酒を飲んで、語らって。そうして夜も更けて、もうそろそろ夜の8時を回ろうかという頃合いで。
俺は木製のジョッキと銀貨を1枚と小銀貨を数枚テーブルに置いて、さっと居並ぶ面々に手を挙げた。
「じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様ー」
「気をつけてね、ライモンド」
ここまで付き合ったのだから引き止められる理由はない。早くに発ちたい理由は既に話してある。だから誰も、俺を止めることはしなかった。
足早にコルティ村の外にある乗合馬車の発着所に向かう俺に、ディーデリックが声をかけてきた。
「こんな時間に発つのか」
「ああ、乗合馬車の最終便には間に合うようにしたい」
返事を返しつつも、俺は足を止めることはない。コルティ村発、ジャンピエロ行きの乗合馬車の発車時間まであまり時間はない。現に村の出口が見えた頃には、既に馬車が停まっていた。
「アモーレ村経由、王都ジャンピエロ行きの最終便、間もなく出発です」
「よかった、間に合った。一名お願いします」
停まっていた馬車に飛び込んで、小銀貨2枚を御者に握らせる。王都ジャンピエロまで200ソルディ、普通に考えれば割高だが、最終便故に致し方ない。
果たして走り出す馬車は、普段よりも早いスピードで走り出した。舗装されていない路面を走る馬車は揺れる。ガタガタと揺れる馬車の中で、ディーデリックが俺に声をかけてきた。
「そこまで急ぐほどのことか? 貴様のステータスならば、引く手あまたであろうに」
不思議そうな声色をして言ってきた彼に、俺はため息をつきながら返した。
「そう甘い話じゃないんだよ。確かに俺のこのステータスの高さは魅力だろうが、大抵のパーティーじゃ持て余しかねない。俺と
そう。俺は確かに強い。何でも出来る。しかしだからこそ、並の冒険者のパーティーでは
強力な、突出した能力を持つ冒険者が一人いるパーティーは、その突出した冒険者をいかに動かすかが重要になる。しかしそれは、並の冒険者には要求されないことだ。
結果、その強力な冒険者を持て余し、本来の力を発揮させることが出来ずに終わる。凡庸に動かされ、冒険者が満足できずに離脱するか、凡庸のままで終わるか。それが常だ。
強ければいいというものではない。バランスが大事なのだ。
そこをディーデリックもよく分かっていたのだろう。俺の言葉に、すんと鼻を鳴らしながら言う。
「そんな連中が都合よくいてたまるか」
「そうだろう。だから早めに王都に行きたいんだ。ギルド本部なら国外の冒険者情報も照会できるからな」
ディーデリックの言葉に俺はこくりとうなずいた。冒険者ギルド本部の建物なら、このヤコビニ王国だけではない、全国の冒険者の情報を集められる。その中から俺のこのステータスを持て余さない冒険者が、いたなら幸いだ。
とは言ったものの、俺のステータスは人間を大幅に逸脱している。魔物のステータスだとしても、Sランク上位かXランク下位に入るだろう。神魔王の心情に賛同した魔物ばかりが集まるギュードリン自治区のパーティーならばまだ釣り合うだろうが、それでも単独パーティーなど望むべくもない。
俺の言葉に、ディーデリックが小さく喉を鳴らした。
「なるほど……しかし、宛てはあるのか? 今の貴様に匹敵するような能力の冒険者など、魔物であっても難しかろう」
「そうだな……王国内にいてくれたらとても有り難いけれど、こればかりは問い合わせてみないと分からない」
彼の問いかけに、俺は小さく首を振る。正直、ヤコビニ王国の中にそんなパーティーがいるとは思えない。望むべくもない、というのが正直なところだろう。
そうして俺もディーデリックも黙りこくる中、馬車はどんどん進んでいく。そして2時間と少々の時間が経った頃に、馬車がゆっくり減速し始めた。
「間もなくアモーレ村に到着します。馬車の揺れにご注意ください」
それとともに御者の声がかかる。どうやら中間地点の村、アモーレ村に到着するらしい。
「ん、途中の村に着くか」
「既に夜も更けている、さすがにこの時間に馬車に乗ってくる者などおるまいて」
馬車が減速して、アモーレ村の門の前にある交差点に停まった。ここで客を待ってから、王都ジャンピエロに向けて発車する。
しかし既に夜の10時を回っている。こんな夜遅くに、乗ってくる冒険者などそうそういないだろう。大概はこのアモーレ村にて、酒盛りに興じて英気を養い、宿屋で寝て、翌朝に出発するのだから。
