翌朝…。
スピカは目を覚まし、布団の中でモゾモゾと動く。
「朝か…」とまだ眠い目を擦りながら体を起こす。
「スピカさん!おはようございます!」
体を起こしてベッドに座っているアクアが元気よく挨拶する。
「おはよう、体の調子はどうだ?」
「まだ所々痛いけど、大分良くなったよ」
ベッドを降り、ゆっくり歩き始めるアクア。
まだフラフラしたり、足を庇ったりはするものの、昨日よりは確実に良くなっているようだ。
その姿にスピカはホッとした表情を浮かべる。
するとその時、別室から何やらいい匂いがしてきた。
扉を開けると、そこには焚き火や簡易コンロなどを使って器用に料理を作っているリゲルの姿があった。
「おはよう、スピカさん。もう少し待ってくれ、後ちょっとだから」
「あ、いや…。一体何を…?」
「何って…朝メシの準備だけど?」
部屋の端にしまってあった食器に料理を盛り付けていくリゲル。
その姿にスピカはキョトンとしてしまっていた。
驚いたまま動かないスピカに気がつき「ん?どうかしたか?」と盛り付けた料理を差し出しながら質問する。
スピカは料理を受け取ると「いや、どうして朝食の準備をしているのかと…」と返した。
すると、そこへアクアもゆっくり歩きながらやってきた。
そして、リゲルから料理を受け取ると、スピカの横に座り込んだ。
「食べよ?リゲルさんの料理、とっても美味しいんだよ!」
ニコッと笑うアクアに誘われるように座り込むスピカ。
リゲルも自分の分を用意すると、スピカの横に座った。
「長い事機関士やってると、朝起きるのが早くてさ」
えへへ、と苦笑いするリゲル。
そして、3人は「いただきまーす!」と手を合わせると朝食を食べ始めた。
「それにレグルスまでついて来てくれるって言ってたけど、何でもかんでも世話になるわけにもいかないし」
そして「力になれる事なら何でも言ってくれよ」と付け足す。
スピカは「わかった。その時はお願いしよう」と微笑みながら料理ををひと口食べた。
「どう?美味しいでしょ?リゲルさんの料理!」
「…ああ。力が湧いてきそうだ」
その後も楽しそうに会話をしながら朝食を食べた3人。
朝食後、スピカはアクアとリゲルを連れて遺跡の地下へと向かった。
正確にはまだ体の痛むアクアだけはスピカに抱っこされて向かっている訳なのだが…。
「よかったな、アクア!スピカさんに抱っこして貰えて」
リゲルがクスクスと笑いながらアクアをからかう。
アクアは、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしながら隠れるようにスピカの肩に顔を埋めていた。
「まだ体が痛むんだから仕方ないだろう?それに、冥天獣は星天獣より力もあるしな」
スピカのど正論に「うぅー…!」と頭から煙を出しながら大人しくスピカに抱かれるのであった。
「よし、着いたぞ」
そう言ってアクアをゆっくりと下す。
しかし、中は薄暗い空間…。
獣人とはいえ目視では何があるのか分からない暗さだ。
スピカは、手のひらに力を集中させる。
そして赤く光ったかと思うと、手のひらに炎が灯った。
「これなんだが…使えそうか?」
そう言いながらスピカが見せた物…。
それは1台の機関車だった。
見た目からしてかなりの年月が経っており、埃を被っているようだった。
「詳しく見ないと分からないけど…」
リゲルはアクアの肩を支えに入り、スピカに光を照らしてもらいながら機関車を見て回る。
外観をチェックし、運転席へ入った時、2人の足が止まった。
「ねぇリゲルさん…。これって…」
「あぁ、間違いないな。星の技術が使われてる」
「プレアデスでは見ない物もあるからもしやとは思っていたが、やはりそうか」
心臓部の炉を隅々までチェックし「うーん」と腕を組むリゲル。
「動力系は星の技術が使われてるみたいだから性能は勿論、耐久性なんかも心配ないと思う。ただ、このまま銀河鉄道に使うのはちょっと無理だなぁ…」
