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第13話 頑健王討伐に向けて

 パーティーを結成して、X級の認定も受け、一息ついた俺達は王国立冒険者ギルド ジャンピエロ本部の3階、ギルド直営の酒場のテーブルについて、エール片手に今後の方針などについて相談していた。

 大きな方針は既に話した通り、頑健王ヘイスベルトの討伐隊への参加だ。しかし討伐隊の編成はまだ予定すら立っていない。そろそろあるだろうという噂こそあるが、噂以上のものではない。

 だから俺はエールのジョッキを傾けながら、階下の冒険者達の喧騒を聞きつつぼんやりと呟いていた。


頑健王がんけんおうヘイスベルトか……」


 俺がそう言いながらジョッキをテーブルにことりと置くと、背の高い椅子を置いた上に乗って紅茶を飲んでいたエレンが俺に目を向けた。

 子犬人コボルトは成人男性の半分以下の身長しかないから、立ち飲み用の酒場のテーブルには手が届かない。だからといって誰かが抱き上げるわけにもいかず、テーブルに乗せるわけにもいかず、こうして椅子を出してもらったのだ。

 俺とロドリゴがエールを飲んでいるのにエレンだけお茶なのは、大半の魔物は人間の造る酒を飲めないか、飲んでもすぐに酔っ払ってダメになってしまうからだ。事実ディーデリックも先日に俺と一緒にエールを飲んだ後、心なしか口がよく回ってあれやこれやと他の冒険者達に話したものだ。

 俺の着ぐるみの目を見ながら、エレンが小さく微笑む。


「不安?」

「いや……そこまでではない。今の頑健王は後虎院の魔物も全員倒され、側近も倒された。討伐隊の編成の話こそ聞こえないが、いざ編成となったら、俺達なら選出はされるだろうと思っている」


 彼女の言葉に、ゆるゆると俺は首を振る。正直、頑健王の討伐に参加することに不安はない。X級冒険者を抱えるSランクパーティー、この大陸全体を見ても上位に位置する戦力だろう。

 問題はそこではない。俺は茹でた豆に手を伸ばしながら沈んだ声で零した。


「ただ、頑健王のその名の通り、あの魔竜の防御力は並大抵じゃないって話だろ。物理攻撃だけじゃない、魔法攻撃だって易々と耐えてみせる、と。殺すにしても、どう殺せばいいか、見えていないだけだ」


 俺の言葉を聞いて、エレンとロドリゴがそっと顔を見合わせて息を吐いた。

 俺の弱気を嘲笑っているわけではない。事実二人とも、俺の言葉を否定しては来なかった。

 ヘイスベルトの二つ名は「頑健王」、その名を冠する最たる理由はその防御力にある。

 ドラゴンは一般的に、その身にまとう鱗のおかげで防御力が高い。しかしヘイスベルトは魔王である前から、防御力の高さで噂になっていた。魔王に就任してから、その防御力はますます高まった、との話も聞く。

 それは当然、どう殺せば殺せるか・・・・・・・・・という問題になるはずだ。エレンがテーブルにひじを突きながら言う。


「そうね。ヘイスベルト・ファン・エーステレン、有する二つ名は『頑健王』の他には『城塞竜チッタデッラ・ドラゴ』、『殺せぬ者』、『生ける鉄壁てっぺき』。そのSTR筋力VIT生命力RES抵抗力に裏打ちされたDEF防御力は28,000に達し、あらゆる攻撃を受け止め、防ぎ、耐えてみせるって話」


 エレンの説明に、俺も神妙な面持ちをしてうなずく。静かに話を聞いているロドリゴも同様だ。

 そしてエレンが、手で持った茹で豆のさやでこちらを指してくる。


「でも、逆に言えばステータスが暴力的なだけ。こちらのステータスを付与エンチャントで底上げし、向こうのステータスを弱体化デバフで下げ、それで叩けばダメージは通るわ。あとは継戦能力を高めればいい」

「それは、一理あるが」


 自信たっぷりに話すエレンに、俺はうなずきつつも口をとがらせた。

 彼女の言わんとすることも分かる。確かに暴力的なステータスといえど、付与魔法エンチャントで下げることは出来るはずだ。そうして防御力を下げた所に、こちらも付与魔法エンチャントで高めた攻撃力で殴ればダメージは通る。理屈は合っている。

 しかし、付与魔法エンチャントで高め、下げられる能力値の幅にも限界はある。この低下分はだいたい半分までと言われているから、こちらが高めに高めたステータスで殴ったとしても、見込める効果はせいぜいが4倍だろう。

