ジム受付カウンターを離れた俺は、ギルドの建物内、ある一箇所に向かって迷いなく歩いていた。
「さてと、次はクエストだ」
「あそこのボードに掲示してあるわけか」
今度に向かうのはクエストボード、クエストが貼り出されている掲示板だ。
冒険者ギルドの中核を担うと言っても過言ではないこの設備、当然冒険者がごった返している。それもこれも、クエストを探すためだ。
「そう。あそこに掲示されているクエスト内容を取って、依頼受付カウンターに持っていく。受注が承認されたら依頼開始だ」
紙に印刷された状態で貼り出されているクエスト内容を、俺も冒険者達の後ろから背伸びをしつつ見る。もちろん、EランクやDランクの下位クエストには目もくれない。
やれドラゴン討伐だ、やれ廃棄された遺跡探索だ、危険なクエストが多数貼り出されるAランククエストを見る俺に、ディーデリックが鼻をヒクつかせながら零す。
「なるほどな。今までの冒険者どもの行動を見るに、一つのクエストを複数のパーティーが受注することも、当然可能なのだろう?」
「そうだな。というより、Bランク以上の討伐依頼は複数パーティーで対応することが、基本的に求められる」
ディーデリックが問いかけてきたのに対し、同意を返しながら俺はクエスト内容の紙に手を伸ばした。まだ誰も手を付けていなかった、フラカッシ山の地竜テラの討伐依頼。既に2パーティーが参加しているようだ。
俺が手に取ったクエスト内容を見つめながら、不思議そうな声をしてディーデリックは言う。
「なるほど。だが戦士、貴様の実力を確かめるのが目的なら、他パーティーの介入は逆に
「うーん……だが、俺一人で討伐に行ったら、討伐実績の証明が面倒だぞ。王都の本部に照会しないとならなくなる」
彼の言葉に、小さく唸りながら俺は返した。彼の言わんとすることももっともだが、一人で討伐を行うと「自分が討伐に成功した」という証明が面倒なのだ。
高ランクのクエストは特にそうだが、そのモンスターを自分が討伐したことを証明するためには、その場に他の冒険者にもいてもらうのが一番手っ取り早い。
冒険者ギルドは国内の冒険者や魔物の生存確認や状況確認のために、
俺の説明に、ディーデリックが深くため息をつく。着ぐるみなのにため息とは、随分器用なことだ。
「人間の仕組みとはつくづく面倒だ。だが吾輩は貴様が望まぬと言うなら多くは言わぬ。貴様のやりやすいようにやるのがいいだろう」
「急に
いきなり態度が軟化して怖くなりながら、俺はクエスト内容の紙を依頼受付カウンターに持っていく。ここで各地から寄せられた困りごとをクエストとして受け付けたり、冒険者がクエストを受注したりしているのだ。もちろんクエスト達成の報告もここでする。
「依頼受付カウンターです。ご用件は?」
「こちらの依頼の受注を」
俺はいつものように、カウンターの向こうにいる女性スタッフにクエスト内容の紙を手渡した。普段ならこの紙を受け取られて、依頼参加登録を行い、紙にサインして終了だ。
「はい……えっ」
しかし、今日はいつもと流れが違う。紙を受け取って内容を確認した女性スタッフが声を上げながら手を止めた。慌てた様子で俺に視線を向けてくる。
「あの、すみません。『
「そうだ。俺はA級だから、問題はない認識だが」
女性スタッフの問いかけに、首を傾げながら俺は返答した。先程事務受付カウンターのスタッフにも言われた通り、クエストの受注に制限がかかるようなことは本来ならない。何故なら俺がA級冒険者であることは、揺るぎない事実だからだ。
実際、そこで目の前のスタッフも詰まったわけでは無いようで、ゆるゆると首を振りながら念を押してくる。
「は、はい。そこは問題は無いんですが……お一人ですよね? 大丈夫ですか?」
心底から心配そうに俺に聞いてくるスタッフに、俺は吐き出しそうになったため息を口から出さないよう堪えるので精一杯だった。
心配するのは分かる。とても分かる。俺だって阿呆じゃないかと思うくらいだ。
しかし、それは俺が
「そうだが。俺のステータス的には問題ないと思っている」
そう返して、俺はステータスの確認を促す。既に俺の
果たして、ステータスを表示するためのウインドウがスタッフの目前に現れる。
「ええと、失礼します。『
そして参照された俺のとんでもないステータス。明らかにスタッフが引いている。無理もないことだが。
そしてそのスタッフは、分かりやすいくらいにガタガタ震えながら、こちらに硬筆とクエスト内容の用紙を差し出してきた。
「か、確認取れました。問題なさそう、ですね。それでは依頼受注を承認します、頑張ってください」
「ありがとう」
スタッフの手からそれらを受け取り、俺の名前をサインして返す。クエスト受注を終えた俺がカウンターから離れた後も、問題のスタッフは小さく震えていた。
なんだろう、あそこまで怖がられると、俺としても収まりが悪い。怖がる気持ちはとても分かるのだが。
「やれやれ、しばらくはこうしたやり取りが続くのかな」
「貴様一人とあればそうもなろうな。やはり人間とは面倒だ」
俺がギルドの建物を出ながらぼやくと、ディーデリックもため息交じりに俺に言葉を返してきた。ここばかりは、彼の言葉に同意せざるを得ない。
どうにも、面倒だ。そう思いつつ、俺はフラカッシ山へと向かう乗合馬車を探し始めた。