「そもそもが宇宙航行用じゃないもんね。車輪とか路線の精製システムなんかは新しく取り付けなきゃ」
「では、短期間でここから旅立つのは難しいか…」
スピカが表情を曇らせて少し落胆したように呟いた。
しかし、それを聞いたリゲルとアクアはクスクスと笑った。
「いや、心臓部の炉が生きてればそんなに時間は掛からないとは思うよ」
「車輪交換とか航行システムの取り付けだけなら半日もあれば出来ちゃうし」
「は、半日!?」
スピカは思わず声を上げて驚く。
そんな姿に今度は苦笑いで応えるリゲルとアクアなのであった。
「ただ、それはオレたちが乗ってきた星空トレインの車両のパーツが生きてる事が条件だけどな」
どうやら車両自体はかなり古いものの、使用しているパーツは流用可能な物もあるため、上手くすれば動かすのにはそんなに苦労しないようだ。
それにしても見ただけで瞬時に状況を判断し、時間まで予測してしまう星天獣に、スピカはただただ驚かされてしまうのだった。
とりあえず、プレアデス軍によって落とされてしまった車両を探しに行く事になった3人。
探すとは言ってもアクアとリゲルの2人が落ちてきた時の高度や位置から大体の場所は予測出来ているというスピカ。
地上に戻るとスピカの先導の元、目的地へと歩き出した。
さっきまではスピカに抱かれていたアクアだったが、今回は魔法で星を出して乗り、スピカの後ろをフヨフヨと浮きながら着いて行くようだ。
「…いいのか?体が痛むならまた抱きあげるが…」
「そうだぞ?結構嬉しそうに抱かれてたじゃないか」
「ちょっ…!リゲルさんー…!」
再びアクアの顔が赤くなり、プシューッと煙が出る。
それを見たリゲルは、にししっ!と悪戯に微笑んだ。
「君達は本当に仲が良いな。羨ましいよ」
アクアをからかうリゲルの姿を見てスピカがクスッと笑った。
「アクアは今も昔も最高の相棒さ!スピカさんだって軍に所属してた時にはいただろ?」
「どうだろう…?確かに部下や同志は居たが、相棒と呼べる存在が居たかは…」
するとその時だった。
先頭を歩いていたスピカの足が突然止まった。
「スピカさん?」
直ぐにスピカに近寄るアクア。
しかし、スピカは立ち止まったまま動こうとしない。
リゲルも直ぐに駆け寄り、スピカがじっと見つめている方角を見る。
そこにはアクアとリゲルが乗ってきた星空トレインの車両が岩場に突っ込む形で停まっていた。
一時はホッとしたリゲルだったが、そんな思いは一瞬にして崩れるのだった。
「アクア、リゲル。2人とも少し離れていてほしい」
さっきまでとは少し違う雰囲気を漂わせながらスピカが言った。
よく見ると星空トレインの車両の前に2人組の獣人が立っていた。
見覚えのある顔にスピカの服に刺繍されている物と同じマーク…。
間違いなく、アクアとリゲルを襲ったプレアデスの軍人だった。
「いくら探しても見つからないと思ったら…。なるほど、匿ってもらっていたのですね」
女性隊員がスピカをギラッと睨みつけながら言う。
しかし、男性隊員はスピカの姿を見ると同時に様子が変貌した。
「あ、あなたは…!スピカ副司令…!?」
「私はもう軍を抜けているんだ。その呼び方はやめろ」
「ほぅ、あなたがあのスピカ様でしたか。生きておられたとは随分と話が違いますが…」
明らかに動揺している男性隊員に対して女性隊員の方は落ち着いたまま淡々と話をしている。
どうやらスピカの事をよく知らないようだ。
「この2人から話は聞いた。何が目的かは知らないが軍人が一般市民を襲うなどあってはならない事だと思うが?」
スピカは、アクアとリゲルから少し距離を取るように軍人2人に近づいて行く…。
「ス、スピカさん…!」
襲われた時の光景がフラッシュバックしたのか、アクアは体を震わせながらスピカの名前を呼ぶ。
