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第4話 洗脳教育

 複雑な思いを抱きながら、俺は路地裏に引っ込んでディーデリックと話していた。傍から見ていたら自分ひとりでぺちゃくちゃと喋っているような状況だ。異常者以外の何物でもない。


「というか、洗脳って……そんなことも出来るのか、お前」

「出来るとも。どんな屈強な冒険者も、吾輩の目で屈服させてきたのだ」


 俺の問いかけに、ディーデリックが自信満々に返してきた。俺の目の前にいて話をしていたとしたら、きっと胸を張るなどしていたことだろう。実際は俺の周りを覆うようにいるわけで、様子を見ることなど出来ないのだが。

 ため息をつく俺に、懐かしむような声色でディーデリックが言う。


「吾輩の言葉にすべて従い、吾輩の全てを受け入れ、吾輩と共にヒトの肉を貪る。そうして着用した冒険者がヒトとして狂う様子を、ヒトは呪われたと見たわけだ」


 その発言に、俺は言葉を失っていた。もしディーデリックの気まぐれで命を助けられていなかったら、俺は人間の尊厳も仲間も自意識も、何もかも失って死んでいったことだろう。恐ろしいなんてものではない。

 すると、俺の目を見つめていたディーデリックの目が、僅かに怪しく光った。


「だが、貴様にとっての私は装備品であり、盟友でもある。ならばこの洗脳の力も、貴様を制するために使うのは間違いだろう」


 意味深なことを言ってきたディーデリックに、俺はキョトンとする他無い。相手を制する以外の洗脳の使い方とは、果たしてどういうことだろう。


「どういうことだ?」

「なに、そう難しい話ではない。だが……」


 俺が問いかけると、何やら含みのある言い方でディーデリックが言い淀んだ。少しばかり考え込んだ後、彼は俺に問い返してくる。


「戦士。貴様、この近隣に横になれる場所があるかどうかは知っているか」

「宿屋ってことか? 馴染みにしている宿ならこの近くにあるが……」


 その質問に首を傾げながら俺は答えた。この町には「噛みつく炎モルデレフィアンマ」がいつも使っている宿屋「赤耳の虎猫亭」がある。場所的にも今いる場所から近いし、あそこの女将であるベラ・ベルナスコーニは顔馴染みだ。俺の格好を見てもそんな変な顔はしないだろう。

 しかし、宿屋の中で何をするつもりだというのか。俺の疑問をよそに、ディーデリックは俺を急かす。


「よし、そこに行こう。これをするには、貴様が落ち着ける場所でないとなかなか難しい」

「ますます、どういうことだ……?」


 ディーデリックが何をしたいのかがさっぱり分からないまま、俺は「赤耳の虎猫亭」に向かう。扉を開けると、恰幅のいい女性がカウンター内からこちらを見た。彼女が女将のベラさんだ。


「はい、いらっしゃ……あら?」

「ベラさん、俺です。ライモンドです」


 俺の姿を見て、当然ベラさんも「おやっ」という表情をする。こんな着ぐるみ姿では当然だ。軽く手を上げながら彼女に声をかけると、すぐに納得がいったようで愛想を崩してきた。


「あらぁ、『噛みつく炎モルデレフィアンマ』の。どうしたのその恰好、可愛いじゃない」

「いやぁ、その、今日にダンジョンでゲットしたんです。あと、もう『噛みつく炎モルデレフィアンマ』の一員じゃないんですよ、クビになったんで」


 ぽんと手を打ちながら声をかけてくるベラさんに、俺は後頭部に手をやりながら返した。こんな話を最初にするのがこの人相手というのもなんだか締まらないが、何度もこの宿をパーティーで利用しているから仕方がない。

 俺の発言に、ベラさんもなんとも言えない表情になりながら言葉を返してくる。


「あらあらぁ、そうだったの。大変ねー」

「そうですね……で、その、一人部屋を借りたいんですけど、いいですかね」


 このまま雑談に入りそうだったが、何とか話題を本筋に戻した俺だ。このままだとベラさんと話し込んで、ディーデリックが口を挟みかねない。

 俺の言葉にベラさんは、手元の台帳に視線を送りながらうなずく。


「いいわよぉ、ちょうど空きがあるわ。一泊?」

「うーん……とりあえず一泊で。連泊するようなら明日また手続きします」


 ベラさんの問いかけに俺もうなずきを返した。一体どれだけの間、ディーデリックが俺にあれこれしようとするのか分からないが、とりあえず数日かかりきりなんてことにはならないだろう。そうだと信じたい。

