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第8話 星に魅せられて…

 アクア達が惑星ガントを出発してから2日後…。

シリウス達は、荷物をまとめ、別の地域へ移り住む準備をしていた。

別の星へ移り住む事も考えたようだが、しばらくはガント内を転々としながら生活するようだ。


 そんな引っ越し準備の真っ最中に1人のプレアデス軍人が村を訪ねてきた。


「シ、シリウス…!プレアデス軍のアルさんがお前を訪ねてきたぞ」


 村人からそう聞いたシリウスは、険しい表情で村の入り口へと足早に向かう。

すると、そこには傷を負ったスピカの元部下『アル』の姿があった。


「ア、アル!?…お前その怪我はどうしたんだ!?」


 よく見るとアルの体には至る所に傷ができており、血の流れた形跡があった。

シリウスは何かを悟ったのか「アル、お前まさか…」と口からこぼす。

しかし、心配するシリウスを遮るように、アルは「自分の事は良いんです」と言うと慌てた様子で村の中を見回した。


「それよりシリウスさん、スピカ様は今何処に?」


「スピカさん達ならレグルスを目指して2日前にここを発ったが…」


 それを聞いたアルは「遅かったか…!」と険しい表情で腕を組んだ。

「何かあったのか?」と聞き返すシリウス。

アルは険しい表情のままシリウスに一枚の写真を見せる。

写真は宇宙空間を撮影したものだった。

しかし、暗い空間を沢山の星たちが光る中、ボヤッとした白い霧のような物が所々に広がっている事に気がついた。

そしてこの写真を見たと同時にシリウス達表情も堅くなった。


「アル、この写真はいつ撮った物だ?」


「昨日です」


 アルの返答に更に表情が引き締まる。


「ミラ銀河とアンカア銀河の境目に時折り発生する星雲『幻星雲まぼろしせいうん』か…」


 時は少し戻り、アクア達が惑星ガントを出発してから1日が経った頃…。


「うーん、困ったなぁ」


「凄い星雲だね、遠くの星が見えないや」


 アクア達が居るのはミラ銀河とアンカア銀河の丁度境目。

2つの銀河同士の境目はよく星雲が発生する事で知られていた。


「この視界の悪さだと進むのは危険だな…。リゲル、一度近くの星に降りよう」


「本当はあんまり銀河の境目には居たくないんだけど、そうするしかないな」


 スピカの提案に少し乗り気では無い様子のリゲルだったが、総合的な判断で近くの星へと列車を向かわせ始めた。


 リゲルがこの付近に留まることを渋るのには理由があった。

それはここが『銀河の境目である事』

アクア達の住む世界の宇宙『ミラ銀河』と『アンカア銀河』は元々は繋がるはずのない別次元の宇宙だった。

それが遥か昔、世界の性質が似ていたからなのか、はたまた神の悪戯なのか…。2つの宇宙は突然交わった。

宇宙空間を○で表すのならば、2つの○が繋がりあった状態。つまり『∞』のマークのような状態を想像して貰えると分かり易いだろう。

この異なる宇宙同士の重なりの影響からか、この辺りの宇宙では時間の流れが少し不安定になる傾向があった。

そしてそれは星雲が濃いほど不安定になりやすいという。


 リゲルは、何も悪い事が起こらない事を祈りながら近くの星へ入り、ゆっくりと車両を地面へと近づけていった。

星雲の影響が及んでいるのか、その星にも濃い霧が立ち込めており、慎重に車両を地面に降ろした。


「しばらくはここで待機だ。スピカさんの身体の傷も完全に癒えていないし、ゆっくりしよう」


 リゲルの提案に「らじゃー!」と元気よく返事をするアクア。

3人は機関室から2両目の居住、整備スペースへ移動し、霧が晴れるまでのんびりと過ごす事になった。


「あ、そうだ!スピカさん、武器を出して!」


 アクアはソファに座ると同時にスピカに作った星の武器を渡すように催促する。

スピカは腰にベルトで吊るしてあった武器を手に取るとアクアに手渡した。

武器を受け取ったアクアは、テーブルに各部パーツを並べると工具を使って分解し始めた。


「使っていなくてもお手入れは大事だからね!」


「確かにいざって時に使えないと意味ないもんな」


 次々と部品を分解し、綺麗に掃除をしていくアクア。

そして、その作業を興味津々に見つめるリゲルと何だか申し訳無さそうに作業を見守るスピカの姿があった。


「本来、自分の武器は自分で整備するのが鉄則なんだが、星の武器は複雑過ぎて私には出来そうもないな」


 何年も軍人として活動してきたスピカは、様々な武器を使いこなし、整備もしてきたが、星の技術を使って作られた星の武器は未知の存在であり、今回はお手上げのようだ。

すまない、と頭を下げるスピカ。