スピカは、立ち止まると顔を半分だけ見せるように振り返り、クスリと微笑んだ。
「大丈夫だ、そこで待っていてくれ。リゲル、アクアを頼む」
「あ、あぁ…!」と返事をすると、直ぐにアクアを抱きあげる。
それと同時にアクアの乗っていた星はパチンッ!と消えた。
「スピカ副司令…。我々は『あなたは死んだ』と知らされていました…」
「だからその呼び方はやめろ。確かに本来私は死ぬハズだったんだろう、事故に見せかけた殺人計画によってな」
「殺人計画…?」
「追放される時に軍に乗らされた宇宙船…。あれには時限式の爆弾が仕掛けられていたんだ。偶然にも別のトラブルでこの星に不時着したおかげで助かった訳だがな」
「…いくらあなたでもそれは信じられません。あなたを『処分』ではなく『追放』する決定をしたのは紛れもなく我々軍なのですから!」
男性隊員が声を荒げてスピカに突っかかった。
『追放』の他に『処分』というキーワードにアクアとリゲルは不安そうな表情になり顔を見合わせていた…。
「先輩、罪を犯した者の戯言なんて聞く必要はありませんよ。どうせ作り話なのですから」
女性隊員は、そう言うと短剣を突き出した。
「一応聞きますが、大人しくそこの星天獣の2人を渡す気はありませんか?」
「無いと言ったらどうする?」
「勿論、消えてもらいますよ。都合の良い事にあなたは犯罪者でもありますからね」
女性隊員はスピカに向かって飛び出した。
そしてそのまま短剣でスピカの体を突こうとする。
「や、やめろ…!!君の実力では…!」
慌てて止めようとする男性隊員…。
しかし、女性隊員はすでにスピカに攻撃を仕掛けた後…。
スピカは、向かってくる短剣の先をよく見ながら動きを予測し、その場から動かずに短剣をかわした。
そして、その瞬間に手を叩いて短剣を地面に落として腕を掴むと、まるで柔道技の様に投げ飛ばした。
素早いスピカのカウンターに上手く受け身が取れずに地面を転がる女性隊員。
直ぐに立ち上がり、再び攻撃体制に入ろうとした時だった。
顔を上げると目の前にスピカが立っていた…。
「まだまだ鍛錬が足りないな」
スピカの右手が赤く光ったかと思うと、そのまま女性隊員の腹部を殴った。
これはスピカの魔力を右手に集中させて攻撃力を上げる技。
ドン!と鈍い音が辺りに響くと女性隊員はスピカへと倒れ込む…。
そんな女性隊員をスピカは優しく支えると地面に仰向けに寝かせた。
「どうする?まだ私とやるか?」
「くっ…!」
スピカの実力をよく知っている男性隊員は武器を構えることも出来ず、ただただ対峙する事しか出来ない。
その時、何かを感じ取ったのだろう。
スピカは男性隊員に話かけ始めた。
「…お前達には特に迷惑をかけたようだな。すまない」
「…どうして、どうして!!何故あなた程の軍人があんな事をしたんですか!?」
「これ以上、お前を含め部下達に罪を犯してほしくなかった。ただそれだけだ」
「…言っている意味が分かりませんよ…!」
スピカと男性隊員のやりとりに不安そうな表情のまま顔を見合わせるアクアとリゲル…。
スピカが一言謝ってから明らかに男性隊員の様子が変わった事に気がついていた。
しかし、2人の会話に入る事など出来るわけもなく、静かに耳を傾けた。
「罪を犯したのはあなたです…!あなたは司令官を殺したんですよ!!」
「(スピカさんが…軍の司令官を殺した!?)」
衝撃の事実に凍り付くアクアとリゲル。
「…司令官は親を亡くした私を引き取り、面倒をみてくれた命の恩人です。それを、あなたはっ…!!」
「命の恩人、だと?」
『命の恩人』というキーワードに即座に反応したスピカ。
しかし、その時のスピカの声は今までのものとは全く違っていた。
一気に空気が張り詰め、只ならぬ雰囲気はスピカの後ろにいるアクアとリゲルの2人にも感じ取れる程だった。
「あの男が命の恩人…?冗談じゃない…冗談じゃない!!」
