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第3話 着ぐるみの声

 パーティーを解雇され、一人になってしまった俺。新しい仲間を探しに行く気にもなれず、酒をあおるにもこの着ぐるみ姿では難しい。結果として、俺は教会への道を引き返していた。


「うーん……なんとかこう、教会への寄進額を交渉できないかなぁ……いや、教会に値切り交渉だなんてそんな、なぁ……」


 一人でぶつぶつと呟きながら、俺は教会に向かう道を行ったり来たりしていた。

 先程まで話をして、無理ですと言われた所に戻っていくなど、恥さらし以外の何ものでもない。おまけに教会への寄進額を値切ろうというのだ。無理だと分かり切っている。どの道、値切れたところで手持ちの資金では足りないだろうが。

 もう何度、道で立ち止まったか分からない。何度この道を往復したかも数えていない。傍から見ていたら完全に異常者だっただろう。

 もう、恥を忍んで教会の司祭に頭を下げるか。そう心に決めて、俺は再び歩き出す。


「はぁ、仕方ない。とりあえず――」

「おい、戦士」


 だが、その瞬間。俺の耳元で低く、厳かな声が聞こえた。突然の声に思わず背筋をピーンと伸ばして立ち止まる。


「いっ!?」

「なんだ、素っ頓狂な声を上げおって。情けない男よ」


 口から驚きの声が漏れたのが聞こえたらしく、声の主は呆れたような声色で俺に声をかけてきた。

 またしても、耳元で声がした。というより正確には、着ぐるみの頭の内部・・・・で声がした。明らかに、俺の周囲にいる人々の声ではない。


「だ、誰だっ!?」

「誰だと? 貴様のすぐ近くにいる人物など、吾輩わがはい以外の誰がいる」


 周囲を慌ただしく見回す俺に、声の主がまたも呆れた様子で俺に話しかけてきた。と、次の瞬間。着ぐるみの目の部分が怪しく金色に光る。

 着ぐるみだ・・・・・。この着ぐるみが、俺に話しかけてきているのだ。着ぐるみは瞳をらんらんと光らせながら、俺に向かって声をかけてくる。


「『黄金魔獣』ディーデリック・ノールデルメール。それが我が名だ、戦士ライモンド・コルリ」

「なっ」


 俺の名前を呼んだ、そして自身の名前を名乗った虎の着ぐるみ。その名前を聞いて、俺は愕然とした。

 『黄金魔獣』ディーデリック。今日まさに、俺が、俺達が殺した魔物の名前だ。魔物は魔王から賜った称号をファミリーネームとして名乗り、非常に重んじる風潮がある。ノールデルメールの称号までも名乗ったのだから、これがあの黄金の虎であることは疑いようもない。

 だがしかし。俺は確かに俺の剣で、その魔物を殺したのだ。雑踏の中であろうと構わずに、俺は大声を上げる。


「ディーデリック……お前は俺が殺したはずだ!!」

分体ぶんたいの方をな。『黄金魔獣』の本体は、貴様が身にまとっている着ぐるみのごとき我が身体よ」


 俺の言葉に、ディーデリックが勝ち誇ったように返してきた。

 まさか、俺が殺したのは本当の『黄金魔獣』ではなく、『黄金魔獣』が何らかの力で生み出した存在だったというのか。そう考えれば単独パーティーでもなんとか倒しきれたのも得心が行くが、問題はそこではない。


「これが、魔物……そんな……」


 俺が今身につけている、この呪われた着ぐるみ。これが魔物そのものだというのなら、つまり今の俺は。

 絶望的な考えが頭をよぎって、またしても俺は声を張り上げた。本当なら何かにすがりたいが、すがれる相手も壁もここにはない。


「ふざけるな!! じゃあ俺は、魔物になってしまったというのか!?」

「いいや、そうではない」


 俺の悲鳴に、ディーデリックは淡々と返事を返してきた。その言葉に俺は目を見開く。

 俺が黙ったのを見てか、ディーデリックはゆっくりと説明を始めた。


「確かに貴様は、魔物である吾輩を身にまとい、その身を余すことなく包まれておる。だが今のお主は外面的には・・・・・、着ぐるみを身にまとった物好きな冒険者以上の何者でもないし、吾輩も装備品以外の何物でもない。そうでなければ貴様、吾輩を手にした時に易々と吾輩に袖を通すことなどなかったであろう」

「うっ……確かに」


 相手の説明に、俺は言葉に詰まりながらもうなずいた。

 冒険者は魔物を見た時に、その魔物の簡易ステータスを見ることが出来る。HP体力がどれくらい残っているか、レベルはいくつか、といった情報に限るが、魔物であるならそれらの情報が出てくるわけだ。

 装備品についても同様、そのアイテムのステータス補正値や保有スキルを見ることが出来る。呪いを見破れなかったのは俺の落ち度だが、俺はディーデリックを手にした時、装備品だと認識したし装備品として情報が出てきたのだ。