それに対し、アクアは「えへへ、僕に出来るのはこれくらいだから」とニッコリと笑って返す。

そして、ものの数十分で隅々まで整備を済ませると慣れた手つきでササッと組み上げた。

「できた!」と軽く動作チェックをすると、そのままスピカへ手渡した。

スピカは、武器を受け取って腰に付けるとアクアの横に腰掛ける。

すると、アクアは直ぐにそんなスピカの左腕を掴んだ。

突然の事に驚くスピカだったが、そんな事はお構い無しに腕を触りながら何やら真剣な表情で見つめるアクア。

そして何かを見つけると「リゲルさん、救急箱を取って!」と声を上げた。

そう、アクアはスピカが惑星ガントで負った腕の傷を診ていたのである。


「お、おいアクア。傷はもう塞がっているから手当ては…」


 『傷はもう塞がっているから手当ては必要ない』

そう言おうとしたスピカだったが、すかさず「ダメだよ!」とアクアが言った。


「スピカさんは僕たちを守る為に無茶し過ぎだよ。もっと自分を大切にして欲しいな」


 アクアはそう言うと布に消毒液を付けると軽く傷口に当てる。

もう傷口は塞がっている筈なのだが、何となく痛みを感じた。

その時、一瞬顔が引きつったのを見ていたのだろう。

「スピカさん、オレからも頼むよ。1人で無理はしないでくれ」とリゲルも続いた。

流石に観念したのか、スピカは深くため息を吐くと「ああ、分かった」と呟くように答えた。

リゲルは、その姿に思わずクスッと笑うと整備スペースを後にし、居住スペースでくつろぎ始めた。


 大人しくアクアから手当てをしてもらうスピカ。

その時、突然アクアが口を開いた。


「ねぇ、スピカさん。剣の達人に会いたいのはやっぱり強くなりたいから?」


「…ん?どうした、急に?」


「ううん、ちょっと気になっただけ。前にも言ったけど、スピカさんはもう充分強いのに…」


 アクアは、丁寧に包帯を巻きながらそう言う。

スピカは、少し視線を下へ落とすと目を閉じた。


「私も前に言った事だが、1人でも多くの人を守れるようになりたいんだ。今よりももっと強くなりたい」


 包帯が巻き終わると立ち上がりながら「ありがとう」とアクアの頭を撫でる。

そして、霧で真っ白になっている窓の外を見つめた。


「『真の強さ』とは何か…。私はそれを知りたい」


 スピカがそう言い終えた時だった。

すぐ近くからドサッ!と何が落ちるような音が列車内に響いた。


「な、何の音?」


「私が見てくる!アクアはここに居るんだ」


 アクアを残し、すぐ近くの居住スペースを覗き込むスピカ。

するとそこには、床へ倒れ込むリゲルの姿があった。


「リゲル!?しっかりしろ!」


 直ぐにリゲルに駆け寄り、体を起こそうとする。

しかし、リゲルからは全く反応がない。

まるで深い眠りについてしまっているかのようだ。


「(ただ眠っているにしては様子がおかしい…。一体何が…)」


 するとその時、整備スペースからもバタッ!と何が倒れるような音が聞こえてきた。

まさか、と思いながらリゲルをソファへ寝かせ、アクアの居る整備スペースへ急ぐスピカ。

しかし、スピカの悪い予感は的中…。

何と今度はアクアが床へ倒れていた。

「アクア!」と直ぐに駆け寄ろうとするスピカ。

しかし、その直後、スピカを強いめまいが襲った。

足がふらっとよろけ、壁に手をつき、何とか堪える…。


「(な、何だ…?き、急に視界がボヤけ…っ)」


 しかし、次第に視界が霞み始め、遂にはスピカもその場へ倒れてしまうのだった…。


 目の前は真っ暗になり、音も聞こえなくなる。

しかし、しばらくすると声が聞こえてくる事に気がついた…。


「…ピカ、ス…カ…!スピカ…!起きなさい!」


 聞こえてきたのは女性の声…。

その声は暖かく、とても懐かしく感じる声だった。


「う、ん…!」


 スピカが目を覚ますとそこはベッドの上だった。

それも旅をしている列車のベッドではなく、暖かい日差しが降り注ぐ懐かしい部屋。

そして、ベッドの横からスピカに声を掛けていた女性…。

それはスピカがかつて暮らしていた孤児院の寮母だった。


「お、おば…さん?」


 スピカは訳が分からずあたふたしながら寮母に話しかけた。

寮母はそんなスピカの様子に「どうしたの?」と話しかけてきた。


 スピカは軽く混乱していた。

自分は銀河鉄道で旅をしていたはずだ、そして孤児院はもう無くなっているはずだ、と。

頭を横にブンブン振り、ふと自分の手を見る。

そこにあるのは幼い手…。思い通りに動かせる紛れもない自分の手だ。


「な、何が起こっているの…?」


「大丈夫?何か怖い夢でも見た?」


 寮母は、スピカのおでこに手を当てる。

