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第20話 討伐隊への選出

 三日後。西テバルディ郡のテバルディ大平原に発生した鮮血サイブラッディライノの群れの討伐依頼に参加していた俺達は、群れの最後の一匹の首を斬り落として息を吐いた。


「よし……」


 他の冒険者たちが俺達を見ている中、大剣を背負い直して言葉を吐くと、エレンが身体についた血を拭い取りながら笑みを見せた。


「今日も順調ね」

「そうだね、討伐隊参加前の準備運動には十分だ」


 ロドリゴも弓を背負いながら息を吐いた。先程からあちこちに魔法を打ち込んでいた彼だが、ちっとも息が上がっていない。準備運動など、出来たのかどうか怪しいところだ。

 ともあれ、今日はブリジッタから話を聞いてから三日後。いよいよその日・・・だ。


「魔王討伐隊か……今日が発表の日だったか?」

「そうよ。多分、もうギルド本部に貼り出されているんじゃないかしら」


 俺が言うと、エレンも腕をぐるぐると回しながら返してくる。既に日は高く登っている。きっともうそろそろ、王都ジャンピエロの冒険者ギルドには掲示が出ているはずだ。

 無言で振り返り、近隣の村へと足を進める俺に、追いかけてきたロドリゴが声をかけてくる。


「緊張するかい?」

「まあ……そうだな。ちょっと前までは、俺が参加できるなんて夢にも思っていなかったし」


 彼の問いかけに、俺も足を止めて振り返る。困ったように首をかしげる俺に、俺の肩に飛び乗ってきたエレンが言ってきた。


「世の中、何が起こるか分からないものよ、ライモンド。あたしだってあの日あの時、あなたと同じ馬車に乗り合わせなかったら、きっとこんなことにはならなかったと思うわ」

「そうだね。僕もあの時、ギルドの中でパーティー解雇をされなかったら、君達に拾ってもらうこともなかっただろう」


 エレンの言葉に同調し、俺の肩をぽんと叩いてきたロドリゴも、小さく微笑んだ。

 確かに、二人の言う通りだ。あの馬車でエレンと一緒にならなかったら、俺は今も一人パーティーだっただろうし、ロドリゴの解雇の場に居合わせなかったら、エレンと二人きりだった可能性もある。縁というのは、よくよく分からないものだ。

 しかし分からないものであるからこそ、俺はこうして仲間とともに魔王討伐について考えていられる。だからこそ、やって見なくては分からないものだと思うのだ。


「そうだな。俺も今なら、俺達なら魔王討伐隊に参加できるし……『頑健王』ヘイスベルトに一太刀は入れられると思っている」

「そうそう、その意気よ」


 手をぐっと握りながら俺が言うと、エレンも俺の頭に手を乗せながら言葉をかけてくる。そのやり取りにくすりと笑いながら、ロドリゴが俺達に右手を動かした。


「じゃあ、ジャンピエロに戻ろうか。さっさと結果を確認したい」


 彼の言葉にうなずいて、俺達は歩調を速めた。本当に、さっさと王都に帰って冒険者ギルドに行って、選出の結果を確認したいのだ。

 依頼達成報告を村の出張所で済ませ、乗合馬車に飛び乗り、王都ジャンピエロへ。空が紫色に染まり始めた頃合いに、俺達は冒険者ギルドの扉をくぐった。ギルドの扉の向こうで、入り口スタッフのチェーリアが俺達を出迎える。


「おかえりなさい、エレンさん」

「ただいま。もう出てる?」


 エレンが端的に返事を返すと、チェーリアはにっこり微笑んで依頼受付ボードの方に手を伸ばす。そこには既に黒山の人だかりが出来ていた。


「はい、出ていますよ。依頼掲示ボードにあります」

「ありがとう」


 チェーリアの言葉にうなずいたエレンが返事を返すと、彼女は俺達を振り返りながら言う。


「じゃ、行きましょ、二人とも」

「ああ」

「行こう」


 緊張の面持ちで俺達は冒険者ギルドの中を進んでいった。一歩一歩の足音が、いやに大きく聞こえる。

 俺達の足音が聞こえてくるのに気がついたか、依頼掲示ボードの前の冒険者がこちらを振り返った。それとほぼ同時に、人混みが割れるように道が出来る。


「ごめんなさい、あたし達にも見せて?」

「おっ……」

「『ガッビアーノ』がお出ましだぞ」


 エレンが声をかけると、冒険者達がどよめいた。すぐに依頼受付ボードの掲示物が間近で見える位置まで歩くことが出来た。つま先立ちになって身体を伸ばすエレンの姿に、かがみながらロドリゴが問いかける。