スピカの荒れた声が辺りに響く。
ほんのり紅い瞳は濃い紅に染まり、恐ろしい猛獣の様な目に…。
さらに全身の毛が逆立ち、もふもふ尻尾は更に大きく膨れ上がった。
スピカの背後にいる2人にもスピカの体から出始めた禍々しい力を嫌というほど感じ取っていた。
「ふざけるなっ!!あの男はっ…!自身の犯した罪を先代の司令官になすり付けて軍を追い出した挙句、自殺にみせかけて殺したんだぞ!!」
「そ、そんなデタラメは…!」
「デタラメなんかじゃない!!証拠もある!!」
興奮し、感情が昂っているスピカ…。
呼吸は酷く乱れ、力の入った全身は小刻みに震えていた。
「はぁはぁ…!引け…」
「えっ…」
「こいつを連れて私達の前から消えろ…!」
女性隊員を担ぎ、男性隊員へと投げつける。
男性隊員は、慌てて女性隊員を受け止めるとおんぶする形で背負った。
「それから…これも持っていけ」
そう言いながら上着から取り出したものを投げる。
男性隊員は投げられた物を慌ててキャッチし、何を投げてきたのか恐る恐る確認した。
スピカから投げられた物、それは何やら古びた鍵だった。
「こ、これは…?」
「…私が育った場所に真実がある。さっきの話が信じられないなら自分の目で確認しろ」
「し、しかし…!」
「引けと言うのが分からないのか?」
スピカは右手の人差し指と中指を男性隊員に向けた。
それはまるで銃を構えているかのよう…。
そしてそう思った瞬間、スピカの指から光線が発射され男性隊員の頬をかすって通り過ぎていった。
これもスピカの魔法技で、指に魔力を集中させて発射する事でレーザー銃の様な光線を放てる技だ。
男性隊員の頬には小さな傷が付いたのか、血が滲んで頬を伝った。
「次は当てる。目を撃ち抜かれたいか?それとも心臓を撃ち抜かれたいか?選ばせてやる」
スピカから放たれている殺気が更に強くなる…。
それは、男性隊員は勿論、スピカを後ろから見ているアクアとリゲルも感じ取れる程だった。
男性隊員は「わ、分かりました…」とその場をゆっくりと離れる。
そして、岩陰に隠してあった宇宙船に乗り込むと飛んでいった。
スピカは、宇宙船が見えなくなるまでその方向をじっと見つめていた…。
「ス、スピカさん…」
リゲルに抱かれたアクアがスピカの名前を呼ぶ。
スピカは「すまない。落ち着くまで…そっとしてくれるか…?」と自ら距離を取るように離れていく…。
スピカの体からはまだ禍々しいオーラが漏れている事に2人は気がついていた。
リゲルは「分かった。オレ達は必要なパーツを外したりして準備してるから…」とアクアを抱いたままその場を離れ、列車へと向かった。
それから30分から1時間程作業し、機関車を動かすのに必要なパーツをかき集めた。
その頃にはスピカも2人の所に戻り、集めたパーツを袋に詰めたり、担いだりして運ぶ準備を手伝った。
「ひとまずこれで全部か?」
「ああ。これで機関車自体は動かせるようになると思う。その他の荷物は後からどうにでもなるしな」
「客車が壊れてなくてよかったね!一時的に荷物もしまっておけるし、何よりそのまま機関車で引けるしね」
アクアも魔法で星を出すとその上に荷物を乗せ、そのさらに上に自身が乗った。
まだ陽も高く時間もあるが、細かい作業などは今日中に終わらせてしまいたい為、なるべく一度に多くの荷物を運んで行った。
「じゃあ私は残りのパーツを運ぼう。2人は作業を進めててくれ」
「でも、暗い地下じゃ作業するにも…」
リゲルが不安そうにそう言うと、スピカはクスッと笑った。
「これならどうだ?」
スピカは遺跡の壁の一部を手で押してみる。
すると一部の壁がボコッと押され、何やら地響きが…。
よく見てみると、遺跡床の一部が割れ、中から汽車の載った床が地上へと迫り上がってきていた。
「す、すごい…!」
「これも星天獣の技術だとは思うが、本当に大したものだよ」
