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第4話 Peace maker

 翌日…。前日と同じ様に隙間から入り込んでくる朝日で目を覚ますスピカ。


「んっ…朝か」


 体を起こし「うーん…!」と伸びをする。

そして部屋を見渡すと、アクアとリゲルの姿はなく、ミニテーブルの上にサンドイッチが用意されていた。

決してスピカが朝に弱いわけでは無いが、それ以上にアクア達が早起きしているようだ。


「サンドイッチ…。あの2人は本当に早起きだな」


 ミニテーブル上のサンドイッチを頬張りながら外へと出る。

すると、そこには煙の代わりにキラキラとした粒子を出している機関車の姿があった。

 さらに、よく見ると昨日までは無かったエンブレムが車両にデザインされている事に気がつく。

3つの星が流れているようにデザインされたエンブレム…。

それが先頭車両から後ろの客車まで様々な所に描かれていた。


「あ、おはようスピカさん!もしかして起こしちゃったか?」


 リゲルが先頭車両から外に出てきた。

星の雫を炉で燃やしているからか、リゲルの顔には少しの汗と煤が付いていた。


「おはよう。朝からご苦労様だ。何か私に手伝える事はあるか?」


「いや、オレの方はひと段落ついた所だから大丈夫だよ。アクアには星の雫を取りに行ってもらってる所だしな!」


 そう言いながら空を指差すリゲル。

その先には星に乗って空を駆けまわるアクアの姿があった。

袋を広げてご機嫌に空を舞うアクア。

どうやらプレアデスの軍人達に襲われた時に負った傷は大分良くなったようだ。


「あ、そうだ!スピカさんにもこれを…」


 そう言いながら何やらスピカに差し出すリゲル。

リゲルから渡された物…。それは車両に描かれているエンブレムの刺繍だった。

思わず「これは…?」と聞き返すスピカ。

するとリゲルは何やら恥ずかしそうにクスクスと笑った。


「星空トレインの新しいエンブレムさ!元々は二つ星だったんだけど、アクアと相談して三つ星にしてみたんだ」


元々はアクアとリゲルが2人で運行していた事から二つ星でデザインされていたエンブレムだったが、スピカを3人目の乗員として迎え入れる意味を込めて三つ星が流れているようなデザインへ変更したようだ。


「オレ達の服とかには付けたんだけど、スピカさんの上着にはプレアデス軍の部隊章が付いてるだろ?勝手に取ったりしたらマズイと思ってさ。良かったら好きな所に自分で縫って付けてみてくれよ」


 そう言ってニコッと微笑むリゲル。

しかし、スピカは何やら複雑そうな表情を浮かべていた。


「えっとー…スピカさん?」


 明らかに表情が曇ったスピカに声をかける。


「非常に言いにくいんだが…裁縫が大の苦手でな…。その、自分では縫えないんだ…」


 恥ずかしそうにボソボソと話すスピカに思わずキョトンとしてしまうリゲル。

そんな所に丁度アクアが空から降りてきた。


「あ、おはようスピカさんっ!…って何かあったの?」


 2人が顔を見合わせたまま固まっていたからか、アクアは空から降りて来るなり首を傾げながら何をしていたのか質問する。


「アクア、後で裁縫お願い出来るか?」


「え?うん、構わないけど…」


「す、すまない…」


「え、え?どういう事?」


 訳が分からず、2人の顔をキョロキョロと交互に見るアクア。

しかし「よし!アクアが星の雫を取ってきてくれた事だし、作業に戻ろうか!」とその後も上手く2人にはぐらかされてしまうのだった。


 それから1時間程経った頃…。取ってきた星の雫も全てタンクに入れ終わり、最後にスピカが身を隠していた遺跡から生活に必要な物を2両目の車両に運び込む。

どうやら2両目の客車を改装し、簡単な部品を整備するためのスペースや女性であるスピカの為のプライベートスペース、そして自分達が生活する為の居住スペースにしたようだ。