「エレン、抱き上げようか? 君の身長じゃ見えないだろう」

「あ、ありがとう。助かるわ」


 ロドリゴがエレンを抱き上げて立つのと同時に、俺は掲示板に貼られた紙面に目を凝らした。「第一隊」と書かれた箇所には、俺達のパーティー名前はない。

 ここに『噛みつく炎モルデレフィアンマ』の名前を見つけてホッとしながらも、俺は視線を徐々に下に動かした。


「……」


 いよいよ「第二隊」の欄だ。まず最初にあるのは『朱い戦斧アスキアロッサ』、勇者マリカのパーティーだ。

 そしてそのすぐ下。そこにあるのは『ガッビアーノ』の名前だ。


「あった……」

「第二隊か」

「よかったわ」


 俺が目を見開く中、エレンとロドリゴはさも当然のことのように頷いた。

 どうやら随分と、俺達は世界各国の中でも上の方にいたらしい。他にはヤコビニ王国から『蒼き翼アリブルー』、ギュードリン自治区からは『微笑む処刑人ソッリーデレボイア』、アンブロシーニ帝国からは『冬の鉄フェッロインヴェルノ』が第二隊に選出されている。いずれも非常に強いパーティーだ。

 と、不意に肩を叩かれて俺は目を見開いた。見れば、俺達の周囲をたくさんの冒険者達が取り囲んでいた。口々に俺達を褒めながら、祝福の言葉を並べてくる。


「おめでとう、エレン!」

「ライモンドもロドリゴも、やったな!」

「お前達なら頑健王の首を斬り落とせると信じてるぞ!」


 冒険者達の言葉に、俺も嬉しくなって笑みがこぼれる。エレンもロドリゴの腕の中で、嬉しそうに拳を握った。


「当たり前よ。あたし達ならきっとやれるわ」

錚々そうそうたるメンバーが一緒なんだ。頑健王の鱗がどれだけ硬くとも、僕達ならどうにかできる」

「ああ。俺達の力の見せ所だ」


 ロドリゴと俺が口を開いて決意を述べると、そこで口を挟んできたのはディーデリックだった。自信満々に笑いながら、にやりと口角を歪めて言う。


「ふっ、そうとも。我が盟友と我が協力者の力があれば、ヘイスベルトなど敵ではない」

「おぉっ……」

「『黄金魔獣』もやる気に満ちているな」


 ディーデリックの言葉に冒険者達もどよめいた。ディーデリックが普通に話すことはもはや周知の事実だが、こうして話す場面を直接見せるのは、結構初めてに近い。

 と、そこで俺達を取り囲む冒険者の誰かが、からかうように言ってきた。


「案外、頑健王亡き後の次の魔王・・・・に名乗りを上げるつもりじゃないか?」

「言えてる。魔物だから魔王の位には就けるもんな」


 その冒険者に同調するように他の冒険者も声を上げる。急にがやがやと話し出す彼らに、ディーデリックがくつくつと笑いながら言葉を発した。


「ふっふっふ……それもまた一興であるやもしれんな」

「えぇっ……ちょっと待てよ、なんだそれ」


 ディーデリックがどうも乗り気なようで、それに俺は一気に戸惑った。

 確かに彼は魔物だから、魔王を倒した後の魔王に名乗りを上げることは出来る。魔物は強いものに対して従順だから、きっとディーデリックにも従うだろう。

 しかしその時、彼を身に着けている俺はどうなるのだ。これで結局ディーデリックに喰われて死んだ、なんてことになったら溜まったものではない。


「あら、ならあたしが魔王になっても誰も文句言わないんじゃないかしら?」

「エレン、心にもないことを言うものじゃないよ。そもそも君は神魔王の子だろう」


 エレンが手を挙げつつ言うのを、ロドリゴが軽くたしなめながら言った。そこから笑いの渦と、俺達三人を称える声が冒険者ギルドに響き渡る。この騒ぎは、しばらく収まりそうにない。そう感じながら、俺は小さく笑みを見せるのだった。


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