「よーし、これならサクッと作業出来そうだな!やるぞアクア!」
「らじゃっ!」
アクアとリゲルは回収してきた自分達の整備道具を使って作業を始める。
スピカも残りのパーツを取りに足早に戻って行った。
「ここは溶接しといた方がいいかな…」
アクアは溶接機を右手に取ると左手で激しい光を遮断するレンズの付いた保護面を顔に当てて作業を始める。
この溶接機は電気の力で溶接を行う所謂『アーク溶接』
アーク溶接と言ってもあくまで動力源は『星の雫』
そして。この星の雫も落とされた列車から回収してきた物だった。
ヂヂヂッ!と激しい閃光を出しながら金属を器用に繋げていくアクア。
無事に繋ぎ合わせ終わると「ふぅー…」とひと息ついた。
「後は星の力を…っと」
アクアは溶接した部分に手のひらを向ける。
すると、光の粒子がアクアから溶接したパーツにかかった。
これが星の力を物へと宿す『星の技術』
星天獣特有の技だ。
物を作る過程で星の力を混ぜながら作る事もあるが、今回は完成品に星の力を宿すようだ。
そもそも『星の力』というのは星の雫を体内に取り込んだ時に溜まるエネルギーと言われており、星天獣にはそれをコントロールする事が出来る。
そして、同じ星天獣でも得意不得意があり、それによって製品の性能が違うようだ。
アクアは得意な方で、レグルスではアクアの作った物は頭ひとつ分抜けて性能が良かった。
「ほぉー…溶接機まで扱えるのか」
気がつくとスピカが後ろから覗き込んでいた。
「レグルスだと小さい頃から周りの大人達に教えられるんだよ」
スピカに褒められたのが嬉しかったのか「えへへ…!」と照れながら答えるアクア
「まぁ、そのおかげでトラブルが起きてもこうやって対処出来ちゃう訳なんだけどさ」
「あはは…!」と顔を見合わせて苦笑いする2人。
その後も作業は続き、終わった時にはもう夕日が辺りを照らしていた。
「とりあえずこれで動きそうだね!」
「後は星の雫を炉へ入れて火をつければ…って感じだけど、アクアの体から痛みが引かないと上空に取りに行けないしな。今日はここまでにしよう」
2人は「疲れたぁ…!」と仰向けに倒れ込んだ。
「2人ともお疲れ。でも、体中が真っ黒だぞ?」
スピカは2人にタオルを差し出した。
2人はそれを受け取ると、顔や体を拭く。
すると白いタオルはあっという間に黒くなってしまった。
「今日はここでひと息つきながら夕飯にしよう。もうプレアデス軍はいないし、私の事も話さなくちゃならないしな」
そう言うとササッと焚き火の準備をし始めるスピカ。
そして火をつけると、遺跡の隠れ家から持ってきた鍋に火をかけた。
先に調理をしていた為、鍋は直ぐにグツグツと煮立ち、美味しそうな香りが漂い始める。
「ふわぁ、いい匂い〜!」
蓋を開けると中には鮮やかな赤色のスープが姿を現し、トマトの香りがさらに広がった。
中には野菜の具が沢山入っているようだ。
「これ、スピカさんが作ったのか?」
「この星では1人で生活していたし、以前も自炊はしていたからな」
そう言って器にスープを盛ると2人に手渡した。
「星天獣の口に合えばいいんだが…」と少し不安そうなスピカ。
しかし、そんな心配とは裏腹にひと口スープを飲んだ2人の表情はパァッと明るくなった。
「おいしー!!」
「本当にすごく美味しい…!今度料理教えて貰おうかな…」
「ふふっ、お口に合ったようでよかったよ」
スピカの料理でワイワイと楽しい時間を過ごす事が出来た3人。
そしてすっかり陽は落ち、見えるのは夜空に輝く星と焚き火だけになった。
スピカは、アクアとリゲルの2人とは焚き火を挟んで向き合うように座った。
「ではそろそろ話そう。少し長くなるが、大丈夫か?」
「スピカさんは話して大丈夫なの?辛くない…?」
「これは私のケジメだ。それに、プロトタイプ事故について私が知っている事もあるしな」