「とりあえずこれで出発出来そうかな?スピカさんは他に持ってく物はないのか?」


「私は準備完了だ。私の荷物はここに来た時から少なかったからな」


「ところでリゲルさん。レグルスを目指して出発するのは良いとして、どういうルートで行くの?」


 アクアの質問に「うーん」と腕組み、そのまま空を見上げるリゲル。

視線の先にはレグルスの近くから抜けてきたコスミックゲートの姿があった。


「今もコスミックゲートのネットワークがレグルス領のミラ銀河に繋がっていれば直ぐに帰れるんだけど、オレたちの銀河鉄道がプレアデス領のアンカア銀河で消息不明になっている時点で切断されてると思うんだ。だから長旅になる事を考えて、ちゃんとした整備場で車両の点検をしたいんだ」


「車両の点検…。だが、アンカア銀河には元々星の技術は存在しない技術だ。何か伝でもあるのか?」


 スピカの言う通り、冥天獣達の住むアンカア銀河には星天獣達の使う『星の技術』は元々存在していない。

その為、銀河鉄道を点検、整備する為の施設は存在しないハズなのだ。


「実は1つだけ出来る場所があってさ…」


 そう言うと、リゲルはアンカア銀河の地図のような物を広げ、ミラ銀河と反対の方角に位置する惑星を指さした。


「この星に緊急用の整備場があるんだ。プレアデスから大分離れた辺境の地だし、プレアデス軍も近寄らないと思う。それにセキュリティはしっかりしてるから気づかれてたとしても施設の中に入る事は出来ないだろうし」


「確かに軍にいた時もこの辺りの星は行った覚えがないな…。こんな所に整備場があるとは…」


「…ということは、そこまではやっぱりコスミックゲートで行くって事だよね?確かこの近くにもゲートが設置されてたと思ったけど…」


「あぁ、恐らくミラ銀河へのネットワークが遮断されてるだけだと思うから、整備場まではコスミックゲートで行けると思う。そもそもゲート無しだと何日かかるか分からないしな」


