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第5話



 前世持ちではあるけれど、100歳の老女は、いくらなんでも云い過ぎ。



 額の真ん中を赤くしたジオ・ゼアは、それでも嬉しそうに、



「悪い意味じゃないんだよ。だから、そんなに膨れないで」



 草地に腰をおろし、横抱きにしたレティシアを膝の上に乗せた。



「僕にとってアンナは、唯一無二の存在だから。歳の差なんて、あまりに些細なことなんだ。まぁ、実質的には僕の方が年上だがら、少しは余裕を持ちたいところだけど、それがけっこう難しいんだよね」



 蒼銀になったレティシアの髪に口づけながら、ジオ・ゼアの脳裏には大層気に入らないふたりの男の顔か浮かんだ。



 ひとりは、公爵家の嫡男エディウス・フレイ・トライデン。



 家柄、実力ともに兼ね備えたあの男は数年後、桁違いに強くなって帰ってくるだろう。



 もうひとりは、皇太子サイラス・レイズ・オブ・オルガリア。



 皇国で2番目に高貴な男は、いずれあらゆるモノを手中にできる権力を握ることになる。



 あきらめの悪そうなこのふたりが、このまま引き下がるとは思えない。



 ジオ・ゼアにとっては正直、目障りでしかなかった。



 今のうちに、消せるものならば……



 愛しい存在を腕に囲い、溢れるほどの幸福に浸りながらも、心の奥底に広がっていく闇。



「ジオ・ゼア? ちょっと、聞いてるのっ!」



 ふたたび額に衝撃が走った。つづけて強い力で頬が挟まれる。



「アンナ……ちょっと、イタイ」



「心ここに在らずで、いったい何を考えていたの?」



 急に仄暗い目になった恋人の頬を、さらに強く両手で挟み込む。



 どうせ、よからぬことを考えていたにちがいない。



 極度の愛情不足と過去に受けた性的苦痛のせいで、ジオ・ゼアの心の傷は深い。



 ときどき、幼子のような独占欲や執着心を垣間見せたり、精神状態が不安定になると、禍々しい闇の魔力を漂わせたりするのだ。



 そんなジオ・ゼアの心のケアを最優先に考えているレティシアは、頬を挟んでいた手を首に回し、金色の瞳を見つめた。



「聞いて、ジオ・ゼア。わたしが恋人にしたいのは貴方だけ。愛したいのも愛されたいのも貴方だけなの。これからもずっと……だから、何の心配もいらない」



 憂いが消え去ったジオ・ゼアの表情は、澄み渡った空のように明るい。



「嬉しすぎて、どうにかなってしまいそうだ」



 恍惚とした金色の瞳に見つめ返され、どちらともなく唇が重なり合った。






 ◇  ◇  ◇  ◇  





 とある国に、老若男女問わず大人気の〖三大恋物語〗があった。



 ひとつは、平民出身の冒険者と貴族令嬢の身分差の恋物語。



 もうひとつは、『炎帝の聖印』を持つ聖騎士と天命を受けた聖女の恋物語。



 そして、いまだ未完結の恋物語がひとつある。



 皇太子(♂)と側近(♂)の許されざる関係を描いた禁断の純愛物語である。



 貴族向けの購読誌と庶民向けの大衆紙に、不定期に掲載される連載小説は、国内外で一大ムーブメントを巻き起こしている。



 その大人気連載のタイトルは『CからRへ』。



 愛読者たちは想像を掻き立てられた。タイトルに使われている『C』と『R』は、かねてより噂のある皇太子サイラスと側近ルーファスのイニシャルだった。



 物語は一進一退、ジレジレの展開がつづいており、皇国中の読者がヤキモキしながら、CとRの関係を見守っている。



 その最新話が掲載された本日。



「ここで、次号につづくはナイっ! やめて!」



 任務で訪れた海辺の街で、大衆紙を片手に声をあげたのは、上級魔剣士のアイリス。愛読者のひとりである。



「ねえ、レティシアちゃん、この影の宰相と側近の関係って、ちょっとワケありな感じよねぇ。過去の男的なポジションかな」



「う~ん、どうですかねえ」



 苦笑いで誤魔化したレティシアだったが、じつはその後の展開をすでに知っている。なぜなら、覆面作家として活躍するかの『CからRへ』の著者は、何を隠そう義姉リリーローズなのだ。



 収穫祭から3カ月後、兄ロイズの押しの一手で結婚し、レティシアの義姉となったリリーローズは、すぐに懐妊。



 妊娠中に執筆した作品が出版業を営む貴族の目にとまり、あれよあれよという間に冊子への掲載がはじまって現在に至る。



 売れっ子作家となったリリーローズはつわりも軽く、安定期に入ったこともあって執筆業に勤しんでいるのだが、兄ロイズは連日、身重のリリーローズより真っ青な顔で心配している。







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