマリカしか参加できないけれど、他の奴らも負けず劣らず実力者揃いだ」

「ああ、現時点で最強の戦力が集ったと言ってもいいだろう。これなら、魔王軍の魔物が相手だとして苦戦することはないはずだ」


 俺の言葉にロドリゴもうなずく。

 正直、第一隊の人員だって何だかんだと精鋭ぞろいだ。いくら魔王領の魔物、ひいては魔王城を警護する魔物が強力だからと言って、それを相手に命を落とす、ということはないだろう。第一隊より強い連中が揃っている第二隊なら、相手になるかすら怪しい話だ。

 と、そこでロドリゴは眉間にシワを寄せる。


「だが……」

「分かっている、ロドリゴ」


 彼の言葉を、俺は首をゆるく振って遮る。分かっている、彼の言わんとすることは。


「問題は、ヘイスベルトだ」

「ああ」


 そう。結局俺達は未だ、頑健王の堅い守りを破る術を見つけられずにいる。

 情報が全く皆無、というわけではない。魔王の側近であったスヴェンは大規模戦闘レイドの果てに冒険者に捕らえられ、壮絶な尋問と拷問の果てに命を落とした。そこで得られた数少ない、頑健王の力についての情報は、冒険者ギルドを通して冒険者全体に伝わっている。

 しかし、如何にして頑健王がその高いDEF防御力RES抵抗力を維持しているか、ということについては、未だ分からないままだ。

 俺とロドリゴが顔を見合わせて小さくため息をつくと、俺のすぐそばにいた冒険者がおもむろに声をかけてきた。


「なんだ、怖気づいたか、『黄金魔獣』」

「ん」


 そちらを向くと、非常に大柄で体格のいい男性冒険者が、俺を見ていやらしい笑みを浮かべていた。

 そいつの頭上の簡易ステータスを確認する。ルフィーノ・アボンディオ、拳闘士グラップラー。レベル68、S級、Sランクパーティー所属。


「お前は……確か、アンブロシーニ帝国『クリニエーラ』の、ルフィーノ、だったか」


 そう、大陸の東側に広がる大国、アンブロシーニ帝国で五本の指に入る攻撃力を誇ると噂されるパーティー、『クリニエーラ』の切り込み隊長だ。その巨躯からは想像もできない素早いスピードと、その見た目通りの破壊力抜群の拳は、ドラゴンの鱗を粉々に砕いてみせると、もっぱらの評判だ。

 そんなルフィーノが、自分の胸をどんと叩きながら、自慢たっぷりに話してみせる。


「そうとも、『鋼拳こうけん』ルフィーノ・アボンディオとは俺のことだ。俺の拳があれば、如何に頑健王の鱗が硬いとしたって大したことはない」


 いかにも自信満々で、いかにも自分が負けるだなんて思ってもいないような物言いに、俺は小さく目を見開く。絶句した、とも言えた。どうしたらこんなに、自信に満ちた言動が出来るのか。

 俺の隣で、小さくため息をつきながらロドリゴがルフィーノに声をかける。


「まぁね、戦士ウォリアーよりは拳闘士グラップラーの方が、もしかしたらダメージの通りはいいかもしれないね。だから第二隊に回されたんだろう、君も」

「おお、『回復弓師』は多少は話が分かるようだな」


 ロドリゴの言葉に気を良くしたのか、ルフィーノが遠慮なさげにロドリゴの肩を強く叩く。叩いてきたその手をそっとどけながら、しかしロドリゴは意味ありげに笑った。


「ただ、そうだね……油断が禁物だということは、変わらないんじゃないかな?」

「何?」


 その言葉に、ルフィーノが眉間にうっすらとシワを寄せる。と、彼の言葉を無視してロドリゴは俺に顔を向けてきた。


「そうだろう、ディーデリック? 君とて油断はしていないはずだ」

「無論だ、弓師」


 声をかけられたディーデリックが、ふんと鼻を鳴らしながら答える。彼自身、ルフィーノのこの不遜な物言いには腹が立っていたらしい。吐き捨てるように彼は言った。


「あれの強みが鱗の硬さであることに、今更間違いもありようがない。だが、あれの強みが鱗の硬さだけだと思ったら、大間違いだ」


 ディーデリックの強い口調と厳しい言葉に、ぐっとルフィーノが言葉に詰まる。しかし彼は、その圧をはじき返すように口角を吊り上げて言った。


「はっ」


 そうこぼすと、ひらりと手を振りながら彼は立ち去る。ちょうどリーダー達への話が終わったところのようだ、自分のところのリーダーを迎えに行くのだろう。


「言ってろ。お前らがそうして慎重である間に、俺があいつの首をへし折ってやるよ」

「まあ、そうだね。期待しているよ、ルフィーノ」


 捨て台詞のように言葉を吐いて去っていったルフィーノに、こちらもひらりと手を振り、笑みさえ見せながらロドリゴは言葉をかける。

 あまりにも持ち上げ過ぎというか、煽りすぎというか。ぶつかり合いを生みかねない言葉に俺は、着ぐるみの内側で小さく目を細める。


「いいのか、ロドリゴ。焚きつけるような形になってしまったが」

「仕方がないよ。ああいう手合いは、程よく持ち上げた方がいい働きをしてくれることもある」


 俺の言葉にロドリゴは、大げさに肩をすくめながら答えた。

 確かにああして持ち上げ、煽ることで調子づく連中はいる。そうして上手く働いてくれれば万々歳、働きが悪ければバカにされるだけ。ある意味、ロドリゴの手の内でルフィーノは踊らされていた、とも言えるだろう。

 と、そこでロドリゴが俺の着ぐるみの頭部分に顔を寄せてくる。


「それに……」

「それに?」


 急に声を潜めた彼に俺が問い返すと、ロドリゴはひどく意地の悪い笑みを浮かべながら、冷たさすら感じさせる声色で言った。


「魔王と戦って死んだ・・・として、冒険者の恥にはならないだろう?」

「ははっ、お前もなかなか言うな」


 彼の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。確かにそういう意味では、ロドリゴの言う通りだ。

 くつくつと肩を小さく震わせながら笑う俺達に、相談から戻って来たエレンはただただ、首をかしげるばかりだったと、後で彼女自身から聞かされた俺達だった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?