 地図を見ながらルートを決めていくアクアとリゲル。しかし、そんな2人を横目にスピカは手をギュッと握り締めながら何やら不安そうな表情を浮かべていた…。


「よし!進路は決まったし、出発しよう!」


 そう言うと先頭車両の機関室に入るリゲル。

アクアもスピカを3両目の客車へ案内し座席に座らせた。

スピカを座らせると再び外に出るアクア。

すると、首から下げている袋からハーモニカを取り出すと、星空トレインのテーマとも言える曲を軽快に吹いた。


《間もなく、星空トレインの車両が発車致します。車両に近づきすぎないようご注意下さい》


 リゲルのアナウンスが流れると、アクアも颯爽さっそうと機関室へ乗り込んだ。

そして、ポォー!っと汽笛が鳴ったかと思うと、空に向かって線路が生成され始め、車両が少しずつ動き始めた。


「(この星を旅立つ日が来るとはな…。人生とは本当に分からないものだ)」


 離れていく地表を見下ろしながら想いに耽るふけるスピカ。

その表情は、期待と不安が入り混じるような複雑な表情だった。

 一方、機関室ではアクアとリゲルが作業をしていた。

作業と言っても動力エネルギーの星の雫は自動で補充されていくし、運転自体も普段はオートパイロット機能が付いているため、特別何かを操作するという事はないのだが…。


「大急ぎで作業したから少し心配だったけど、問題ないようだな」


「うん!異音もしないし、振動もないし異常なしだね!」


 2人が各種の点検や操作確認が終わった頃、目の前にコスミックゲートが姿を現した。

コスミックゲートは見た目ではいつも通り動作しているように見えている。

しかし、2人が機関室のモニターを見た時、その考えは無くなった。

リゲルの予想通り、レグルスのあるミラ銀河にはアクセス出来ない様になっていたのだ。


「…予想通りだね」


「仕方ないさ、プレアデスが襲って来たのは事実なんだから…。とりあえず、予定通り整備場を目指そう!」


 リゲルがそう言うと列車はコスミックゲートへと入っていく。

いつもならここでレグルス行きを選択するのだが、今回は反対の方角へ進路を取る。

進路の確認が終わるとリゲルは「ちょっといいか?」とアクアを近くへ呼んだ。

「どうしたの?」と聞き返すとリゲルは何やら耳打ちをした。

すると、アクアは「うん、分かったよ」と機関室を後にするのだった。


 アクアが向かったのは3両目、スピカの居る車両だ。

そーっと扉を開けて3両目の車両に入る。

スピカは一番後ろの席に座っていたのだが、そこに出発前のスピカの姿はなかった。

両手をギュッと握り締め、全身に力が入ったまま膝の上に置き、身体を小刻みに震わせていた。

顔も少し俯いており、遠くからだと表情が分からなかった。


「大丈夫?怖い?」


 突然声を掛けられたためか、スピカはハッとして顔を上げた。

アクアは、小刻みに震えているスピカの両手を包み込むように優しく握った。


「ア、アクア…。どうして…?」


「スピカさんに付き添ってやれってリゲルさんに言われてね」


「リゲルが…?」


 それは出発前、ルートを決めていた際『コスミックゲート』の名前が出てきたのと同時にスピカが不安そうな表情をしていたのをリゲルは見逃していなかった。


「もしかしたら事故のせいでコスミックゲートがトラウマになってるかもしれないってリゲルさんがね」


「…そうか。それは頼りない所を見せてしまったな…」


「ううん。実際はスピカさんみたいにトラウマになってる人達は結構多いんだよ。その不安を少しでも和らげてあげるのも僕達の仕事なんだ」


 アクアはニコッと微笑むとスピカの横に座り「上着を貸して」と手を出した。

言われるままに上着を脱いで渡すと、アクアは小さな裁縫セットを取り出し、星空トレインのエンブレムを縫い始めた。


「…アクアはコスミックゲートが怖くはないのか?」


 アクアも10年前の事故の遭難者。

