『業火の爪』ルーロフの討伐を終え、依頼も達成報告し、それから数日が経過した頃。クエストを完遂して冒険者ギルドに戻ってきた俺達は、ギルドの本部に立ち入った瞬間に、いつもと様子が違うことを察知した。
「ん?」
「おや、なんだか騒がしいね」
俺が声を漏らすと、ロドリゴも目を見開きながら言った。そう、冒険者達があちこちでざわざわ、がやがや。随分と騒がしくしている。
ギルドの中を進み、ちょうど依頼受付カウンターの前にいた、知り合いの『
「ちょっと、どうしたの?」
「あ、エレン! 聞いて聞いて、大ニュース!」
エレンの言葉に振り返ったブリジッタが、興奮した様子でこちらを見てくる。そして彼女は、興奮さめやらぬ様子でそれを口にした。
「ついに、『頑健王』ヘイスベルトの討伐隊が組織されることになったのよ!」
「えっ、それほんと!?」
ブリジッタの発言に、エレンもつい大声を上げてしまう。
しかし当然だ、いよいよ当代の魔王、『頑健王』ヘイスベルトの討伐が行われようとしているのだから。冒険者にとっては一世一代の大勝負、成り上がりのチャンスだ。ギルド内が盛り上がるのも当然である。
それにしても、思っていた以上に動き出すのが早い。もう一体か二体か、魔王軍の魔物を討伐してから、くらいだと思っていたが、もしかすると他の国で討伐が成されたのかもしれない。
「思っていた以上に早かったな」
「先日のこともあったし、今なら攻められる、と各王も思われたのだろうね」
俺がこぼすと、ロドリゴも顎に手を当てながらほくそ笑んだ。確かに何体もの魔王軍の魔物を討伐できたのなら、今がチャンスだ。
エレンが続けて、ブリジッタに問いかける。
「討伐隊は、今回も各国ギルドからの指名制?」
エレンの言葉にすぐさま、ブリジッタがうなずく。
魔王討伐に関わる討伐隊は、この大陸にある全ての冒険者ギルドから選抜された、SランクおよびAランクの冒険者パーティーから構成される。各国の擁する国家認定勇者はもちろんのこと、力のある冒険者が集結するまさしく世界最強の集団だ。
この討伐隊に指名されれば、冒険者としては最大級の栄誉だ。故に、どの冒険者も指名されることを狙って日々実績を積み上げている。
「そうよ。今回も魔王城への道を拓く第一隊と、魔王城に突入する第二隊に分かれる形。第一隊でもに入れればいいけれど、どうだろうなぁ」
しかしブリジッタは案外、指名される自信がないようだ。実際に魔王とぶつかる第二隊は多くても10パーティー、第一隊でも多くて15パーティーだ。大陸にある国の数は確か23、一つの国から1パーティー選ばれるかどうか、というレベルである。
それは、彼女が自信なさげなのも無理はないだろう。しかしエレンは小さく首をかしげて言う。
「ブリジッタのところの『
「分からないわよ、全部の国のSランクとAランクのパーティーから選抜されるのよ? エレンのところのパーティーの方が、まだ第二隊に入れると思うわ」
エレンの言葉に、ゆるゆると首を振ってブリジッタが答えた。その言葉に俺は小さく目を見張る。
もう一度言うが、一つの国から1パーティー選ばれるかどうかすら分からないのだ。よほど強い冒険者が集結している国なら――例えばこのヤコビニ王国や、東の大国アンブロシーニ帝国とか――複数パーティー選ばれることもあるだろうが、結局は各国との調整次第である。
そんな中で、ブリジッタは俺達を「第二隊への参加があるだろう」と答えたのである。それは、随分高く見積もってくれたものである。ロドリゴが腰に手をやりながら言った。
「随分と高く評価してくれるものだね、『
「お前は確か勇者候補に選ばれたこともあるだろう。俺達より、魔王討伐隊に選ばれるだけの実力はあると思うが」