 と、そこでロドリゴがエールのジョッキをテーブルに置きながら身を乗り出してきた。


「エレンの言葉の通りだと思うよ。いかに頑健王が頑健だったとしても、ダメージを全く通せないわけでは無い。その頑健さを上回る暴力で殴れば、殺すことは可能だろう」


 ロドリゴの言葉にエレンも無言でうなずいた。それを確認しつつ、ロドリゴは俺に微笑んできた。


「ライモンド。君のそのステータスなら、きっとそれが出来るはずだ」

「まあ……確かに、そうか。俺のステータスもよくよく、人間のレベルじゃない」


 念を押すように言ってくるロドリゴに、俺も肩をすくめながら答えた。確かに俺もX級、つまりステータスは人外の域にいるということだ。

 このめちゃくちゃに高いステータスも、上昇幅は最大で2倍まで。ということは裏を返せば今のステータスから、2倍までは数値を高めることが出来るのだ。

 その状態でヘイスベルトを殴れば、あるいはその鱗を砕いたり、皮膚を切り裂いたり出来るかもしれない。もしかしたら、だが。

 と、俺がちょっと楽観的になったところで、ディーデリックが口を挟んできた。


「そうとも。なんなら貴様、自力で付与エンチャント弱体化デバフも出来ようが。筋力上昇ストレングスアップ防御低下ディフェンスダウンも、貴様が使えば相当の効果を発揮しよう」

「そ、そうか……? やったことが無いから、実感が無いぞ」


 ディーデリックの発言に、ぎょっとしながら返す俺だ。確かに付与魔法のスキルはレベル8まで持っている。筋力上昇ストレングスアップ防御低下ディフェンスダウンも第一位階の魔法だから、もちろん今の俺なら問題なく発動できるだろう。

 しかし、俺は先日にひょんなことからスキルを手にしただけの戦士ウォリアーでしかない。付与魔法など、一度も使ったことはないのだ。

 まごつく俺に、肩をすくめながらエレンとロドリゴが言ってくる。


「やったことが無いなら、やってみればいいじゃない」

「そうだよライモンド、今まで経験が無いからって、何も出来ないってわけでは無い」


 何でもないことのように、あっさりと言ってくる二人を、俺は目を見開きながら見つめ返した。

 やったことがないなら新たにやってみればいい。今までやったことがないから出来たいというわけではない。そのとおりだろう。幸い今はまだ本番ではない、練習するにはちょうどいい。

 ほっと息を吐きながら、俺はこくりとうなずいた。


「そうか……よし、折角だし今のうちに色々試してみよう」


 今のうちに魔法の使い方や魔法の効果を確認して、本番に挑む。とても重要なことだ。俺のうなずきを見て、エレンが満足した様子でテーブルを叩いた。


「その意気、その意気。じゃあ適当に、Sランクくらいのモンスター相手取って試してみましょ」

「そうだな、とりあえず飲み終わったら下に降りよう」


 エレンの言葉にロドリゴもうなずいてエールのジョッキをあおる。俺も慌ててジョッキの中を空にした。

 支払いを済ませて向かうのは2階の魔物出現ボードだ。ヤコビニ王国全土に展開した物見鳥リトルバードからの情報を元にして、王国内にどんな魔物がいるかを調べることが出来る。

 エレンがボードの前にある石版に手を当てながら「Sランク」と声を上げると、ボードに表示されていたたくさんの光が一気に消え、王国内各地に光がぽつぽつと点在する状況になった。この状況が、Sランクの魔物のみを表示した状態だ。


「エレン、この北フローリオ郡の依頼はどうかな」

「えーと、Sランクの氷狼アイスウルフの討伐? いいじゃない、これにしましょ」

「ほう、なかなかいい相手ではないか」


 光の一つ、王国の北の方にある光の点滅を見ながらロドリゴがエレンに言うと、それと思しき依頼シートを持ってきたエレンがうなずいた。それを覗き込んだディーデリックも、すっかりやる気なようである。

 北フローリオ郡フィオーレ山。ヤコビニ王国の北の方に位置する、雪に閉ざされた霊峰として名高い山だ。Sランクモンスター、氷狼アイスウルフのすみかとして知られ、なかなか気軽に冒険できない場所として有名だ。

 依頼内容を確認しながら、俺は小さく口をとがらせながら言った。


氷狼アイスウルフか……あいつら基本的に群れているだろう、大丈夫か?」


 俺の言葉に、もう一度エレンとロドリゴが微笑んでくる。

 これが並の冒険者のことなら全くもっておかしな事ではないが、なまじ俺のステータスがバケモノである故に相性ではない。そういう意味でもあるのだろう。

 果たしてエレンが、俺の肩に乗ってきながらポンポンと俺の頭を叩く。


「大丈夫大丈夫、あたし達なら余裕よ。あなたの腕試しにもちょうどいいわ」

「そうか……分かった、行こう」


 そこまで言われたなら俺も否定は出来ない。すぐに依頼に出発するべく、依頼表をクエスト受注票を受付に持っていく俺の背中で、ロドリゴがくすりと笑うのが聞こえた。


「さて、面白いことになりそうだぞ」


 振り返って見ても、ロドリゴは意味深に笑うばかり。首を傾げながら俺は依頼の受注のため、依頼受付カウンターへと向かうのだった。


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