 もしこいつが魔物だとしたら、魔物としての情報が出てきたのだ。これについては、ディーデリックの言葉通りだ。

 と、そこでディーデリックがくつくつと笑い声を漏らした。目の部分の輝きがほんのり強くなる。


「しかし、戦士。貴様はこの上なく幸運だと・・・・言えような」

「なん……だと?」


 幸運。その言葉に、俺は頭の芯が冷えるような思いがした。

 呪われて、仲間からも捨てられて、明日生きられるかも分からないというのに、何が幸運なのか。掴みかかる勢いで、俺はディーデリックに噛みつく。


「俺はお前を身に付けたばっかりに仲間にも捨てられ、飯も食えず風呂にも入れず、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ!! それを――」

「まあ、落ち着いてよく聞け」


 だが、俺の怒りを受け流すようにディーデリックが声をかけてきた。

 彼の言葉を耳にした瞬間、身体がびしっと固まった。直立不動の姿勢になって動けない。捕縛バインドの魔法をかけられたのかとも思ったが、そんな感じはしなかった。

 動けないままの俺に、ディーデリックが静かに話しかける。


「貴様、先程教会で司祭から聞かされた吾輩の呪いの話を、もう一度思い返してみろ」

「え、ええと……『身に着けたものと周囲の人物を速やかに殺し、骨の一片も残さない呪いです』ってのと、『呪いが強すぎて私どもでは解けません、王都の大司祭や国立魔法院の呪術士様でも解けるかどうか』だよな……」


 彼の言葉に、混乱する頭を落ち着かせながら俺は記憶を手繰り寄せた。

 先程教会に行った時に、司祭から話された内容は先の通りだ。本来なら、呪いによって俺は死ぬ。俺だけではない、周囲の人間も死ぬ。そういう呪いだと。

 するとディーデリックは、俺の言葉にうなずくように瞳を明滅させながら、とんでもないことを言ってきた。


「左様。本来ならば貴様は、我が神殿で吾輩に喰らわれ・・・・、命を落とすはずだったのだ。貴様の仲間などを喰らった・・・・後にな」

「はっ!?」


 その発言を聞いた俺は、背筋を冷たい風が吹き抜ける思いがした。

 死ぬ、だけならともかくとして、喰らうとは。しかも俺が、俺の仲間を。

 愕然として言葉が出てこない俺に、ディーデリックは再びくつくつと笑いながら話してくる。


「吾輩を身に着けたものへの呪いの本質は、洗脳と捕食・・・・・。吾輩によって脳を犯され下僕となり、周囲の人間を殺して喰らう。身も心も魔物へと近づいていった果てに、我が神殿で吾輩にその身を喰らわれる・・・・・。そういう末路をたどるのが常だ。吾輩はそれを繰り返し、幾人もの冒険者を喰らってきたものよ」


 面白そうな声色で話してきたディーデリックに、俺は身を僅かに震わせながら口を開いた。

 そんな恐ろしい呪いをかけられ、挙句の果てに人間を喰らって魔物になって死ぬだなんて。ただ死んでいくよりも何倍も恐ろしく、えげつない呪いだ。


「つ、常って、じゃあ俺もそうなるのか!?」

「だから落ち着けと言っておる」


 混乱しながら問いかける俺に、ディーデリックがまたも瞳を輝かせる。再び俺の身体がびしりと固まった。

 身動きがとれない俺に、ディーデリックは不気味なほど優しく話しかけてくる。


「戦士。貴様は吾輩を身に着けた100人目・・・・・の人間だ。吾輩が喰らった人間としても、貴様を喰らえばちょうど1,000人・・・・・・になる」


 その言葉を聞いて、俺は目を見開いた。まさかこの魔物は、単純に人数のきりがいいから・・・・・・・・・・という理由だけで、俺を助け、力になろうというのか。

 俺の心を見透かしたように、瞳を優しく輝かせながらディーデリックは話す。と同時に、俺の身体を縛る力が一気に抜けた。


「早い話が、吾輩はヒトを喰らうことに飽いた・・・。ならば、一度くらいは装備品としての矜恃きょうじに従い、冒険者に力を貸すのも良いだろうと、そう思ったのよ」

「お、おう……」


 その言葉に、俺はその場に崩れ落ちながら声を漏らした。

 まさか、ネームドの魔物が俺を呪ってくるどころか、俺の装備品として力を貸してくれるだなんて。予想外の展開すぎて頭がついていかない。

 崩れ落ちたままの俺に、小さく笑ったディーデリックが優しい口調で言ってきた。


「そういうわけだ。食事も排泄はいせつも吾輩を通して行えばよい。身体を清めることが必要なら吾輩が清めて排出してやろう。何も心配することはない」

「そ、そうか……ううん……」


 彼の言葉に、俺はよろよろと立ち上がる。魔物に食事も排泄も、身体を洗うのも面倒を見られるとは、何と言うか、すごく複雑な心境だ。

 生殺与奪権どころか人間としての尊厳までも握られている現状に何とも言えない気持ちになりながら、俺は深くため息をつくのだった。


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