そして「うーん、熱はないみたいだねー…」と言うとスピカをギュッと抱きしめた。

抱きしめられ、暖かさと僅かに鼓動を感じるスピカ。

それはまさしく『本物』だった。

そう思った瞬間、スピカの頬を涙が流れた。


 宇宙を旅していたのは夢だったんだ、軍に命を狙われるのも悪い夢だったんだ。そう、今までの事は全部夢だったんだ。


 スピカはこれが夢なのか現実なのか分からないまま、目の前に広がる世界に少しずつ溺れていくのだった。


 寮母に抱きしめられたまま泣きじゃくった後、スピカは連れられてリビングへ向かった。

リビングでは幼い子供達が朝食を食べていた。

席につくと周りの子供達は「おはよう!スピカちゃん!」と挨拶をしてくる。

それに「おはよう!」と元気よく返すスピカ。

スピカは、自分の口調が幼くなっている事にもう気がつかなくなっていた。


 朝食を済ませ、外で友達と遊び、疲れたらお昼寝をする…。

この居心地の良い世界にどっぷりと浸かり、楽しい1日が終わりへ近づく。

スピカは、寮母に頼まれ、夕食前の手伝いでリビングの片付けをしていた。

その時、1人の友達が一枚の絵を描いている事に気がつく。


「何描いてるの?」


 スピカは、友達の描いている絵を覗き込む。

するとその時、スピカの体を電撃のような物が走り抜けていった。


「何ってコスミックゲートだよ!レグルスへの旅行楽しかったよねー!」


 レグルス、コスミックゲート…。

この2つのキーワードを聞いた途端、頭が割れるように痛み出した。

頭を抱え、全身を震わせながらその場にしゃがみ込むスピカ。


「スピカちゃん大丈夫!?」


 友達は、心配そうにスピカに駆け寄ろうとする。

しかし、スピカは「来ないでっ!」と声を上げた。


 目を閉じると浮かび上がってくるもの…。

それはコスミックゲートの事故の事だった。

そして、目の前に居る友達はスピカの目の前で崩れるガレキの下敷きになり、帰らぬ人となった事も思い出した。


「違う!レグルスに旅行なんて行ってない!私達は事故に巻き込まれて私以外はみんな…!」


「そんな事ないよ!ほら、みんなここに居るじゃない」


 気がつくとスピカは寮母や孤児院の子供達に囲まれていた。

そして、皆ニコニコしながらスピカを見つめている。

しかし、その表情はどこか不気味さを感じる異常な物だった。


「もう、やめてくれ…!今すぐ私の前から消えろっ!!」


 スピカは、渾身の力を込めて叫んだ。

すると、穏やかな孤児院の空間に亀裂が入る。

その亀裂は次第に大きくなり、広がるとガラスが割れるように砕け散った。


 1人暗い空間に取り残されたスピカは、座り込むと頭を抱えた。

体の震えが止まらない…。

夢なら覚めてくれ、とただただ祈った。

すると、その時スピカの名前を1人の男性が呼んだ。


「スピカ?大丈夫か?」


 ハッと顔を上げるスピカ。

そこには司令官『フォーマ』と先代の司令官『アーク』の姿があった。


「スピカはプロトタイプ事故の影響でコスミックゲートにトラウマを持っているんだ。フォーマ司令官殿にも分かって頂かないとな」


「茶化さないで下さいよ、アーク様…」


 スピカ達が居るのはプレアデス軍の大型宇宙船。

今からレグルスへ警備の強化を勧める為に交渉しに向かっているのだという。


「(今までのは全て『夢』だったのか…?私はフォーマ司令官を殺してしまったはずでは…?いや、それも『夢』だったのか?)」


 俯いていると「…本当に大丈夫か?」とアーク元司令官が顔を覗き込んでくる。

そんなアークに「…大丈夫です」とボソッと返した。


 今、自分の目の前に居るのは本当にフォーマ司令官達なのだろうか、それとも自らの意志でフォーマ司令官を殺害したのが夢だったのだろうか…。

 『何が本当で何が嘘なのか』が再び分からなくなっていくスピカは、不安を抱えながらもレグルスへと到着した。


 宇宙船を降り、しばらく歩くと政府関係者達が集まる建物へと着いた。


「私が手続きをしてくるから、2人はここで待っていなさい」


 そう言い残してその場を離れるアーク元司令官。

スピカは、ふと目を閉じて耳を澄ませる。

聞こえてくるのは、星天獣達の生活音や風の音、そして子供達の笑い声だった。


「平和だな、この星は。羨ましさすら感じるよ」


「…司令官もそういう感覚を持ってるんですね」


「『ただ戦いの中で生きる冷淡な軍人』とでも思っていたのか?全く、失礼なやつだな」


 フォーマ司令官は横目にスピカを見ながら冗談混じり答えると空を見上げた。


「私たち冥天獣は戦いの中に生きる種族だ。だが『争い事』なんていうものは無い方が良いに決まっている。私たちは、次の時代を生きる者に罪を押し付けない為に戦っているんだ」