俺もロドリゴも、エレンでさえも、一介の冒険者に過ぎないのだ。国家認定勇者の候補者として名前が上がったこともあるブリジッタの方が、実績という面では上である。
しかしブリジッタは手をひらひらと動かしながら、諦めも含んだ声で俺に言ってきた。
「だって、そっちは『黄金魔獣の友』と『回復弓師』と『魔犬』が揃ったパーティーでしょ。並のSランクよりも上だと思うわ」
彼女の言葉に俺は小さく目を見開いた。
『回復弓師』は分かる。ロドリゴ・インザーギの異名として有名だ。『魔犬』も分かる。エレンがそう呼ばれているのを聞いたことがある。しかし、『黄金魔獣の友』は初耳だ。消去法で俺だと分かるが、そんな呼ばれ方をされた記憶はない。
「『黄金魔獣の友』?」
「あら、知らないの? あなたの事よ、ライモンド」
俺がキョトンとしながら返事を返すと、ブリジッタが目を見開きながら返してきた。やはり、俺のことであるらしい。
まごつく俺に、ロドリゴが肩を叩きながら言ってくる。
「すっかりディーデリックとも息の合った動きをするようになり、ディーデリックもちっとも動きに文句を言わなくなったものね」
「ノールデルメールを御するだけではなく、その力を十全に引き出している、って有名よ。ファン・エーステレンも注目されていると聞いたわ」
エレンもにっこりと笑いながら、俺の脚に手を当てつつ言った。そこまで有名人になっているとは、さすがに予想外だ。
「神魔王ギュードリンにすら注目されているとは、面はゆいな」
「そうだな……だが貴様は、それ相応の力を手にし、それに溺れることなく使いこなしている。充分と言えよう」
恐縮しながら言うと、ディーデリックまでもが俺に、納得した様子で言葉をかけてくる。尻尾を揺らしているところまで見ると、まんざらでもないらしい。
恥ずかしさを感じて俺が頬をかくと、ブリジッタが俺の胸元に手をぽふんと当ててきた。
「でしょ。だから貴方達なら絶対大丈夫よ。もし一緒に行くことになったらよろしく頼むわね」
「あ、ああ。よろしく頼む」
彼女の言葉に、言葉に詰まりながらも俺はうなずく。泣いても笑っても魔王討伐は行われるのだ。自分達が討伐隊に選ばれる可能性があるのだとしたら、選ばれるように努力をするだけだ。
俺がこくりと、ロドリゴと顔を見合わせてうなずくと、ロドリゴが俺から視線を外してブリジッタに問いかける。
「ところで発表と出発はいつだって?」
彼の言葉にブリジッタが小さく視線をそむける。そこには冒険者ギルドの中心部、依頼掲示ボードがあり、そこに群がる冒険者達が見えた。
「発表が三日後に各国のギルド本部で。出発が七日後の朝、ヤコビニ王国東レニーニ郡、パスクワーリの町からだって」
ブリジッタの言葉にエレンもロドリゴも目を見開いた。今回の討伐は、このヤコビニ王国からスタートするらしい。
やはり今代の勇者で最強と名高い、ヤコビニ王国認定勇者のマリカ・ベルルーティが旗印となるらしい。他の冒険者達がどこから集ってくるのかは不明だが、ヤコビニ王国で活動する俺達にとっては、手間がかからなくていい。
「へえ、今回はこの国で集合なのか」
「あたし達にとっては楽が出来ていいわね」
ロドリゴが声を上げると、エレンも嬉しそうに尻尾を振りつつ言った。他の冒険者達には手間を掛けさせる形になって申し訳がないが、これはもしかしたら本当に俺達の選出があるかもしれない。
ともかく、あとは選出の日を待つだけだ。俺が二人に視線を向けながら話す。
「ともあれ、三日後だ。それまではいつも通り、依頼をこなして腕を磨こう」
俺の言葉にエレンもロドリゴもコクリとうなずく。そして俺達は抱えていた依頼を報告するべく、冒険者で賑わう依頼受付カウンターへと歩いていった。