《早く火を消せ!!》
《ダメです…!勢いが凄くて消えません!》
《急げ!脱出だ!!》
辺り一面に広がるのは火の海。
どうやら宇宙船の中のようだ。
そこは火を消そうと走り回る人々や逃げ回る人々などの悲鳴で溢れかえっている。
そしてその中には子供や赤ちゃんの泣き叫ぶ声も混じっていた。
《〇〇…!〇〇ーッ…!》
聞きなれない名前を叫ぶ女性の声…。
それが響き渡った瞬間、アクアは目を覚ました。
ハッと目を開けた時、真っ先に飛び込んできたのは薄暗い天井…。
アクアはベッドに寝かされていた。
どうやら、アクアは夢を見ていたようだ。
「こ、ここは…?」
横になった状態で頭を動かして周りを確認する。
そこは石で作られた建造物の一室…。
その部屋には少量の家具などが置かれており、僅かながら生活感が漂っていた。
アクアはゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
その時、身体中に痛みが走った。
「いたたたっ…!」
自分の身体をよく見ると、至る所に包帯が巻かれていた。
そして、それがアクアにプレアデスの軍人に襲われた事を思い出させた。
「(そうだ…!僕とリゲルさんはプレアデスの軍人さんに襲われて…)」
再び部屋の中を見回すアクア。
しかしそこにリゲルの姿はない。
そればかりか、とんでもない物がアクアの目に入った。
壁に掛かっていた一枚の上着…。
その上着の左胸の部分にプレアデス軍の部隊章が縫われていたのだ。
「(プレアデスの部隊章…!それじゃあここは…!?)」
恐怖から身体が震え始め、心拍数が上がる。
逃げなくちゃ、とベッドから降りるが降りた途端に激痛が走り、うつ伏せの状態に倒れてしまう。
その時の音が響いたのだろう。
ガチャッと部屋の扉が開き、猫のような姿をした女性が入ってきた。
女性の着ている上着にもプレアデス軍の部隊章が縫われており、冥天獣である事はすぐにわかった。
「よかった、目が覚めたか」
女性はベッドの傍で倒れているアクアへ近づいてくる。
「い、嫌っ…!来ないでぇっ!」
涙を浮かべ、痛みが走る身体で必死に抵抗しようとするアクア。
それを見た女性はアクアに近づくのを止めた。
「こらこら、急に動くと傷口が開くぞ?君は全身打撲に合わせて擦り傷、切り傷だらけなんだから」
「元はと言えば…プレアデスが襲ってきたから怪我したんじゃないですかッ!」
アクアは空気が震える程大きな声で叫んだ。
そして、大粒の涙が頬を伝って床へ流れた。
するとその時、聞き覚えのある声が耳に入った。
「やめるんだ、アクア」
「えっ…」
女性の後ろから現れたのはリゲル。
リゲルの身体にも至る所に包帯が巻かれており、痛々しい姿をしていた。
「確かにその人は冥天獣だけど、オレ達を助けてくれたんだ。オレも今、丁度話を聞いてた所でさ」
「いや、プレアデス軍に襲われたなら怖がるのは当然だ。私の服にも部隊章が付いてるしな」
女性は、アクアに近づくとそっと抱えてベッドへと戻し、頭をポンポンと優しく撫でる。
そして「怖がらせてすまなかったな」と一言謝った。
「あっ…その、僕の方こそごめんなさい…。あの、お姉さんは…?」
「私はスピカ。プレアデスの元軍人だ。今は
…訳あってここに一人で暮らしている」
スピカは、プレアデスの元軍人で20歳の女性。
全身が黒い体毛の所謂『黒猫』のような姿をしている。
アクアのようなもふもふとした大きめの尻尾とほんのり紅く染まった目が特徴だ。
その目には三日月マークがほんのり浮かんでいる。
種族の違いや体毛の色、年齢の差もあるが何となくアクアと似ている。
「…色々気になる事はあるだろうが、今日はもう陽も落ちているし、とにかく今は休め。ここにいる限りは安全だ」
そう言うとアクアにそっと毛布を掛けるスピカ。
アクアは「うん…ありがとう、スピカさん」
とお礼を言った。
スピカは、ふふっと口元が緩むとアクアのおでこを優しく撫でた。
そして、リゲルと共に部屋をそっと後にするのだった。
スピカが住処にしているのは遺跡の一室だった。
この星に名前はないらしいが、遺跡が多くある事から冥天獣からは『遺跡の星』と呼ばれている。