 フォーマ司令官の考えに「そうですね」と静かに頷く。

そして2人が話していると、話をつけたアーク元司令官がこちらに戻ってくるのが見えた。

だがその時『あるアナウンス』がスピカの耳に入ってきた。


《まもなく、1番線より銀河鉄道が発車致します。危ないですから、近づきすぎないようご注意下さい》


 そのアナウンスを聞いた途端、再びスピカの身体を電撃のようなものが走った。

そして、スピカの名前を呼ぶ男の子の声が頭に響く…。


「ス…カさん…!スピ…さ…!スピカさん…!」


 スピカは慌てて辺りを見回す。

しかし、どこを見ても自分の名前を呼ぶ男の子は見当たらなかった。


「(確かに聞こえた、気のせいなんかじゃない…。やっぱり、この世界はおかしい…!)」


 そう感じたスピカは、突然走り出した。

フォーマ司令官やアーク元司令官の静止を振り切って全力疾走である場所へと向かう。

その場所とは多数の銀河鉄道車両のある駅…。

何故かは分からないが、直感でそこへ向かっていた。


「はぁ…はぁ…!着いた…!」


 息を切らせながら駅へ入ろうとする。

だが、その駅の入り口は目の前から突然消え、暗い空間が広がった。

突然の出来事に声が出ないスピカ。

そんなスピカに背後から名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「戻るんだな?スピカ」


 そこに居たのはアーク元司令官とフォーマ司令官、そして、孤児院の友達や寮母だった。


「…はい、私を待っている者達が居ますので」


「現実の世界が辛くてももう平気かな?またいつか…逢えるといいね!」


 幼い姿のまま友達からの問いに思わず声が詰まる。

そして、拳をギュッと握りしめると「みんなごめん…助けられなくて…!」と謝った。

それを聞いた孤児院の子供達はニッコリと笑うと次第に姿が透けていき、最終的に見えなくなった。


「スピカ、ありがとう。これで私もあの子達と旅立てるよ」


 そう言う寮母の姿が次第に透けていく…。

そして、フォーマ司令官やアーク元司令官も同様だった。

「おばさんっ…!」と寮母へ飛び出そうとするスピカだったが、何故か前に進めなかった。


「スピカ、私は君の様な部下を持てた事を誇りに思っているよ」


「やめて下さい…!私はあなたを、フォーマ司令官を殺したんですよ!」


 スピカは、自らの手で殺したフォーマ司令官を前にその場に崩れる。

しかし、フォーマ司令官は首を横に振ると「君は真実を知らないだけだ」と言った。

するとその時、突然スピカの頭上から眩しい光が降り注ぎ、身体を包み込んだ。

その光の中には、スピカの名前を呼ぶ男の子の声、もとい『アクアの声』が響いていた。


「さぁ行け、スピカ!待ってる者達の元へ!プレアデスを頼んだぞ…」


 アーク元司令官の声が響くと意識が段々と遠くなっていく…。

スピカは遠のく意識の中で何とか敬礼をすると目の前が暗くなり、完全に意識を失ってしまうのだった。


「スピカさん、スピカさん!!」


「…んっ…!ア、クア…?」


 ボーッとした表情で目を開けるスピカ。

スピカは、星空トレインの車両にある自分のベッドで寝ていた。

最初は意識がハッキリせず、ボーッと天井を眺めていたが、次第にいつものスピカへと戻っていった。


 ゆっくりと体を起こし辺りを見回す。

いつの間にか星雲は晴れ、列車は既に宇宙空間を走っているようだ。

そしてそこには、アクアとリゲルの他に何とアルの姿があった。


「ア、アル…お前どうして…?」


 アルは深々と頭を下げた。


「アルさんはね、僕たちを守ってくれてたんだよ」


 実は、アクア達が一斉に倒れて1日が過ぎた頃、プレアデス軍がアクア達を捕らえる為に近くまで迫っていた。

そんな中、たった1人で応戦し、軍に抵抗していたのだという。

アクアが目を覚ました時、アクア達はプレアデス軍に囲まれていたが、アルの抵抗と指示により何とか脱出。

リゲルとスピカを起こし、今に至るという訳だ。


「そうだったのか…。だが、あの星で見た夢は一体…」


「皆さんがあの星で見た夢、あれは皆さんの願いや僅かな過去の記憶を写し出した幻なんです」


 今回あの星で気を失い、夢の世界へ引きずり込まれたのは偶然だった。

元々あの星は強い磁場が発生しているが、それだけでは星獣達には何の影響も無いはずだった。

しかし、たまたま発生した星雲…。これがあった為に3人は深い眠りに誘われてしまったのだ。


「過去にあの辺りで同じように夢の世界へ引きずり込まれた者もいるらしく、幻覚を見せる星雲『幻星雲まぼろしせいうん』と呼ばれているようです。そして、それは辛い過去を持っている人ほど強い幻覚を見るようで…」