こうして、スピカは自分がプレアデスを追い出された理由を語り始めた…。
「さっきも話した通り、私がプレアデスを追放されたのは『軍の司令官を殺害したから』だ」
スピカが生まれ故郷の星や軍を追放されたのは『プレアデス軍の司令官を殺害したから』だった。
事の発端は数ヶ月前…。
スピカは司令官から自ら命を絶った先代の司令官の遺留品の整理を頼まれた。
作業中、部屋の奥に隠すようにしまってあった日記と音声データの入ったメモリーカードが見つかり、悪いとは思いながらも日記をその場で読んでみた。
その日記には『自分の部下が犯罪を起こし、それを自分がやったかのようにすり替えられている』と事の詳細が記されていた。
メモリーカードの中には、先代の司令官と司令官のやりとりが保存されており、司令官が犯行を認めるかのような発言もあった。
「先代の司令官は、司令官に殺される事を予測していたんだ。だから日記とメモリーカードを隠し、誰かに託す事にしたんだろう」
それを知ったスピカは司令官を呼び出し問い詰めた。
しかし司令官から返ってきたのは謝罪ではなく、先代の司令官への不満だけだったようだ。
「リゲルには話したが、私はプロトタイプ事故の被害者だ。そして、その事故の時、私を助けてくれたのが先代の司令官だったんだ」
プロトタイプ事故後、先代の司令官はスピカを引き取り面倒を見てくれた。
そして、晴れて軍人となり、副司令官まで昇り詰めたのだ。
それが贔屓ではなく、実力で昇り詰めたという事はスピカの実力を見れば分かるだろう。
「先代の司令官は、プレアデス軍の行き過ぎた行為を是正していたんだが、司令官はそれが気に入らなかったんだ」
「プレアデス軍の行き過ぎた行為…?」
「君達は『戦争経済』という言葉を聞いた事があるか?」
プレアデスは軍事国家…。
戦う術を持たない国に軍隊を派遣したりする事で経済を潤してきた。
しかし、それは時代と共に変化し、歪みが生じたという…。
プレアデスは、お金の為、自国の経済を回す為に自らの手で戦争を起こしたり、侵略行為にで始めたのだ。
そしてそれはいつしか被害や犠牲者の数、勝敗までもが予め決められた『管理された戦争』へと発展していった。
これを知るのは勿論、軍や政府のみ…。
市民達には一切知らされる事はなかった。
それを何とか是正しようと先代の司令官が奮闘していたのだが、後の司令官に罠をかけられ、命を落とした。
「司令官は最後まで『金の事』しか頭になかった。謝罪もなく、金の事しか口にしない司令官を見た時にはもう…どうする事も出来なかった。込み上げてくる怒りと憎しみのまま私は司令官を…」
その後、スピカはプレアデス軍によって捕えられ、追放という形になったのだという。
実際は宇宙船を爆発させて『処分』するつもりだったようだが…。
「司令官が殺されても状況が変わらないという事は、プレアデス政府が戦争を管理しようとしているのだろう。プレアデス軍はもはや金の為なら犯罪行為も辞さないただの獣なのかもしれないな」
スピカの話にアクアとリゲルは何とも言えない表情を浮かべていた。
リゲルは、「一つ聞きたいんだけど…」とスピカに質問をした。
「その『管理された戦争』の事なんだけど…。それって最初から勝敗は勿論、被害状況も決められてるって事だよな…?」
スピカは、目を閉じると静かに頷く…。
それを見たアクアは「そ、そんな…!」と言葉を失った。
「私はただ民を守りたかっただけなのにな。知らず知らずの内に醜い争いの駒にされていた、という訳さ」
スピカは、焚き火に薪を何本か追加すると「ここからは2人にも辛い話になるかもしれないが…」と2人の顔をじっと見つめた。
「…と、その前に私の過去について少し話しておく必要があるな。実は先代の司令官に引き取られる前は私も君達と同じで孤児院で暮らしていたんだ」
実はスピカも幼い頃から孤児院で育てられていた。