スピカはそんな事故の起こったゲートを日常的に使う仕事に就いているアクアにふと質問してしまった。

アクアは「うーん」と何とも言えない表情を浮かべると「正直、分からないや」と苦笑いをした。


「できた!」とエンブレムが縫い終わるとスピカの肩にそっと掛けるアクア。


「僕の場合は赤ん坊だったから逆に怖くないのかも。それに産んでくれた親には会ってみたいから…。色んな所を巡っている内にいつか会えるんじゃないかと思って」


 スピカは上着の袖に腕を通し、縫ってくれたエンブレムを確認する。

左胸の盾と剣の部隊証の横に3つの流れ星のエンブレムが増えていた。


「なら、今回の旅で何か手がかりが見つかるといいな」


「うん!ありがと、スピカさん!」


 アクアのおかげか、スピカにも笑顔が見え始める。

その時、列車内にリゲルのアナウンスがかかった。


《2人とも、そろそろ整備場に着く。揺れるかもしれないから席についていてくれ〜!》


 アクアは「ちょっと喋りすぎちゃったね…!」と苦笑いをする。

スピカも「リゲルに頼りっぱなしになってしまったな」とクスッと笑みを浮かべるのであった。


 その後何事もなく列車は整備場のある星へと到着。

山奥に隠れるように建設された整備場の前に停車した。

そして、リゲルがロックコードを入力すると、カメラがリゲルの顔を認識し、扉が開いた。


「よし、これで中に入れるな!」


 再び機関室に乗り込み列車を動かそうとするリゲル。

しかし「ちょっと待ってくれ」とスピカが車両を降りた。


「すまない、少し1人で風に当たってもいいか?まだ気分が優れなくてな…」


「分かったよ。鍵は閉めなくちゃいけないから、入りたい時は入り口でインターホンを押してくれ。スピカさんか確認できたらロックを解除するから」


「スピカさん、本当に1人で大丈夫…?」


 心配そうな表情で窓から身を乗り出すアクア。

スピカは「心配するな、すぐに戻るさ」と手を振った。

それを見たリゲルはゆっくりと車両を動かし、整備場の中へ入っていった。


「…それで?私に何か用か?」


リゲル達が離れたのを確認すると草木が生い茂った密林の方角へ話しかけ始めるスピカ。


「流石です、スピカ様。よくお気づきになりましたね」


「…アル、私はお前の元上官だぞ?気配で分かるさ」


 茂みから現れたのはプレアデス軍の男性軍人『アル』

アルは黒い体毛を持つ犬の様な容姿の冥天獣だ。

そして、彼はスピカが軍にいた頃の直の部下だった。

アルは茂みからスピカの方へゆっくり歩いてくる。

すると、スピカは「待て!」と片手を出して静止させた。


「全く、私をいじるのはもうよせ。『もう1人』居るだろう?」


「…やはりバレてましたか。出てきなさい」


 アルがそう言うと茂みの中からもう1人、女性隊員が姿を現した。

その女性隊員は何とアクアとリゲルを襲い、スピカとも対峙した女性隊員だった。

しかし、以前会った時とは様子が違っていた。

好戦的な様子は無く、挑発してくる様子もない…。

まるで別人のようだった。

そして、その様子を見たスピカも特に驚くような事もなく、何やら納得しているようだった。


「気分はどうだ?」


「えっ…」


 スピカに声を掛けられ、ビクッと反応する女性隊員…。

モジモジしながら「その、あまり覚えていないんです…」と答えた。

それを聞いたスピカは「やはりそうだったか」と続いた。


「やはり気づかれていたんですね」


「確信はなかったが…殺気が感じられなかったからもしやと思ってな。一か八か魔力を込めた拳で気絶させたんだが…」


 アルの話によるとここ数日間の記憶が女性隊員から無くなっているらしい。

それはこの女性隊員だけではなく複数人の軍人にも同じような事が起こっていた。

どの軍人も『司令官から任務を受けた直後から様子が変わる』という事が共通のようだ。