 そう、アクア、リゲル、スピカの3人はそれぞれ辛い過去を持っている。

特にスピカはプロトタイプ事故で孤児院の友人や寮母を失っただけでなく、フォーマ司令官の命を自身の手で奪った過去がある。

心の何処で『それを変えたい』と願い続けていたのだろう。

結果として孤児院のみんながプロトタイプ事故に遭わない世界とアーク元司令官が亡くならず、フォーマ司令官の命を奪わない世界を夢として体験したという訳だ。


「しかし、幻覚と言ってもただの幻覚というわけでは無いようです。浮かばれない魂達があの星の磁場によって引き寄せられ、夢として真実を伝える例もあったようですよ」


 アルの説明に浮かない表情のスピカ。

夢の中で別れる際、フォーマ司令官から「真実を知らないだけ」と言われた。

今のアルの説明を聞いた際にそれを思い出したのだ。

夢の中のフォーマ司令官…。

異様にお金や地位に固執するフォーマ司令官をずっと見てきたスピカにとって、夢の中のフォーマ司令官は違和感しかなかった。

そして、スピカにはもう一つ引っかかっている事があった。


「アル、お前軍はどうしたんだ?」


 スピカが引っかかっていた事…。

それは、何故アルが自分達を助けたのか、という事だった。

軍の命令に刃向かえばそれ相応の罰を受けるはずだからだ。


「…追放された、と言えば良いんでしょうかね、あなたと同じですよ」


 アルは少し物悲しそうな表情を浮かべると同時に「スピカ様、お話があります」と真剣な表情になった。


「かつてあなたが殺害したフォーマ司令官…。あれは本人ではない可能性が出てきました」


「な、何だと…!?いや、確かに私は…!」


 「そんな事はない!」と驚くスピカ。

しかし、アルは首を横に振った。


「スピカ様、あなたはフォーマ司令官…いや司令官らしき人物を殺害した後、遺体を目にしていませんね?」


「あ、あぁ、すぐに指名手配されて捕らえられたからな」


「フォーマ司令官らしき人物の遺体、実は誰も確認していないんです」


 それを聞いた一同は固まり、誰も言葉を発しなくなった。


「今回私は、あなたと同じ道を歩む事を選びました。あなたと同じように今の司令官を…」


「…!まさか追放ってそういう事なのか…?」


 アルは静かにコクッと頷く。

しかし、その目はとても落ち着いていた。


「司令官を手に掛けた後、私はしばらく放心状態で近くに身を潜めていました。すると、司令官の体がみるみる内に液体に変わっていったんです」


 アルの話によると、倒れた司令官の体がドロッと溶け次第に絵の具のような物に変化してしまったらしい。

そして、そこに黒いローブを被った男女の猫獣人が現れ、何やら魔法を掛けると、その液体を綺麗に回収してしまったという。

その時「深い傷が付くと直ぐ形が崩れてしまうのが玉に瑕」と男の猫獣人は言っていたそうだ。

その後、近くに隠れていたアルは見つかってしまい、捕らえられそうになったが何とか脱出。

惑星ガントを経て今ここに至るという訳だ。


「なぁ、スピカさん。その2人組って整備場で会った…」


「あぁ、Peace makerの2人で間違いないだろう。やはり裏で軍と繋がっていたか…」


 スピカ達もその2人組が現れ、コンタクトを取ってきた事をアルへ説明する。