アクアがいる部屋の隣は、壁の一部が窓のように空いており、そこから月の紅い光が差し込んでいた。
スピカは、前もって集めておいた木の枝などを部屋の中央に移動させ、左手に小枝を持つと右手に力を集中させる。
しばらくすると、右手の周りがほんのり赤くなり、ボッ!と炎が上がった。
その炎に左手で持っている小枝を近づけて着火させる。
最後に手に持っていた火の付いた小枝を地面に置いてある枝の中へと入れると、パチパチと音を立てながら枝が燃え始めた。
「やっぱり魔法って便利だなぁ…」
「そうか、君達星天獣は魔法が使えないんだったな」
「(いや、まぁアクアは魔法が使えるけど…あれはまた別か)」
リゲルは、「あはは…」と苦笑いすると焚き火の近くに座り込む。
続いてスピカもリゲルと並ぶようにして座り込んだ。
「アンカア銀河の月は紅く光るんだ…」
普段は見ない紅い月に思わず声が漏れる。
「そういえばミラ銀河の月の光は碧だったか。それより君もアクアと一緒に休んだ方がよかったんじゃないか?」
リゲルの身体の心配をするスピカ。
アクアが大分庇ってくれたとはいえ、リゲルの身体にもかなりの傷が付いていた。
しかし、心配してくれているスピカに反し、リゲルは首を横に振った。
「オレ、もう少しスピカさんと話がしたいんだ。ダメかな?」
スピカは少しの間沈黙すると「お互いに聞きたい事があるみたいだな」と首を縦に振った。
「じゃあ…単刀直入に聞くけど、スピカさんはどうして軍を抜けてこの星に?プレアデスの軍人って言えば、冥天獣の中じゃ憧れの存在だって聞いた事あるけど…」
「…正確には『抜けた』ではないんだ。私はプレアデスを『追放された』のさ」
スピカの口から出た言葉に固まるリゲル。
「つ、追放って…」
「すまない、あまり詳しくは話したくないんだ…。ただ一つ言える事は、私は犯罪者であるという事だ」
自分達を助けてくれた人物が突然『犯罪者』だと語り出した事に驚きを隠せないリゲル。
スピカは「どうだ?私の事が信じられなくなったか?」とふふっと冷たく笑いながら問いかけた。
しかし、リゲルは首を横に振る。
「いや、スピカさんがオレ達を助けてくれたのは事実だから」
「もしかしたら君達を油断させてプレアデス軍へ差し出す演技かもしれないぞ?」
「追放されたならそんな事出来ないだろ…」
スピカの冗談に思わず苦笑いしてしまうリゲル。
しかし、クールであまり感情を出さないスピカの口から出てきた冗談で何となく空気が軽くなったようだ。
「では、次は私から聞かせてもらおう。そもそも君達はどうして襲われたのか分かるか?」
元軍人のスピカは、軍の内部をある程度知っているため、レグルスの技術をプレアデスが欲しがっている事は知っていた。
なので『将来的に直接レグルスを襲うだろう』とは思っていたが、まさか子供達を襲うとは思ってもみなかったようだ。
リゲルは、襲ってきた軍人から言われた事をそのまま話した。
リゲルとアクアが要求されたのは
『星の技術を使った武器の開発と提供』
『コスミックゲートの設計図』
そして、アクアの不思議な魔法『星の魔法』
特にアクアは軍人達に『天使の子』と呼ばれていた。
つまり、組織ぐるみでアクアは狙われていた可能性が高いという訳だ。
「…アクアは星天獣でありながら不思議な魔法が使えるんだな?そしてそれを狙ってきたと…」
腕を組み、うーん、と考え始めるスピカ。
リゲルは狙われた理由を続けた。
「それからコスミックゲートの設計図も…。どうしてプレアデスがコスミックゲートの設計図を欲しがっているのか、それが分からないんだ」
リゲルからコスミックゲートの話が出た時、スピカはピクッと反応した。
「…ん?コスミックゲートの設計図?君が持っているのか?」
スピカが気になったのは、コスミックゲートの事。
コスミックゲートは、今はレグルスの政府によって管理されている。
そんなゲートの設計図を子供達が持ち歩いているなんて普通ならあり得ないからだ。
「ゲートの設計図は流石に持ってないよ。ただ、設計図が保存されてるデータベースにアクセスするのにはオレの瞳の網膜パターンが必要みたいなんだ。父さんの身に何かあっても他の研究員達が対処出来る様にこうしたらしいけど…」
