季節は春となり、もうすぐ夏が訪れようとしていた。
「さてと、名残惜しいけど、そろそろ帰還しましょうか。ああ、もう、レティシアちゃんとふたりきりの任務が終わってしまうわ。またしばらくは、こんな楽しい時間は巡ってこない。それもこれも、あの、粘着質魔導士が……」
ブツブツ云いながら、宿屋を出たところで待っていたのは──
「アンナ、おつかれさま」
漆黒の魔導士。
「あっ、粘着男! なんでここに! 大人しく本部で待ってなさいよ!」
猛抗議するアイリスに、ジオ・ゼアから書状が投げられる。
「何よ、これ」
「次の任務の依頼書。ここからちょうど北にある町なんだ。だから、このまま行くよ。ほら、アイリス、さっさと荷物を積んで……アンナの荷物は僕が積むからね」
ちょうどやってきた荷馬車に乗っていたのはマルスで、結局いつものメンバーがそろった。
「嘘でしょ。わたしとレティシアちゃん、もう2週間も休みナシよ」
マルスが首を振る。
「しょうがいないよ。特務機関は万年人手不足なんだから。ちなみに僕は、1か月休みナシだ。ああ、それから、あっちでもうひとり合流するよ」
「だれ? トーマス?」
「ちがう、エディウス君。人手不足もあって、彼、今回の任務だけ参加してくれることになったんだ」
そう云いつつ、浮かない表情のマルスは、馬車の荷台に荷物を積み込むジオ・ゼアを盗み見て、溜息を吐く。アイリスも同様に顔をしかめた。
「いまのところ大丈夫そうだけど……心中、穏やかじゃないだろうなあ」
「でしょうね。これは、ひと悶着、ふた悶着……絶対にありそう」
「間違いないね。ああ、聖印持ち3人に板挟みにされるとか……考えただけで、もう胃が痛い」
青天の下。
アイリスとジオ・ゼアが騎乗する馬に先導され、マルスとレティシアを乗せた荷馬車が街道沿いをすすむ。
「気持ちがいいわ」
爽やかな風を受け、蒼銀の髪がなびく。
レティシアの肩の上では、金色の聖蛇が口をあけて欠伸をしていた。
その夜──
レティシアの耳に、久しぶりにアシドフィルスの声が届いた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
癒者の聖印をもつ、
蒼銀の乙女よ
汝は、新たな使命を得るであろう
アウレリアンに癒しの風を吹かせよ
闇が護り、青が導く
汝を待つは、
紅き髪の炎帝なり
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
【 完 】