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第15話 業火の爪

 ステファノの言葉に、エレンもロドリゴも驚きに目を見開いていた。

 魔王軍の魔物を相手取るクエストだ。当然彼ら以外のパーティーも参加している。しかも魔王軍の魔物が対象のクエストはBランク以上のパーティーでないと受注できない。並以上の冒険者しか集まってはいなかったはずだ。


「討伐に失敗した、って……」

「依頼は発行されているだろう、君達以外のパーティーだっていたんじゃないのかい?」


 ロドリゴの言葉に、ステファノが歯噛みしながら言葉をこぼした。


「ああ、『冬の雷光サエッタインヴェルナーレ』、『戦士グエリエロ』、『眠る蝙蝠ピピストレッロドルミーレ』……いずれもAランク以上のパーティーが集ったのに、返り討ちに遭った」


 ステファノの発言にもう一度俺達は顔を見合わせる。「冬の雷光サエッタインヴェルナーレ」、「戦士グエリエロ」はSランク、「眠る蝙蝠ピピストレッロドルミーレ」はAランクだ。いずれもそう簡単に敗走するような連中ではない。


「そんなに強かったの? 貴方達、全員ボロボロじゃない」


 不思議がったエレンが大きく首を傾げると、エジェオがステファノと視線を交わした。そして二人して口を開く。


「ルーロフのやつ、山の頂上付近の洞窟で俺達を待ち構えていたんだが、洞窟内を一気に熱してきやがった」

「こっちは防寒に気を使った装備をしていたから、一気にバテて……その隙を突かれたんだ。狡猾こうかつな奴だよ」


 二人の話を聞いて、俺もロドリゴも小さくため息を漏らした。


 なるほど、雪山の頂上にある洞窟、という環境を逆手に取られたわけだ。

 「業火の爪」ルーロフは火蜥蜴サラマンダーだ。氷狼アイスウルフと殊更に相性が悪いのは勿論、雪山登山で厚着をしてきた冒険者にもクリティカルだろう。山頂の開けた場所ならともかく洞窟の中、熱がこもってバテるのは致し方ない。


「ははぁ、なるほどね。向こうのステージに引きずり込まれたわけだ」

「そうか……でもお前達、新しいメンバーはどうしたんだ? 俺の代わりの戦士ウォリアー重装兵ガードを雇ったんじゃ」


 ロドリゴが口角を下げながら言うのに合わせて、俺はステファノに問いかけた。彼らは俺のかわりの前衛を、誰か雇ったはずなのだ。しかしその誰かは、今この場にはいない。

 果たして、杖を握りしめながらステファノが言う。


「カミロは……まだ頂上でルーロフと戦ってる」

「なんだって?」


 ステファノの言葉に俺は目を見開いた。ヤコビニの冒険者で前衛職でカミロというと、S級の重装兵ガードのカミロ・ピッチンニか。彼が「噛みつく炎モルデレフィアンマ」に所属となったのも意外だが、問題はそこではない。

 エジェオとステファノが、雪に覆われた地面を見つめながら絞り出すように言う。


殿しんがりを買って出てくれたんだ、前衛だからって」

「他のパーティーの前衛も何人か残って、まだ戦っているはずだ。バラバラに頂上から逃げたから……」


 彼らの言葉を聞いて、俺達は険しい顔をしながら顔を見合わせた。

 少数の戦士ウォリアー重装兵ガードで魔王軍の魔物を押し留め、仲間を逃がす。やり方としては正しいが、それでは殿を買って出た前衛職の冒険者は命を捨てるようなものだ。彼らもそれは覚悟の上だろうが、みすみす死なせるわけにもいかない。