リゲルの父親は、コスミックゲートが悪用出来ないように設計図をレグルスのデータベースにロックを掛けて保存しているらしい。
そして、それを息子であるリゲルの瞳の網膜パターンにする事で今の今まで隠し通してきたのである。
しかし、今回の襲撃を見るにリゲルが何らかのカギになっている事がバレてしまったと考えるのが妥当だろう。
「君は…コスミックゲートの開発者の子供なのか!?」
リゲルがコスミックゲート開発者の子供だと分かった途端、スピカの様子が変わった。
急に立ち上がったかと思うと、リゲルの正面に立ち、両肩を押さえながら真剣な表情で顔を覗き込んできたのだ。
「えっ?えっ!?」と驚くリゲル。
しばらくするとハッと我に返り、リゲルの肩からスピカの手がスルッと落ち、ペタンと座り込んだ。
そして「す、すまない…」とポツリと一言呟いた。
「もしかして、プロトタイプ事故の事…?」
リゲルはもしやと思い、プロトタイプの話を持ち出した。
ただし、事故当時のリゲルの年齢は5歳。
「知らない事の方が多いと思う」と付け加えた。
しかし、スピカは「そうじゃないんだ」と首を横に振りながら言った。
「君は、いや…君達はプロトタイプ事故の事をどう聞いている…?」
スピカの真剣な表情がリゲルに向けられる。
リゲルは冥天獣の鋭い目つきに恐ろしさを感じながらも質問に答える。
「どうって…。テスト運行中にトラブルがあったって…。調整不足が原因だって聞いてるけど…」
「(やはり、そうか…)いや、すまないな。実は私はあの事故の生存者の一人なんだ。それでレグルスではどう伝えられてるのかと…」
プロトタイプの事故は、プレアデスがレグルスへ全ての責任を押し付けたと言われている。
金銭の要求もあったと言われているが、実際に被害者が出たのはレグルス側…。
しかし、レグルスはプレアデスに対しては何の要求もせず、静かに交流を絶ったという。
「あの事故の日を境にオレの父さんは帰ってこなくなった。もう手遅れなのを知った上でプロトタイプに飛び込んで行ったって聞いてる」
リゲルはパチパチと燃える焚き火を見つめる。
その瞳にはゆらゆらと揺れる炎が映っていた。
「君は、コスミックゲートが忌々しく思ったりはしないのか?」
「『生み出したものの責任は自らが取らなければならない』。これが父さんの口癖だった。コスミックゲートは父さんが考えて生み出したもの…。だから…!」
一筋の涙が頬を伝う。
リゲルは慌てて涙を拭い、クシャッと笑ってみせた。
しかし、それは明らかに無理をしている表情だった。
「辛い事を聞いてしまったな、すまない」
「へへっ…!もう慣れっこさ。それにしても、プロトタイプ事故に関係ある人物が3人も集まるなんて…。実はアクアもあの事故の遭難者なんだ」
スピカは事故当時にゲート内にいた被害者。
リゲルは父親がコスミックゲートの開発設計者。
そしてアクアは事故直後にレグルスに流れ着いた遭難者。
リゲルは「まるで何かに導かれたみたいだ」と言った。
だがその時、スピカがスッと立ち上がり、再びリゲルに詰め寄った。
「ちょっと待ってくれ…!という事はアクアは赤ん坊の頃にプロトタイプ事故に巻き込まれたのか!?」
再び豹変したスピカに驚くリゲル。
「あ、ああ…。確か救命カプセルに入った状態でレグルスに流れ着いたって…」
その時、スピカの頭の中にある光景が広がった。
それは燃える宇宙船の中で少女が床にうずくまって泣いている光景。
スピカの子供の頃の事だった。
《君が最後か!?》
《た、隊長さん…!奥に…奥に赤ちゃんがいるみたいなんです!》
《し、しかし…もう時間が…!》
次の瞬間、天井が崩れ幼いスピカが指を差していた通路が埋まってしまう。
《…!もうダメだ、脱出するぞ!》
《ダメッ…!だってまだ奥に…!!》
スピカは必死に訴えるも男性に手を引かれ、強制的にその場から避難させられるのであった…。
「じ、じゃあまさかアクアはあの時の…」
「…!あの事故の日にアクアと会っていたの!?」
どうやらスピカはプロトタイプ事故の時、アクアと思われる赤ん坊の泣き声を聞いていたようだ。
事故発生直後、燃え盛る宇宙船の奥から赤ん坊の泣き声にいち早く気がついたがまだ軍にも入っていない当時10歳の少女にはどうする事も出来なかった。