そして、様子の変わった軍人と同じ任務に就いた軍人も何らかの影響を受ける事が分かってきているという。

先日、女性隊員と共にアクアとリゲルを襲った男性隊員はその影響を少し受けていたようだ。


「今、プレアデス軍の背後には何やら怪しい影が潜んでいるように思います。スピカ様、私達はどうすれば良いのでしょうか…」


 何を信じたらいいのか分からず、不安気な表情を浮かべるアル。

そんな彼の姿にスピカは、短くため息を吐いた。


「アル、それは君が君自身で考える事だ。私がどうこう言う事じゃない」


 スピカはアルに近づくと、優しく肩に触れる。

そして、アルの後ろに立っている女性隊員に視線を向けた。


「君の選択次第では彼女や他の部下にも迷惑や苦労をかける事になるだろう。だが、何が起こったとしてもそれを貫ける覚悟があるのなら…」


 アルもスピカの言葉に耳を傾けながら女性隊員に視線を向ける。

結果としてスピカは司令官を殺害し、軍や故郷を追われる事となった。

そしてアルを始め、沢山の部下達に混乱を与え、苦労をかける事になってしまった。

スピカは自分の選択が正しかったのか、ずっと考えているという。


「私は司令官を殺した犯罪者だ。どんな理由があったとしても許される事ではないし、正当化するつもりもない。何より私が自分で選んだ結果なのだから…」


 スピカの言葉に目を閉じて深く息を吐くアル。


「…分かりました。これからどうするかはもう少し裏を調べてから考えてみようと思います」


「あまり深追いはするな。誰が敵か分からない以上、目立つ事はしない方がいい」


 スピカのアドバイスにアルは無言で敬礼をする。

それを見た女性隊員も慌てて敬礼をした。


「あまり遅くなるとあの2人が心配する。アル、くれぐれも気をつけるんだ」


「はい、スピカ様も…。現在、貴方が天使の子と行動している事が軍内に知れ渡ってしまっています。お気をつけて…」


「忠告、感謝する。では、またな」


 スピカはそう言うとアル達から離れ、整備場の入り口へと歩いて行く。

そんな姿をアルは不安そうな表情でじっと見つめるのだった。


 2人と別れたスピカはリゲルに言われた通りに扉の前でインターホンを押す。

すると扉の横のモニターにリゲルの顔が映し出された。


「おっ、スピカさん!どう?落ち着いた?」


「心配かけたな、もう大分落ち着いたよ」


 余計な心配をかけないように、と微笑みながら答える。

それと同時に扉のロックが解除され、扉が開いた。


「悪いんだけど、ちょっと急ぎ目でこっちに来てくれないか?扉を入ってそのまま奥に進んだ所にいるからさ」


 リゲルに急かされ、中に入ると小走りに奥へと進む。

整備場の中は天井が高く、とても広い空間が広がっており、様々な工具そこら中に並んでいる。

他にも列車の交換用の部品が箱に入って陳列されていた。


 しばらく進むと乗ってきた車両とリゲル達の姿が見えた。


「どうした?何かあったのか?」


 合流するなり理由を聞こうとするスピカ。

すると、2人の目の前の壁に大きなモニターがある事に気がついた。

そして、そこには心配そうな表情を浮かべている数人の星天獣の姿が映し出されていた。

その中には孤児院のおばちゃんの姿もあった。


「この人がさっき言ってたスピカさんだよ!襲われた僕達を助けてくれたの」


 アクアがスピカの腕を引っ張ってモニターの前に連れて行く。

すると同時にザワザワとモニターの向こうが騒がしくなった。


「2人を騙す為に都合良く隠れてたんじゃないのか?」

「見ろよ、凄い目つきだ…」

「おい、プレアデスの部隊章も付いてるぞ。やっぱりこのまま2人を…」


 聞こえてきたのは冥天獣であるスピカに対するもの…。

襲って来たのがプレアデス側の冥天獣なのだから仕方がない事ではあったが、流石のスピカにも堪える物だった。

しかし「アンタ達、いい加減にしな!!」と突然大きな声が響いた。

それはアクアとリゲルの2人がよく知っている声…。