赤ん坊の頃に置き去りにされていた所を拾われたらしい。
その為、スピカは自分の親の事は何も覚えていない。
当時は珍しい紅い瞳を持っていた事が捨てられた原因ではないかと言われていた為『悪魔の子』と呼ぶ大人たちもいたらしい。
「でも、孤児院の生活は楽しかった。毎日笑い声が絶えなくて、血が繋がっていなくてもそれ以上の物がそこにはあった。でも10年前、あの事故が起こった…」
「10年前ってもしかして…?」
「そう、コスミックゲートプロトタイプの事故だ」
プレアデス政府は『最先端の技術体験を』という事でスピカが暮らしていた孤児院の子供達にレグルス行きの小さな旅をプレゼントした。
しかし、この旅こそが仕組まれた物だった。
「あのプロトタイプの事故は…プレアデスが故意に起こしていたんだ…」
スピカの証言に驚きながら固まってしまう2人。
特にリゲルはこの事故以来、父親が帰ってこなくなっている為、かなりのショックを受けている様子だった。
「そして、あの事故で私以外の子供達は皆亡くなったんだ」
「う、嘘だ!だってプレアデス側の死傷者はいないって…!」
当時、プレアデスもレグルスも『プレアデス側の死傷者』はゼロだと発表していた。
現在確認できる資料も当然そうなっているので、リゲルは思わず大声を上げてしまった。
「そんなのはプレアデス政府のでっち上げさ。孤児院の子供達を招待したのは『被害が出ても身元が分からなければ揉み消せる』。ただそれだけの理由だった」
「でも…どうしてプレアデスは故意に事故を?あのゲートはレグルスと交流する為に作られたんじゃ…」
アクアの言う通り、コスミックゲートは星天獣と冥天獣が交流するために開発が進められていたハズだ。
しかし、「次第に歪みが生じたのだろう」とスピカは言う。
「最初はきっとそうだったさ。だが、時代が進むにつれて徐々に変わって行ったんだろう…。『もし強力な星の力を使うゲートを兵器に出来たら一体どれ程の物になるのか』と」
それを聞いた途端、アクアとリゲルの表情が一気に凍りついた。
星天獣の2人は『星の力』が便利な反面、いかに強力であるかもよく分かっている。
しかもコスミックゲートはその力をさらに高濃度化させて展開し、空間を歪める装置。
もし、そんな物が人が住む星に落とされようものなら…。
「しかし、プレアデスの計画は狂った。そう、リゲルの父親によって…」
「と、父さん…」
レグルスから直ぐに駆けつけたリゲルの父親によってプロトタイプの暴走は最小限に抑えられた。
その後『プレアデスにコスミックゲートの管理をさせるのは危険』と判断したレグルス政府は、プレアデス政府の金銭の要求に応える形でコスミックゲートの権利を取得。
それを今日まで管理してきているというわけだ。
「先代の司令官が事故現場にいたのは裏で情報を手に入れていたからだ。そして、この記録も遺留品の中に隠されていた」
「先代の司令官さんは、本気でプレアデスを何とかしたかったんだね」
「…そうだな。もしかしたら父さんにいち早く知らせたのもその人かもしれないな」
パチパチと燃える焚き火を見つめながら「ふぅ」と深く息を吐くリゲル。
そんなリゲルにスピカは頭を下げた。
「本当にすまない。冥天獣たちの醜い欲望にせいで関係のない星天獣たちにも迷惑を…」
「や、やめてくれよ!スピカさんは悪くない。寧ろ被害者じゃないか!オレは闇雲に冥天獣を恨んだりはしないよ」
リゲルは頭を下げるスピカの顔を上げさせる。
そしてスピカに向かってニコッと笑ってみせた。
「さ、話もひと段落したみたいだし、今日は休もう!明日は出発出来るかもしれないしな」
こうして3人は遺跡の隠れ家へと戻り、眠りについた。
しかし、すっかり夜も更けた頃にアクアは目を覚ました。
「ん〜…。光…?」
扉の隙間からほんのり紅い光が差し込み、アクアの顔を照らしていた。
どうやら月の光で目が覚めてしまったようだ。