そして、Peace makerの最終目標が宇宙の統一だという事も伝えた。


「気味の悪い奴らですね。偽物を作って軍に忍び込ませるとは…」


「でも、今の話でいけばスピカさんも無実の可能性が高いって事だよな?」


 リゲルの質問にアルは静かに頷いた。

肝心のスピカは実感がなくパッとしない表情だったが夢の中のフォーマ司令官に「真実を知らないだけ」と言われた事を思い出すと妙に納得してしまうのだった。


 長い話で一同は「ふぅ…」と息を吐く。

一応、1日以上寝ていた状態ではあるが、幻覚を見せられていたという事もあり、早めに休む事にしたアクア達。

各々スピカのプライベートスペースを後にしていくが、アクアはスピカの様子がいつもと違う事を見逃さなかった。


「ねぇ、スピカさんちょっと話さない?」


「あ、あぁ、構わないが…どうした?」


 アクアはスピカのベッドに並んで座る。

リゲルは「アクア、頼むな」と言うとアルと共にその場を後にするのだった。


「ねぇスピカさん、泣いてもいいんだよ?」


「えっ…?」


 突然の事に驚き、固まるスピカ。

だが、その頬を無意識のうちに涙が流れていった。

アクアは、終始スピカが辛そうな表情を浮かべている事に気がついていたのだ。

流れた涙を急いで拭くスピカだが、涙は止まる事はなく、寧ろ次々と溢れるように出てきた。

アクアはスピカの涙を優しく拭いてあげるとそのまま抱きついた。


「ギュッとすると少し楽になるよ。…ちょっと恥ずかしいけどね」


「すまない…。少しだけ、その言葉に甘えさせてもらってもいいか…?」


 珍しく力無く話すスピカにアクアも「うん」と優しく答える。

スピカは、アクアをギュッと抱きしめるとしばらく泣き崩れてしまうのだった。


 その頃、別室では窓の外を見ながらリゲルとアルが話をしていた。


「アルさんはこれからどうするんだ?もう軍には戻れないんだろ?」


「皆さんが良ければ私も同行したいのですが、よろしいですか?戦力になれるかは分かりませんが、何か軍に動きがあれば残してきた部下から連絡があると思うのでお役に立てると思います」


「いや、オレよりも戦闘慣れはしているだろうし、心強いよ!」


 リゲルはそう言うと手を出す。

アルは一度リゲルに敬礼するとその手を力強く握り「これから宜しく!」と握手をした。


「そういえばスピカさん、大分堪えてそうだったけど大丈夫かな」


「あの人は強い、きっと大丈夫ですよ。それよりもリゲル殿は大丈夫ですか?」


「その、敬語と『リゲル殿』って言うのはやめて欲しいな。アルさんの方が年上なのに…」


 慣れない呼ばれ方につい苦笑いをしてしまうリゲル。

しかし、アルは「いや、これが私のスタイルですので」と悪戯に笑った。


「オレは大丈夫…かな。オレの見た夢は幸せな夢だったから…」


 リゲルの見た夢は母親が病死しておらず、プロトタイプの事故も起っていない為、父親のベテルが行方不明になっていない世界の夢だった。

その世界でリゲルは終始母親と父親から愛情を注がれたという。


「とても居心地の良い世界だったよ。でも途中でアクアの声が聞こえてきてさ。それで目が覚めたって訳。もしアクアの声が聞こえてこなかったら、あの夢の中に取り込まれてただろうな」