2人の親代わりであるおばちゃんだった。


「…スピカさん、だったかな?2人を助けてくれてありがとう。礼を言うよ」


「い、いや、私は…」と星天獣達からの厳しい言動を浴びたせいか、目を逸らしながら小声で答える。

それを見たおばちゃんは深くため息を吐いた。


「全く、良い大人達が想像だけで失礼な事を言ってすまなかったねぇ…。でも分かっておくれ。レグルスは今、プレアデスから攻撃を受けているのも事実なんだ」


 おばちゃんの話によると、レグルス付近の宇宙や惑星にプレアデスの軍が展開され、レグルスに星の技術を提供するように圧力をかけてきているらしい。

幸いレグルスには星の技術を使った防衛システムのおかげで被害は出ていないようだが、一部の星ではプレアデスの軍人が星天獣達を連れ去っているという情報もあるようだ。


「軍が…そんな事を…」


 元軍人とはいえ、自分の部下だった者達が犯罪行為に手を出している事に強い憤りを感じるスピカ。

肩に力が入り、体が小刻みに震えていた…。


「スピカさん、今アクアとリゲルが頼れるのは貴方だけだ。2人をお願い出来るかい?」


 震えが止まらないスピカにおばちゃんが優しく話しかける。

しばらく俯いたままのスピカだったが「はい…!」と答えた。


 すると、それと同時に映像にノイズが走り始める。

プレアデス軍に探知されないように緊急用の回線を使っていたため、回線が不安定になって来ているようだ。

3人は心配を掛けないように通信が切れるまで笑顔で手を振り続けるのだった。


 その後、アクアとリゲルは再び機関車の整備に戻り、作業は夜まで続いた。

すぐにでも出発したい2人だったが、整備場へ来てからほぼ一日中作業をしていた事もあり、スピカに止められ今日はここに泊まることにした。

食事を済ませ、思い思いに夜を過ごす3人…。


 そんな中アクアは、列車内に作った整備スペースで何やら図面と向き合っていた。


「…作りたい物は決まったけど、どこから進めれば良いのか分からないや」


 向き合っている図面に描かれているもの。

それは剣のような銃のような物だった。


「(星の技術を使った武器…星の武器。もし、僕が星の武器を作ったら、レグルスにいる人達はどう思うかな…)」


 星の技術を使った武器や兵器を作る事はレグルスでは禁止されている。

これは星天獣なら誰でも知っている事だが、今アクアが武器の設計に手を出そうとしていたのには理由があった。

それは、通信でおばちゃんから聞いた『軍人達が星天獣達を連れ去っている事』だった。


「(冥天獣より力の劣る星天獣を拐ったって戦力にはならない事を考えると、やっぱり技術提供が目的だよね…)」


 アクアには心配している事が2つあった。

1つは『連れ去られた星天獣達が星の武器を軍人達に提供してしまう事』だった。

星の技術の提供なら精度に差はあるが、星天獣なら誰でも出来る。

しかし、プレアデスはコスミックゲートの設計図やアクアだけが使える『星の魔法』も狙っている…。

こればかりはアクアやリゲルを連れて行かないことには先に進まない。

つまり、アクアとリゲルを意地でも手に入れたいプレアデスは、星の武器を拐った星天獣達に作らせて襲ってくるのではないか、と…。


「(もし、星の武器が作られちゃったら幾らスピカさんでも太刀打ち出来なくなっちゃう。対抗するにはこっちも何か作らなきゃならないんだけど…)」


 もう1つの心配は『自分達には武器を作るノウハウが無い事』だった。

こればかりは武器の類いを作る事を禁止され、争い事から縁の無かった星天獣達には仕方のない事だった。


 何も良い案を思いつかなくなったアクアは、図面を筒状に丸めて持つと列車を降り、話をしているリゲルとスピカの元へと向かった。


「ねぇリゲルさん。屋上でちょっと風に当たってきたいんだけど、いい?」


「ここだったら安全だから構わないけど、どうした?冴えない顔してるぞ?」