避難させられた宇宙船の中で、軍人達に抱きついてただただ泣きじゃくっていたという…。
「あの時、何も出来ない自分が情けなくて仕方がなかった。私はあの日から一人でも多くの命を守りたいと思うようになって、軍人になったのさ」
「でも、どうしてアクアは冥天獣の宇宙船に居たんだ…?」
「そう、そこが今考えると不可解な所なんだ。あの事故の日はプロトタイプのテスト運行の日で、コスミックゲートを通れるのは選ばれた者だけのはずなんだ」
スピカが言うにはあの日はプレアデスの政府によって選ばれた人だけがいち早くコスミックゲートを使ってレグルスへ行くというちょっとした旅行だったらしい。
乗船の際、乗客のチェックもありその時は赤ん坊を連れている冥天獣は勿論、星天獣の姿はなかったという。
「アクアが何故宇宙船に居たのかは分からない…。でも、あの時泣いていた赤ん坊がアクアで無事だったのならこんなに嬉しい事はないな」
スピカの口元が僅かに緩んだのがリゲルには分かった。
その表情にスピカが「本当に優しい心の持ち主なんだな」と改めて思うのだった。
「さて、と!思わず話が長くなっちゃったけど、そろそろオレも休もうかな」
「そうした方がいい。君も怪我人なんだ、無理はしない方がいい」
リゲルが立ち上がった時、スピカはすぐにリゲルの肩を支えに入る。
口調はクールだが、なんだかんだでスピカは優しいようだ。
そして、アクアが寝ている部屋へと戻ろうとした時、スピカがリゲルにあるお願いをした。
「さっきの話なんだが、アクアには黙っててくれないか?」
さっきの話とは恐らく10年前にアクアを助けられなかった事だろう。
リゲルは「分かった」と言うとニコッと笑う。
「それとこれからの事なんだが…」
突然足を止め、なんだか不安そうな表情を浮かべるスピカ。
リゲルも足を止めるスピカの顔をじっと見つめた。
「もし、君達が良ければなんだが、一緒に行動させてくれないか?」
スピカの口から出たのはこれから先、アクアとリゲルの2人と一緒に行動したいという事。
この申し出にはリゲルも流石に驚き、すぐに返事を返せなかった。
「遅かれ早かれプレアデスはまた君たちを襲って来る。しかし、私なら多少なり君たちの力になれるはずだ」
幾ら冥天獣とは言っても、スピカはもうプレアデスを追放された身…。
もうプレアデスに戻る気もなければ、軍に協力する義理もないという。
「勿論、その時は『プレアデスを追放された理由』も『犯罪者と呼ばれる理由』もきちんと話すつもりだ。正直、君たち星天獣も知っておくべき話もあるしな…」
「…オレたち星天獣は戦えないからついてきてくれるのは助かるよ。でも、本当に大丈夫か…?そうは言っても軍には同志や部下も居たはずじゃ…」
「大丈夫だ。言っただろう?私は追放された身だと。それに君たちがこんな事になった原因はプレアデスだ。少なくとも2人がレグルスに帰れるまでは協力させてくれ」
真剣な表情で頭を下げてくるスピカに『嘘をついている様子はない』と感じたリゲル。
リゲルは「分かった。これから宜しく頼むよ、スピカさん」と支えられている腕とは反対の手を出す。
スピカも「ありがとう。こちらこそ宜しく頼むよ」と手を出し、握手をした。
そして、アクアとリゲルがすっかり深い眠りについた頃、スピカは一人部屋を抜け出し、紅い月を眺めていた。
「かつて、誰かの助けになりたいと思って入隊した軍と敵対する事になるなんてな…。それにしても、私が追放されてからも軍は何も変わっていないのか…」
スピカは月を見ながら深くため息をついた。
そして、アクアとリゲルが眠っている部屋の方向を見つめた。
「(あの子達は私が守る。今度こそ、今度こそ私が守るんだ…!)」
アクアとリゲルをプレアデスの軍人から助けたのは、かつてプレアデスの軍に入隊していたスピカという元軍人だった。
しかもアクア、リゲル、スピカの3人はコスミックゲートのプロトタイプ事故に深く関係している者達だったのだ。
不思議な巡り合わせで出会った3人にはどんな未来が待っているのだろうか。
そして次回、スピカが軍や故郷のプレアデスを追放された理由が明らかになる…。