「先程も説明しましたが、幻星雲が見せる夢には亡くなった者の気持ち『残留思念』のような物が宿る時があるそうです。もしかしたらリゲル殿の母親が本当に出てきてくれたのかもしれませんね」


 だが、リゲルには気になる事があった。

それはアクアが気を失っていた時間が短い事だった。


「そういえばアルさん、夢から覚めるのが1番早かったのってアクアだよな?アクアは夢を見なかったのかな?」


「いや、そんな事はないはずですが…。確かにアクア殿は私が起こそうとした時、直ぐに目を覚ましましたね」


 アルがスピカ達の元へ駆けつけ、車両の中に入った時アクアは誰よりも早く目を覚まし、列車を運転してあの星から脱出させていた。

つまりリゲルやスピカよりも強い幻覚を見せられてはいなかったという事なのだ。


「お2人が目を覚ます前、アクア殿にも何を見たのか聞いてみたんです。でも話してくれませんでした」


「アクアが話したがからないなんて珍しいな…。自分にも分からないような僅かな記憶からでも夢を見られるなら、遭難前の僅かな記憶からアクアの両親の手掛かりが分かっても良いもんなんだけどなぁ」


 リゲルとアルがアクアの夢の話をしている時、アクアとスピカも2人で話をしていた。

どうやらスピカはしばらく泣き続け、落ち着きを取り戻したようだ。


「どう?落ち着いた?」


「あぁ、ありがとう。とても楽になったよ」


 アクアは「えへへ…!」と照れ笑いすると、スピカの横に座る。

いつもは明るく元気なアクアだが、今回は珍しく「僕の話も聞いてくれるかな…?」とスピカにお願いをしてきた。

何やら改まって頼み込んできたアクアに違和感を感じながらも「どうした?」と聞き返した


「アルさん、あの星で見る夢は『僅かな記憶からでも過去の夢が見れる』って言ってたよね…?」


 不安そうな表情で話し始めたアクア。

スピカは静かに頷くと「もしかして、何か見たのか?」と聞き返す。

アクアは「絶対違うと思うんだけど…」と言いながら自分が見た夢の話を始めた。


 アクアが見た夢…。

それはどこかのお城の中庭で母親らしき人に抱かれ、散歩をしている夢だった。

勿論、アクアに心当たりは全くない。

そして、ミラ銀河にもアンカア銀河にもそんな場所は存在していなかった。


「お城の中庭で散歩か…。確かに過去の夢を見たにしては妙だな。ミラ銀河にもアンカア銀河にも王族が住むお城は存在していないはずだからな」


「それから、その夢の中だと『ミア』って呼ばれてたんだ。それが僕の…本当の名前なのかな…?」


「…今は考えても分からない事だらけで不安になるだけだ。もっと手掛かりが掴めたら考えよう」


 スピカはそう言ってアクアの頭を優しく撫でる…を通り越し、アクアを再びギュッと抱きしめた。


「ちょっ!?ス、スピカさんっ!?」


「こうすれば少しは不安が和らぐんじゃないか?」


 ふふふっ、と悪戯に笑うスピカ。

それに対し、アクアは顔を赤くしながら照れてしまう。


「スピカさん…恥ずかしいよ…!」


「でも、誰も見ていないぞ?」


「スピカさん、やっぱり鬼…」


「…何か言ったか?」


「うぅ…何でもございません…」


 その後もアクアはスピカに好きなだけ抱かれるのであった。


 幻星雲…。

それは、記憶の奥底にある真実と向き合う事が出来る不思議な現象だった。

辛くて忘れたい記憶、僅かに残っていた記憶…。

決して良い事ばかりではないけれど、アクア達にとって貴重な体験になったのだった。

そして、新たな仲間『アル』も加わり、アクア達の旅はいよいよ終盤へと向かう…。


「んで?2人で何やってんだ?」


「「あっ…!」」


 因みにこの後、リゲルとアルにアクアがスピカに抱かれているのを目撃されてしまうのは言うまでもない…。


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