「ち、ちょっと考え事してただけだよ!じゃあ行ってくるね」


 そう言うと足早にその場を後にするアクア。

これにはリゲル達も流石におかしいと思い、屋上の様子が分かるように映像が見えるモニターの前へ移動した。


「やっぱり一緒に屋上へ行った方が良いんじゃないか?」


 アクアを追いかけて行った方が良かったのではないかと言うスピカ。

しかし、リゲルは「いや、きっとアクアもちょっと思う事があるのさ」と何か心辺りがあるのか、引き留めた。

しばらくするとモニターに屋上の様子が映し出され、2人はモニター正面の椅子に座った。


「実は…さ、スピカさんが整備場の外に居た時におばちゃん達とちょっとした口論になってさ」


 それはスピカが整備場の外でアル達と会っている時の事だった。

車両の整備の前にレグルスの人達に無事を伝えようと通信をしていた時、リゲルはおばちゃん達にスピカが語ったプロトタイプ事故の真相の事を話してみたのだ。

すると、返ってきたのは「とうとう知られてしまったか」という言葉だった。

つまり、レグルスの大人達はプロトタイプ事故の真相を子供達には隠していたという事だ。

それを知ったリゲルは思わずおばちゃん達を怒鳴りつけてしまったという…。


「おばちゃん達が言うには『将来を担う子供達が冥天獣達を憎まないように』って事でレグルス政府が打ち出した方針らしいんだ」


あくまでも『子供達が別の種族に対して憎しみの感情を持たないように』というのが大人達の主張のようだ。

しかし、プロトタイプ事故以来父親が帰って来なくなったリゲルにとって、真相を今の今まで隠されていた事に納得がいかなかった。


「勝手だよな、大人って。何かと理由を付けては相談無しに決めてさ」


 思わずポロッと出てくる大人達への不満。

横で聞いているスピカは何も言葉を発せず、ただリゲルの不満に耳を傾けていた。


「なぁ、スピカさん。やっぱり自分で自分の道を決めるのって大変か?」


「…ん、急にどうした?」


「いや、今回の件で星天獣の大人達の言う事が信じられなくなってる自分もいてさ…。無事にレグルスに帰る為には今までの考え方じゃ難しいのかなってさ」


 そう言うと椅子を降り、スピカに向かって頭を下げた。


「スピカさん、お願いがあるんだ。オレに護身術を教えてほしい」


 リゲルの口から飛び出してきたのは『自らを鍛えて欲しい』という事だった。

それは、リゲルなりに考え抜いて出した1つの答えだった。


「幾らオレが戦い方を覚えたって冥天獣達に敵わない事は分かってる。でも、最低限自分の身は自分で守れる様になりたいんだ。相手が1人とは限らないし、スピカさんが戦っている間だけでもアクアを守れれば良いなって思ってさ」


「…あくまでも自分や周りの人を守る為、という事だな?」


「本来ならオレ達には戦う理由は無い訳だし、そういう事かな」


 しばらく腕を組んで沈黙するスピカ。

そしてひと呼吸置くと静かに頷いた。


「分かった。だが、私の指導は厳しいぞ?」


 冗談なのか本気なのか、少しからかうように微笑むスピカ。

そんなスピカの笑顔にリゲルは少々恐怖を覚えてしまうのだった。


 その頃アクアは屋上で座り込み、月明かりを浴びながら図面と睨めっこをしていた。

しかし、外の風に当たっても気分は晴れず「はぁ…」と短いため息を吐いた。


「どうしてこんな事になっちゃったんだろ…」


 いつも明るく振る舞うアクアから弱音が溢れる。

すると、その時だった。


「やぁ、君が天使の子『アクア君』だね?」


「あれ?悪魔の子とリゲル君がいないよ?」


 アクアの前に見た事もない2人組が突然現れた。

突然現れた2人組に驚き、全身の体毛が逆立つ。

そして慌てて立ち上がると直ぐに距離を取った。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。今日はお誘いに来ただけだから」


