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第10話 鴎のエレン

 酒を飲んで、語らって。そうして夜も更けて、もうそろそろ夜の8時を回ろうかという頃合いで。

 俺は木製のジョッキと銀貨を1枚と小銀貨を数枚テーブルに置いて、さっと居並ぶ面々に手を挙げた。


「じゃあ、お疲れ様」

「お疲れ様ー」

「気をつけてね、ライモンド」


 ここまで付き合ったのだから引き止められる理由はない。早くに発ちたい理由は既に話してある。だから誰も、俺を止めることはしなかった。

 足早にコルティ村の外にある乗合馬車の発着所に向かう俺に、ディーデリックが声をかけてきた。


「こんな時間に発つのか」

「ああ、乗合馬車の最終便には間に合うようにしたい」


 返事を返しつつも、俺は足を止めることはない。コルティ村発、ジャンピエロ行きの乗合馬車の発車時間まであまり時間はない。現に村の出口が見えた頃には、既に馬車が停まっていた。


「アモーレ村経由、王都ジャンピエロ行きの最終便、間もなく出発です」

「よかった、間に合った。一名お願いします」


 停まっていた馬車に飛び込んで、小銀貨2枚を御者に握らせる。王都ジャンピエロまで200ソルディ、普通に考えれば割高だが、最終便故に致し方ない。

 果たして走り出す馬車は、普段よりも早いスピードで走り出した。舗装されていない路面を走る馬車は揺れる。ガタガタと揺れる馬車の中で、ディーデリックが俺に声をかけてきた。


「そこまで急ぐほどのことか? 貴様のステータスならば、引く手あまたであろうに」


 不思議そうな声色をして言ってきた彼に、俺はため息をつきながら返した。


「そう甘い話じゃないんだよ。確かに俺のこのステータスの高さは魅力だろうが、大抵のパーティーじゃ持て余しかねない。俺と遜色そんしょくのないくらいの能力を持つ一人パーティーの冒険者や、やってることが特殊過ぎて周りがついていけていないような冒険者……そういう連中がいればいいんだけどな」


 そう。俺は確かに強い。何でも出来る。しかしだからこそ、並の冒険者のパーティーでは扱いきれない・・・・・・のだ。

 強力な、突出した能力を持つ冒険者が一人いるパーティーは、その突出した冒険者をいかに動かすかが重要になる。しかしそれは、並の冒険者には要求されないことだ。

 結果、その強力な冒険者を持て余し、本来の力を発揮させることが出来ずに終わる。凡庸に動かされ、冒険者が満足できずに離脱するか、凡庸のままで終わるか。それが常だ。

 強ければいいというものではない。バランスが大事なのだ。

 そこをディーデリックもよく分かっていたのだろう。俺の言葉に、すんと鼻を鳴らしながら言う。


「そんな連中が都合よくいてたまるか」

「そうだろう。だから早めに王都に行きたいんだ。ギルド本部なら国外の冒険者情報も照会できるからな」


 ディーデリックの言葉に俺はこくりとうなずいた。冒険者ギルド本部の建物なら、このヤコビニ王国だけではない、全国の冒険者の情報を集められる。その中から俺のこのステータスを持て余さない冒険者が、いたなら幸いだ。

 とは言ったものの、俺のステータスは人間を大幅に逸脱している。魔物のステータスだとしても、Sランク上位かXランク下位に入るだろう。神魔王の心情に賛同した魔物ばかりが集まるギュードリン自治区のパーティーならばまだ釣り合うだろうが、それでも単独パーティーなど望むべくもない。