そうして停車時間の5分ほど、誰も乗ってくることなく時間は過ぎ。発車時間がやってきた。
「間もなく発車いたします、お掴まりください」
「だろうな。さて――」
俺も半ばあきらめて馬車の座面に背中を預けた。と、そこで。
「待って待って、その馬車まだ出ないでー!」
「うん?」
声を上げながら、こちらに向かって駆けてくる影があることに俺は気付く。
小さい。人間の子供くらいの身長だ。頭には三角耳、鼻先は黒く、全身を茶色っぽい毛皮で覆っている、ように見える。短い尻尾も背後に見えた。
魔物だ。魔獣種の魔物の一種、
その
「お、おい、来るな! 魔物め、乗合馬車を襲わせるわけにはいかないぞ!」
しかしその
「失礼しちゃう、魔物は魔物でも、れっきとした冒険者だもん! タグだって、ほら!」
そのオリハルコン製のタグ、S級冒険者の証を見せつけながら、
タグを目にしたらしい御者が、声を震わせながら口を開いた。
「ギュ、ギュードリン自治区……す、すまなかった。乗ってくれ」
「ふんだ、分かればいいのよ」
不満を露わにしながらも、
動き出した馬車の中で、
「先客さん? ごめんなさいね、バタバタしちゃって」
「いや……構わない」
声色を聞くに少女のようだ。
何しろ、レベルが随分高いのだ。S級冒険者であり、Sランクパーティーであり、レベル175。この小さな見た目からは想像も出来ないほど、彼女は強い。
ディーデリックも驚きを露わにしながら、少女に声をかけていた。
「ギュードリン自治区の魔物か」
「そうよ。あなたは……魔物の見た目をしているけれど、人間なのね?」
ディーデリックの問いかけにうなずきつつも、少女は俺に言葉をかけてくる。どうしてそんなことが分かるのだろう、俺はほとんど何も言っていないというのに。
驚きを抑え込みながら、俺は問いかける。
「分かるのか」
「魔物で人間様式の名付けをしている人はとても少ないからね。名前が分かれば、だいたい分かるのよ」
俺の問いかけに、
俺の反応を見つつ、少女が自分を指さしながら言う。
「Sランクパーティー『
「
「
俺が問いかけると、ディーデリックも驚いた様子で少女――エレンに声をかけた。
そういえば耳にしたことがある。ヤコビニ王国で活動する冒険者で、
俺の言葉に、エレンは小さくうなずきながら言った。
「あたし、見ての通り
「はー……」
エレンの言葉に、俺はため息をつくしかなかった。
魔獣系の魔物が吠え声などを使って発動させる魔獣語魔法は、人間語の魔法とは原理が違う。だからその強力さを頼りにして生きてきたのは不思議ではないが、だとしたってこれだけのレベル、これだけの位まで上り詰めてきたのは並大抵ではない。
これはまさに、俺の望んでいた人材そのものだ。
「戦士」
「ああ、これほどまでの幸運はないぞ」
ディーデリックが声をかけてくるのに、俺もうなずく。小さく身を乗り出しながら、俺はエレンに話しかけた。
「エレン。俺も一人パーティーで、これから王都に仲間を探しに行くところだったんだ。君みたいな、力のある
「ふーん……?」
俺の申し出に、エレンは小さく言葉を漏らした。俺の頭上の簡易ステータスに目を向けつつ、彼女は俺に問いかける。
「ライモンド・コルリ、A級、レベル187、大剣を扱う
「その通り。吾輩が呪ってやった代わりに、絶大な力をくれてやったのだ」
エレンの問いかけに答えるのはディーデリックだった。魔物同士、通じるところもあるのだろう。敢えて俺は、ライモンド・コルリ本人としては何も言わない。
果たして、ディーデリックの言葉が効いたのか、エレンはこくりとうなずいた。
「いいわ、並大抵の
「助かる。ありがとう」
エレンの発言に俺はすぐさま頭を下げた。このような形で、今日に仲間を得られたのは大変に有り難い。ギュードリン自治区の魔物の冒険者であることもまた、有り難いことだ。
何しろ、かつての魔王でありながら今もなお生きて、人間に力を貸している神魔王ギュードリンの子である。そのステータスもさることながら、身につけた戦術は並々ならぬものであろう。
ディーデリックもそこは分かっているようで、神妙な声色でエレンに言った。
「よしなに頼む、小犬」
「いきなり小犬呼びとは、ご挨拶ね」
しかし相変わらず不遜な言葉遣いで、エレンが小さく笑う。だが彼女も、同じ魔物であるディーデリックを咎めるつもりはないようだ。
そうして言葉を交わして仲を深めながら、俺達は王都ジャンピエロへと向かうのであった。