「そうだよ。ちょっとお姉さん達とお話しようよ」


 訳の分からない事を話し出す2人組…。

2人組は若い男女の猫獣人だった。

男性の方は全身が黒い体毛で、銀色の瞳に星形のマークが浮かび上がっている。

一方、女性の方は全身が灰色の体毛で、金色の瞳に三日月のマークが浮かび上がっている。

共通しているのは2人とも細く長い尻尾を持ち、星と三日月のマークの付いた黒いローブを羽織っている事だった。


「僕と同じ瞳…!?」


「ふふふ、気になってきちゃったねぇ。少しはお話する気になったかな?」


 巧みにアクアを誘惑し始める2人組…。

その時、バン!と大きな音を立てながら扉が開いた。

中から飛び出してきたのはリゲルとスピカ。

どうやら屋上の映像を見ていた時に謎の2人組が突然映り、急いで駆けつけたようだ。


「アクア!大丈夫か!?」


 直ぐにリゲルがアクアに寄り添い、スピカが一歩前へ出て2人組と向き合う。

その様子を見た2人組はクスクスと不気味に笑い始めた。


「これはこれは…。リゲル君と悪魔の子『スピカさん』ですね」


「後で個別に会いに行くつもりだったけど、手間が省けたね!」


 どうやらこの2人組は、アクアだけではなくリゲルとスピカにも用があるようだ。


「何者だ!?一体何が目的だ?」


 ギラッとした鋭い眼光で2人を睨み付けるスピカ。

2人は敵意を剥き出しで対応をするスピカに少し困った表情を浮かべていた。


「僕はカストル。彼女はポル。そんなに警戒しないで欲しいなー…」


「そうだよ〜!私達は貴方達を組織にスカウトしに来ただけなんだから!」


 カストルとポルの目的、それはアクア達をある組織へ勧誘する事らしい。

カストルは頼まれてもいないのに淡々と話を始める。


「僕達の組織『Peace maker(ピースメーカー)』に来て欲しいんだ。今君達はプレアデス軍に追われているんだろう?組織に来れば追われる心配もなくなるよ」


「おまけにレグルスにはプロトタイプ事故の真実を隠されちゃったんでしょ?そんな事をする大人達が信じられる?」


 ポルの鋭い指摘に胸が締め付けられるように痛くなるアクアとリゲル…。

何も言い返せないアクア達を見るとカストルは再びクスッと笑みを浮かべた。


「勿論、組織に入ったらその時は仕事もしてもらうよ?アクア君とリゲル君は星の武器の開発を、スピカさんには…部隊長に就いてもらおうかな?」


「Peace maker(ピースメーカー)の最終目標は宇宙の統一…。その為にあなた達をスカウトしに来たって訳!」


 笑みを浮かべながら淡々と話す2人。

それに耐えきれなくなったのか、リゲルが「ふざけるなっ!!」と大声を上げた。


「オレとアクアに星の武器を作れだって!?オレ達は星天獣だぞ!そんな事絶対にするもんか!!」


「でもそれはレグルスが勝手に決めた事だよ?こちら側に来ちゃえば関係なくない?」


 ポルの言う通り、星天獣が武器や兵器を作れないのはあくまで『レグルスで禁止されているから』だ。

つまりレグルスで暮らす事を諦めればそれに従う必要はないという事…。

リゲルは何も言い返せず、悔しそうな表情で体を震わせていた。


「まぁ返事はゆっくりで構わないよ。また会いにくるからその時にでも…」


「良い返事を期待してるからねっ!」


 2人はそう言い残すと屋上の端へと走り出す。

「待てっ!」とすぐスピカが追いかけようとするも2人は手すりを飛び越えると夜の暗闇の中へと消えてしまった。


「くそっ、何がPeace maker(ピースメーカー)だ…!やってる事はプレアデスと変わらないじゃないか…!」


 リゲルはポルに言われた事を認める事が出来ず、拳で床を何度も叩く。

その時、放心状態だったアクアがようやく口を開いた。


「あの2人、僕とスピカさんと同じ瞳だった…。僕達とあの2人は何か繋がりがあるの…?」


 アクアの言う通り、カストルとポルの瞳にはアクアとスピカと同じ月と星のマークが浮かび上がっていた。

そして、まるで双子のようにそっくりだったカストルとポルだが、種族はカストルが星天獣、ポルが冥天獣のようだった。

アクアとスピカもよく似てはいるが『双子のようにそっくり』という程ではない…。

整理しきれない程の情報量と立て続けに狙われる恐怖からかアクアの体が小刻みに震える。

スピカは、そんなアクアをリゲルと共に優しく抱きしめた。


「確かに分からない事だらけだが、大丈夫だ。私が君達を守る、必ずな」


優しく背中をトントンと叩き、2人を立ち上がらせるスピカ。


「夜風は冷たい。さ、中に戻って休もう。明日からは長旅の始まりだからな」


 2人は、無言でコクッと頷くと整備場の中へと入って行った。


『自らの意思で変わっていこう』と武器の開発に手を出そうとするアクアと身を守る為に鍛えて欲しいと頼んだリゲル。

そしてプレアデス軍で起きている洗脳と別に3人を狙う組織『Peace maker(ピースメーカー)』

この2者は全くの無関係なのか。

レグルスへ帰る為に始まったばかりの3人旅…。

アクア達の心は早くも不安で一杯になるのであった。


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