 果たして、ベラさんは二階の端の方にある部屋の鍵を壁から取り、俺に差し出してきた。


「分かったわ。はい鍵。朝食付きで一泊分150ソルディ、出る時に払ってちょうだいね」

「ありがとうございます」


 鍵を受け取り、俺はロビーの階段を登っていく。階段を登っている間に、ディーデリックが声を潜めながら話しかけてきた。さすがに彼も、この場で大声を出さない分別はあるらしい。


「戦士。洗脳の間、邪魔が入らないようにしたい。出来そうか?」

「問題ないと思う。扉に声掛け不要の木札をかければいいから」


 問いかけられて、俺はすぐさまに答えを返した。何度も利用しているからこの宿でどう動けばどうなるか、手にとるように分かっている。

 目的の一人部屋の扉、鍵を開けて中に入る。魔力灯のスイッチを入れてから、入り口そばにある「声掛け不要」の木札を扉の取っ手へ。中から鍵をかけたら、これで準備完了だ。

 俺が鍵をかけたことを確認したディーデリックが、満足した様子で俺に声をかける。


「よし。それではそこの寝床に横になれ。目は閉じるな」

「何を……しようっていうんだ?」


 言われるがままにベッドに寝そべった俺は、恐る恐る彼に問いかける。するとディーデリックはさらりと、とんでもないことを言い始めた。


「吾輩がこれまで喰らってきた冒険者、しめて369人・・・・のスキルとステータスを貴様の身体に焼き付ける。スキルの重複は多々あるだろうが、貴様は370人分の冒険者のステータスを手に入れることになるわけだ」

「ちょっ!?」


 その言葉に俺はベッドから飛び起きそうになった。

 369人分の冒険者のステータスを俺の身体に焼き付けるなど想像もできない話だが、俺の脳味噌が爆発してしまうだろうということは容易に想像できる。そもそもからしてそんな大量の人間のステータス、俺一人の身に収めようという方が無茶だ。

 何とか逃げ出そうともがくが、さっさとディーデリックは俺の身体を縛ってしまったらしい。身体の自由が効かないから、身をよじることすら出来ない。

 パニックに陥る俺に、ディーデリックは無慈悲に告げた。


「時間が惜しい。始めるぞ」

「ちょっ、待っ――」


 カッとディーデリックの瞳が赤く輝く。目をつむりたくても彼が許してくれない。

 結果として俺はディーデリックの爛々と輝く瞳を、真正面から見据える形になる。途端に、俺の目を通して脳味噌に、大量の情報が叩き込まれてきた。


「あ――――!!!」

「一人目焼き付け完了、次だ」


 息が出来なくなるかと思った。いや、一瞬本当に息が止まっていたかもしれない。

 自分の喉から出たとは思えないくらいに甲高い、しかし一瞬で消え入るような悲鳴を上げながら震える俺の身体。しかしディーデリックは容赦なく、俺に他人のステータスを叩き込んでくる。

 もう、いっそディーデリックに喰われて死んだほうがマシなんじゃないかというくらいの、割れんばかりの激痛が俺の頭全体に響き渡っていた。


「が、あ、ぎゃ――――!!!」

「暴れるな、もっと苦しくなるぞ。よし完了、三人目」


 そうこうする間にも俺に他人のステータスが追加され、レベルは上がり、スキルも増えていく。しかしその間の激痛はまさしく耐え難い。

 結果としてディーデリックの洗脳教育は真夜中まで及んだ。周りの部屋にも迷惑がかかるからと、途中からは悲鳴をあげることも許されなかった俺は、最後の369人目が書き込まれた頃には息も絶え絶えだ。

 かすれた声で、白痴のように喘ぎながら、俺はカッと開いたままの目を閉じることも忘れてベッドに横たわっている。


「あっ、あっ、あっ……」

「よし……これで369人分、焼き付け完了だ。生きているか、戦士」


 瞳の輝きを消しながら声をかけてくるディーデリックだ。全くいつもと変わらない調子で声をかけてくる彼を、憎いと思うほどの働きも、今の俺の脳味噌では行えない。

 既に拘束は解除されているはずなのに、ガンガンと割れそうに痛む頭を押さえることも出来ず、ようやく目を瞬かせながら俺は声を絞り出した。


「あ、う……お、おれ、ど、なて」

「一気に大量の情報を書き込まれたから、肉体が負荷に耐えられなかったのだろう。ステータスが身体に馴染むまで、とりあえず休むといい」


 もはや人間らしく話すことすら今は難しい。俺に優しく瞳を向けながら、ディーデリックが俺の身体を清めた。どうやら汗やらなんやらで、俺の身体はぐっちゃぐちゃだったらしい。

 身体を魔法で撫で回される感覚が非常に心地よくて、俺はようやく、縛り付けられていた意識を手放した。


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