アクアはベッドからゆっくり降りると2人を起こさないように外へと出て行く。
そして、魔法で星を出すとそれに乗り、一気に遺跡の頂上まで飛んで行った。
遺跡の頂上は視界を遮る物がない為、星や月が良く見えた。
そんな場所にアクアは星を降りて座り込み、星空を見上げた。
「わぁ…!紅い満月なんて初めてかも!」
レグルスのあるミラ銀河の月は碧く光る為、アクアにとっても紅く光る月の姿は新鮮だった。
しかしそんな月に見惚れていると、突然後ろから声を掛けられた。
「どうした?眠れないのか?」
「ふぇっ!?」
突然の事に、尻尾と耳がビクッと逆立ってしまうアクア。
恐る恐る振り返るとスピカが立っていた。
「いや、部屋から出て行くのが見えてな」
「え、壁を登ってきたの…?」
目を点にしてキョトンとしながらスピカを見つめるアクア。
スピカは「まぁ…そういう事かな」と苦笑いで返す。
そして、アクアの横に並んで座り込んだ。
「それにここは元々私の特等席だぞ?私も星を見るのが好きなんでな」
「スピカさんも星を見るのが好きなの!?同じだね!」
嬉しそうにはしゃぎながらスピカの顔を覗き込む。
そんなアクアに思わずクスリと表情が和らぐスピカ。
「まさかかつて『悪魔の子』と言われた私が『天使の子』と一緒に星空を眺める日が来るとはな」
「星天獣も冥天獣も同じ『星獣』なんだよ?僕は全然不思議じゃないと思うけど」
2人は、再び星空を見上げる。
しばらく沈黙が続いた後、アクアは唐突に質問をぶつけてみた。
「ねぇ、スピカさんは何か夢はあるの?」
「わ、私の夢…!?私はもう…」
突然すぎる質問に思わずあたふたとなるスピカ。
そんな物はない、と答えたかったが目をキラキラさせながら見つめてくるアクアに押される形で「そ、そうだな…」と考え始めた。
「夢…というより目標になってしまうが、私はもっと強くなりたい。もっと周りの人達を守れる力が欲しいんだ」
拳をグッと握りながらそう答えるスピカ。
「あんなに強かったのに凄いなぁ…」
「私なんてまだまだ未熟さ。そういうアクアは?君の夢は何なんだ?」
アクアは立ち上がるとスピカの一歩前に出る。
スピカから見ると、月とアクアが重なり神秘的に見えた。
「僕はもっと沢山の人と出会いたい!今までも星空トレインの仕事を通して色々な人達と出会ってきたけど、もっともっと色んな経験がしたいな!」
そう言って振り返り、ニコッと満面の笑みを見せるアクア。
そんなアクアの笑顔にスピカも釣られてクスリと頬が緩んだ。
「君は本当によく笑うな。君の笑顔を見ているとなんだか心が落ち着くよ」
「そうかなぁ?スピカさんだって結構笑ってると思うけど…」
「わ、私がか!?自覚もないし、そんな事今まで言われた事もないぞ?」
急に慌て出したスピカを見てアクアは「ぷっ…!あははっ!」と声を上げて笑ってしまった。
「ーッ!ほ、ほらもう寝るぞ!!」
「えっ?あ、ちょっ…!?」
突然スピカに抱えられるアクア。
ジタバタと動いて離れようとするがスピカは離そうとしなかった。
「スピカさんー…!抱っこは恥ずかしいって…!」
「ふふっ、体が痛むんだろう?だったら離すわけにはいかないよなぁ?」
悪戯にクスッと微笑むスピカ。
その時、アクアは『スピカさんはからかうもんじゃない』と心の底から思うのであった。
「は、離してよぉー!」
「いーや、ベッドに寝かせるまではこのまま行くぞ?リゲルに見せられないのが残念だな」
「スピカさん、鬼…」
「…何か言ったか?」
「いいえ、なんでもございません…」
スピカはアクアを抱えたまま急斜面へと消えていった。
色々な出来事が重なり合って出会ったアクア、リゲル、スピカの3人。
年齢も種族も性別も違う3人だけど、冗談めた言い合えたりとなんだか上手くやっていけそうだ。
そしていよいよ、3人の宇宙を巡る旅が始まろうとしていた…。