三日後。西テバルディ郡のテバルディ大平原に発生した
「よし……」
他の冒険者たちが俺達を見ている中、大剣を背負い直して言葉を吐くと、エレンが身体についた血を拭い取りながら笑みを見せた。
「今日も順調ね」
「そうだね、討伐隊参加前の準備運動には十分だ」
ロドリゴも弓を背負いながら息を吐いた。先程からあちこちに魔法を打ち込んでいた彼だが、ちっとも息が上がっていない。準備運動など、出来たのかどうか怪しいところだ。
ともあれ、今日はブリジッタから話を聞いてから三日後。いよいよ
「魔王討伐隊か……今日が発表の日だったか?」
「そうよ。多分、もうギルド本部に貼り出されているんじゃないかしら」
俺が言うと、エレンも腕をぐるぐると回しながら返してくる。既に日は高く登っている。きっともうそろそろ、王都ジャンピエロの冒険者ギルドには掲示が出ているはずだ。
無言で振り返り、近隣の村へと足を進める俺に、追いかけてきたロドリゴが声をかけてくる。
「緊張するかい?」
「まあ……そうだな。ちょっと前までは、俺が参加できるなんて夢にも思っていなかったし」
彼の問いかけに、俺も足を止めて振り返る。困ったように首をかしげる俺に、俺の肩に飛び乗ってきたエレンが言ってきた。
「世の中、何が起こるか分からないものよ、ライモンド。あたしだってあの日あの時、あなたと同じ馬車に乗り合わせなかったら、きっとこんなことにはならなかったと思うわ」
「そうだね。僕もあの時、ギルドの中でパーティー解雇をされなかったら、君達に拾ってもらうこともなかっただろう」
エレンの言葉に同調し、俺の肩をぽんと叩いてきたロドリゴも、小さく微笑んだ。
確かに、二人の言う通りだ。あの馬車でエレンと一緒にならなかったら、俺は今も一人パーティーだっただろうし、ロドリゴの解雇の場に居合わせなかったら、エレンと二人きりだった可能性もある。縁というのは、よくよく分からないものだ。
しかし分からないものであるからこそ、俺はこうして仲間とともに魔王討伐について考えていられる。だからこそ、やって見なくては分からないものだと思うのだ。
「そうだな。俺も今なら、俺達なら魔王討伐隊に参加できるし……『頑健王』ヘイスベルトに一太刀は入れられると思っている」
「そうそう、その意気よ」
手をぐっと握りながら俺が言うと、エレンも俺の頭に手を乗せながら言葉をかけてくる。そのやり取りにくすりと笑いながら、ロドリゴが俺達に右手を動かした。
「じゃあ、ジャンピエロに戻ろうか。さっさと結果を確認したい」
彼の言葉にうなずいて、俺達は歩調を速めた。本当に、さっさと王都に帰って冒険者ギルドに行って、選出の結果を確認したいのだ。
依頼達成報告を村の出張所で済ませ、乗合馬車に飛び乗り、王都ジャンピエロへ。空が紫色に染まり始めた頃合いに、俺達は冒険者ギルドの扉をくぐった。ギルドの扉の向こうで、入り口スタッフのチェーリアが俺達を出迎える。
「おかえりなさい、エレンさん」
「ただいま。もう出てる?」
エレンが端的に返事を返すと、チェーリアはにっこり微笑んで依頼受付ボードの方に手を伸ばす。そこには既に黒山の人だかりが出来ていた。
「はい、出ていますよ。依頼掲示ボードにあります」
「ありがとう」
チェーリアの言葉にうなずいたエレンが返事を返すと、彼女は俺達を振り返りながら言う。
「じゃ、行きましょ、二人とも」
「ああ」
「行こう」
緊張の面持ちで俺達は冒険者ギルドの中を進んでいった。一歩一歩の足音が、いやに大きく聞こえる。
俺達の足音が聞こえてくるのに気がついたか、依頼掲示ボードの前の冒険者がこちらを振り返った。それとほぼ同時に、人混みが割れるように道が出来る。
「ごめんなさい、あたし達にも見せて?」
「おっ……」
「『
エレンが声をかけると、冒険者達がどよめいた。すぐに依頼受付ボードの掲示物が間近で見える位置まで歩くことが出来た。つま先立ちになって身体を伸ばすエレンの姿に、かがみながらロドリゴが問いかける。
「エレン、抱き上げようか? 君の身長じゃ見えないだろう」
「あ、ありがとう。助かるわ」
ロドリゴがエレンを抱き上げて立つのと同時に、俺は掲示板に貼られた紙面に目を凝らした。「第一隊」と書かれた箇所には、俺達のパーティー名前はない。
ここに『
「……」
いよいよ「第二隊」の欄だ。まず最初にあるのは『
そしてそのすぐ下。そこにあるのは『
「あった……」
「第二隊か」
「よかったわ」
俺が目を見開く中、エレンとロドリゴはさも当然のことのように頷いた。
どうやら随分と、俺達は世界各国の中でも上の方にいたらしい。他にはヤコビニ王国から『
と、不意に肩を叩かれて俺は目を見開いた。見れば、俺達の周囲をたくさんの冒険者達が取り囲んでいた。口々に俺達を褒めながら、祝福の言葉を並べてくる。
「おめでとう、エレン!」
「ライモンドもロドリゴも、やったな!」
「お前達なら頑健王の首を斬り落とせると信じてるぞ!」
冒険者達の言葉に、俺も嬉しくなって笑みがこぼれる。エレンもロドリゴの腕の中で、嬉しそうに拳を握った。
「当たり前よ。あたし達ならきっとやれるわ」
「
「ああ。俺達の力の見せ所だ」
ロドリゴと俺が口を開いて決意を述べると、そこで口を挟んできたのはディーデリックだった。自信満々に笑いながら、にやりと口角を歪めて言う。
「ふっ、そうとも。我が盟友と我が協力者の力があれば、ヘイスベルトなど敵ではない」
「おぉっ……」
「『黄金魔獣』もやる気に満ちているな」
ディーデリックの言葉に冒険者達もどよめいた。ディーデリックが普通に話すことはもはや周知の事実だが、こうして話す場面を直接見せるのは、結構初めてに近い。
と、そこで俺達を取り囲む冒険者の誰かが、からかうように言ってきた。
「案外、頑健王亡き後の
「言えてる。魔物だから魔王の位には就けるもんな」
その冒険者に同調するように他の冒険者も声を上げる。急にがやがやと話し出す彼らに、ディーデリックがくつくつと笑いながら言葉を発した。
「ふっふっふ……それもまた一興であるやもしれんな」
「えぇっ……ちょっと待てよ、なんだそれ」
ディーデリックがどうも乗り気なようで、それに俺は一気に戸惑った。
確かに彼は魔物だから、魔王を倒した後の魔王に名乗りを上げることは出来る。魔物は強いものに対して従順だから、きっとディーデリックにも従うだろう。
しかしその時、彼を身に着けている俺はどうなるのだ。これで結局ディーデリックに喰われて死んだ、なんてことになったら溜まったものではない。
「あら、ならあたしが魔王になっても誰も文句言わないんじゃないかしら?」
「エレン、心にもないことを言うものじゃないよ。そもそも君は神魔王の子だろう」
エレンが手を挙げつつ言うのを、ロドリゴが軽くたしなめながら言った。そこから笑いの渦と、俺達三人を称える声が冒険者ギルドに響き渡る。この騒ぎは、しばらく収まりそうにない。そう感じながら、俺は小さく笑みを見せるのだった。