 俺の言葉に、ディーデリックが小さく喉を鳴らした。


「なるほど……しかし、宛てはあるのか? 今の貴様に匹敵するような能力の冒険者など、魔物であっても難しかろう」

「そうだな……王国内にいてくれたらとても有り難いけれど、こればかりは問い合わせてみないと分からない」


 彼の問いかけに、俺は小さく首を振る。正直、ヤコビニ王国の中にそんなパーティーがいるとは思えない。望むべくもない、というのが正直なところだろう。

 そうして俺もディーデリックも黙りこくる中、馬車はどんどん進んでいく。そして2時間と少々の時間が経った頃に、馬車がゆっくり減速し始めた。


「間もなくアモーレ村に到着します。馬車の揺れにご注意ください」


 それとともに御者の声がかかる。どうやら中間地点の村、アモーレ村に到着するらしい。


「ん、途中の村に着くか」

「既に夜も更けている、さすがにこの時間に馬車に乗ってくる者などおるまいて」


 馬車が減速して、アモーレ村の門の前にある交差点に停まった。ここで客を待ってから、王都ジャンピエロに向けて発車する。

 しかし既に夜の10時を回っている。こんな夜遅くに、乗ってくる冒険者などそうそういないだろう。大概はこのアモーレ村にて、酒盛りに興じて英気を養い、宿屋で寝て、翌朝に出発するのだから。

 そうして停車時間の5分ほど、誰も乗ってくることなく時間は過ぎ。発車時間がやってきた。


「間もなく発車いたします、お掴まりください」

「だろうな。さて――」


 俺も半ばあきらめて馬車の座面に背中を預けた。と、そこで。


「待って待って、その馬車まだ出ないでー!」

「うん?」


 声を上げながら、こちらに向かって駆けてくる影があることに俺は気付く。

 小さい。人間の子供くらいの身長だ。頭には三角耳、鼻先は黒く、全身を茶色っぽい毛皮で覆っている、ように見える。短い尻尾も背後に見えた。

 魔物だ。魔獣種の魔物の一種、子犬人コボルトと見える。明らかに人間語を喋ってはいたが。

 その子犬人コボルトの姿を認めて、にわかに御者も慌てだした。護身用のナイフを抜いた音も聞こえる。


「お、おい、来るな! 魔物め、乗合馬車を襲わせるわけにはいかないぞ!」


 子犬人コボルトも立派な魔物、ともすれば人間に危害を加える存在だ。この御者の行動はなにも間違ってはいない。

 しかしその子犬人コボルトにも、大義名分はあるようだった。腰に巻いたベルトから金属製の、楕円形のタグを取り出しながら声を張る。鈍く輝く緑がかった金色、オリハルコン製だ。


「失礼しちゃう、魔物は魔物でも、れっきとした冒険者だもん! タグだって、ほら!」


 そのオリハルコン製のタグ、S級冒険者の証を見せつけながら、子犬人コボルトの冒険者は御者に言ってみせた。ちらと馬車の窓からそちらを見ると、なるほど、冒険者であることを示す簡易ステータスが頭上にある。しかも、かなり強い。

 タグを目にしたらしい御者が、声を震わせながら口を開いた。


「ギュ、ギュードリン自治区……す、すまなかった。乗ってくれ」

「ふんだ、分かればいいのよ」


 不満を露わにしながらも、子犬人コボルトの冒険者は馬車に乗り込んでくる。必然、俺とも顔を合わせることになるわけで。

 動き出した馬車の中で、子犬人コボルトはぺこりと俺に頭を下げた。


「先客さん? ごめんなさいね、バタバタしちゃって」

「いや……構わない」


 声色を聞くに少女のようだ。子犬人コボルトの少女に俺は礼を返す。

 何しろ、レベルが随分高いのだ。S級冒険者であり、Sランクパーティーであり、レベル175。この小さな見た目からは想像も出来ないほど、彼女は強い。

 ディーデリックも驚きを露わにしながら、少女に声をかけていた。


「ギュードリン自治区の魔物か」

「そうよ。あなたは……魔物の見た目をしているけれど、人間なのね?」


 ディーデリックの問いかけにうなずきつつも、少女は俺に言葉をかけてくる。どうしてそんなことが分かるのだろう、俺はほとんど何も言っていないというのに。

 驚きを抑え込みながら、俺は問いかける。


「分かるのか」

「魔物で人間様式の名付けをしている人はとても少ないからね。名前が分かれば、だいたい分かるのよ」


 俺の問いかけに、子犬人コボルトの少女は肩をすくめながら返した。なるほど、既に見破られていたわけだ。このまま魔物として扱ってもらった方が、幸せだったかもしれないけれど。