「まずくない?」

「まずいね。ごく少数の前衛のみで洞窟の中でルーロフを相手取っていることになる。撤退の機を見誤ったら即死亡だ」

「助けに行くぞ、二人とも」


 俺達がすぐさまにうなずいたのを見て、今まで黙りこくっていたイザベッラが皮肉るように口を開いた。


「余裕ね、ライモンド。やっぱりその着ぐるみのおかげ?」

「おい、イザベッラ」


 妹の言葉に、俺はため息を吐くより他はなかった。そういうことを言いたくなる気持ちも分かるが、正しく今はその言葉に構っている余裕はない。


「それもあるにはあるけどな。今の俺には心強い仲間がいる」


 そう返して、俺はエレンとロドリゴに目を向ける。彼らも意図は理解したようで、真剣な表情でイザベッラに言った。


「あなた達は急いで下山しなさい、あとはあたし達でどうにかするから」

「新生『ガッビアーノ』の手腕を見せてあげるよ、安心して山を下りたまえ」


 エレンもロドリゴも、努めて自信満々に「噛みつく炎モルデレフィアンマ」へと言ってのけた。

 実力で言えば、彼らは俺達の足元にも及ばないのだ。俺達の頭上にある簡易ステータスを見れば、そこは一目瞭然だろう。

 結果として、悔しそうな声を漏らしてイザベッラが拳を握る。


「く……」

「イザベッラ、ここでこいつらに突っかかっていてもいいことはない。下りるぞ」

「気をつけろよ、三人とも」


 そんなイザベッラを諌めながらステファノとエジェオが口を開いた。そのままイザベッラを伴って、「噛みつく炎モルデレフィアンマ」は下山を急ぐ。

 彼らはもう大丈夫だろう、残るは頂上に残っている前衛職達だ。


「よし、行くぞ」

「ええ」

「急がないとね」


 ロドリゴにもう一度疾駆スプリントをかけ直してもらい、俺達は山頂へと急いだ。正直休憩している間すらも惜しい。

 ロドリゴの魔法を駆使しながら俺達はフィオーレ山を登っていった。そうして40分ほど走り続けただろうか、少々息が切れてきたところで、足元の状況が変わってきた。

 雪がない・・・・のだ。普段なら夏季でも冠雪しているフィオーレ山なのに、むしろ山頂に行けば行くほど雪がないなど、異常でしかない。


「そろそろ頂上か?」

「そうみたいね、雪がほとんど無いわ」

「それに……見ろ、あそこ」


 エレンとロドリゴに声をかけながら走ると、ようやく山頂に着いたようで視界が開ける。そして山頂に見えるいくつかの洞窟、その入り口の一つを睨みつけながら氷狼アイスウルフが唸り声を上げていた。


「奴め、腹立たしい……」

「中の人間はまだか……?」


 中に入りたそうにしているが、そうできない様子で随分とヤキモキしている。どうやらそこの中にルーロフと冒険者がいるらしい。


氷狼アイスウルフ?」

「洞窟の中を見ている……あそこが戦場か」

「そうよね、高温になっている洞窟の中に、暑さに弱い氷狼アイスウルフが入っていけるはずないもの」


 ロドリゴが目を見開くと同時に、俺はこくりとうなずいた。

 納得した様子で眉間にしわを寄せたエレンに、俺はすぐさま声をかける。こういう時はやはり魔獣語ネイティブに任せるのが賢明だ。


「エレン、話を通せるか」

「オッケー、着いてきて」


 ぴょんとロドリゴの腕から飛び降りたエレンが、俺達を先導して走っていく。俺達が近づいてくるのを見て氷狼アイスウルフ達も状況を理解したらしい。すぐに洞窟の前からどいた。


「あなた達、中の様子は!」

「新手か!?」

「仲間なら急げ、早く!!」


 エレンが声を張ると、すぐさま氷狼アイスウルフが吠えてきた。どうやら、中の冒険者達はまだ踏ん張っているらしい。しかし、それもいつまで持つか。

 果たしてエレンが、魔獣語スキルを持っていないロドリゴへと大声を上げた。


「急いで入れって。だいぶ危ないみたい!」

「分かった!」

「行こう!」


 俺もうなずいて、すぐに洞窟の中に飛び込む。と、途端にむっとするくらいの熱が襲いかかってきた。さすがにこんな着ぐるみを着込んだ状態では、暑すぎてたまらない。環境遮断スキルがあってもこれなのだ、相当な気温だろう。

 すぐに体力が削られそうになりながらも、俺達は洞窟の中を走っていく。と、奥の方からルーロフの声と思しき、勝ち誇った声が聞こえてきた。


「ふん、随分粘ったがそろそろ仕舞いだな!」

「う……うぉぉぉぉ……!!」


 それと同時に、苦しそうな雄叫びを上げる誰かの声。殿として残った冒険者の誰かだろう。まだどうにか生きているようだが、かなりヤバそうだ。

 俺は足元を走るエレンに声を飛ばした。ここは魔物である彼女に先行してもらった方がいい。


「エレン! 行け!」

「後から追いかける!」

「まかせて!」


 ロドリゴも声をかけると、エレンがぐんとスピードを上げた。すぐに俺達の視界から彼女の姿がいなくなる。

 そして程なくして。洞窟全体を響かせるほどの、エレンの吠え声が聞こえてきた。


「アオォォンッ!!」


 発せられた吠え声に乗せられた魔力で、大気が震える。かなり強烈な魔法が炸裂したのは想像に難くない。


「む……!?」

「な……!?」


 ルーロフの戸惑った声、冒険者の驚愕した声。それが聞こえてきて、俺は走りながらほっと息を吐いた。

 どうやら命は救えたらしい。洞窟の奥でエレンが快哉を上げる。


「よし、間に合った!」

「全員生きてるかい!?」


 ロドリゴが走りながら弓を構える。矢を番えずに引き絞ると、魔力が矢の形を取って光り輝いた。この魔力を矢として撃ち出す魔法が、ロドリゴ・インザーギの真骨頂だ。

 放たれた矢が洞窟の中を曲がりながら進む。そして冒険者の誰かに着弾したらしい、安堵の息が洞窟の奥から聞こえた。同時にエレンの声も聞こえる。


「ギリギリみたいだけど死者はいないわ! ロドリゴ、どんどん撃ち込んで!」

「オーケー!」


 ロドリゴがなおも弓を引き絞る中、俺は大剣を抜いて一気に飛び込んだ。火蜥蜴サラマンダーであるルーロフの、真紅の鱗に覆われた身体が露わになる。


「『業火の爪』ルーロフ、覚悟しろ!」

「山を荒らす愚か者めが!」


 俺とディーデリックが声を張り上げながらルーロフの尻尾に斬りかかる。振り抜かれた大剣は確実にルーロフの尾を捉え、尾の一部を切断してみせた。

 切り傷から炎を溢れさせながら、ルーロフが楽しそうに声を上げる。


「なるほど、今度の冒険者どもは骨がありそうだ。その珍妙な着ぐるみと毛皮ごと焼き尽くしてやろう!」


 自信満々といった表情でルーロフが吠え、額の魔石を暗く輝かせながら口から炎を吐き出す。果たして洞窟の最奥で、魔王軍の魔物を単独パーティーで相手取るという、一見無謀な戦いが幕を開けた。


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