 俺の反応を見つつ、少女が自分を指さしながら言う。


「Sランクパーティー『ガッビアーノ』のエレン。職業は魔法使いソーサラー、S級よ」

魔法使いソーサラー……なのに一人パーティーなのか?」

魔法使いソーサラー単独でSランクとは、なかなかだな」


 俺が問いかけると、ディーデリックも驚いた様子で少女――エレンに声をかけた。

 魔法使いソーサラーで一人旅など、無茶をするものか巡礼者かのどちらかしかいない。そうでなければ考えられないからだ。

 そういえば耳にしたことがある。ヤコビニ王国で活動する冒険者で、魔法使いソーサラー単独のパーティーでありながらSランクまで上り詰めた凄腕がいると。それが彼女というわけか。

 俺の言葉に、エレンは小さくうなずきながら言った。


「あたし、見ての通り小犬人コボルトだもの。魔法の詠唱中にも逃げ回っていれば、攻撃をくらわないで済んじゃうの。とっさの時は吠え声一つで魔獣語魔法も使えるしね」

「はー……」


 エレンの言葉に、俺はため息をつくしかなかった。

 魔獣系の魔物が吠え声などを使って発動させる魔獣語魔法は、人間語の魔法とは原理が違う。だからその強力さを頼りにして生きてきたのは不思議ではないが、だとしたってこれだけのレベル、これだけの位まで上り詰めてきたのは並大抵ではない。

 これはまさに、俺の望んでいた人材そのものだ。


「戦士」

「ああ、これほどまでの幸運はないぞ」


 ディーデリックが声をかけてくるのに、俺もうなずく。小さく身を乗り出しながら、俺はエレンに話しかけた。


「エレン。俺も一人パーティーで、これから王都に仲間を探しに行くところだったんだ。君みたいな、力のある魔法使いソーサラーが共にいるなら有り難い。よければ、共に冒険しないか」

「ふーん……?」


 俺の申し出に、エレンは小さく言葉を漏らした。俺の頭上の簡易ステータスに目を向けつつ、彼女は俺に問いかける。


「ライモンド・コルリ、A級、レベル187、大剣を扱う戦士ウォリアー……もしかしてあなた、『黄金魔獣の着ぐるみ』に呪われたっていう?」

「その通り。吾輩が呪ってやった代わりに、絶大な力をくれてやったのだ」


 エレンの問いかけに答えるのはディーデリックだった。魔物同士、通じるところもあるのだろう。敢えて俺は、ライモンド・コルリ本人としては何も言わない。

 果たして、ディーデリックの言葉が効いたのか、エレンはこくりとうなずいた。


「いいわ、並大抵の戦士ウォリアーならお断りだったけれど、あなたなら大丈夫そう。明日ギルド本部で手続きしましょ」

「助かる。ありがとう」


 エレンの発言に俺はすぐさま頭を下げた。このような形で、今日に仲間を得られたのは大変に有り難い。ギュードリン自治区の魔物の冒険者であることもまた、有り難いことだ。

 何しろ、かつての魔王でありながら今もなお生きて、人間に力を貸している神魔王ギュードリンの子である。そのステータスもさることながら、身につけた戦術は並々ならぬものであろう。

 ディーデリックもそこは分かっているようで、神妙な声色でエレンに言った。


「よしなに頼む、小犬」

「いきなり小犬呼びとは、ご挨拶ね」


 しかし相変わらず不遜な言葉遣いで、エレンが小さく笑う。だが彼女も、同じ魔物であるディーデリックを咎めるつもりはないようだ。

 そうして言葉を交わして仲を深めながら、俺達は王都ジャンピエロへと向かうのであった。


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