紫から蒼銀に髪色が変わったレティシアはますます美しくなり、自然体の彼女が持つ柔らかな空気は、癒しの女神そのものだった。
想像せずにはいられない。もし、レティシアが皇太子妃候補となり、将来、皇帝となる自分のとなりに皇后として立ってくれたら。サイラスの口元に自然と笑みが浮かんだ。
「レティシア嬢、では、明日以降、また問題が生じたときは、もう一度検討することにしよう」
「そうしましょう。いつでも呼んでください。殿下とルーファス様がいてくれて本当に良かったです。ありがとうございます」
心からの謝意に、サイラスの胸がジーンと熱くなったところで、見計らったように邪魔が入る。
「終わった? じゃあ、行こうか」
レティシアの手を取り、足早に執務室から連れ出した魔導士が、去り際にチラリと流し目を送ってきた。
「云っとくけど、公私混合はダメだよ。とりあえず、アンナの役に立っている間は目をつぶってあげるから、それ以上の高望みはしないように」
扉が閉まった瞬間、
「オマエが云うなッ! オルガリア皇国一、いや、アウレリアン大陸一の高望みをしたオマエがっ!」
怒鳴ったサイラスのとなりで、トントンと書類を整えたのは、今秋から補佐官になったレティシアの兄ロイズだった。
「それじゃあ、僕も失礼します。大切な人を待たせているので」
溺愛する妹が執務室を訪れても、視線を合わせて軽く手を挙げるに留め、尋常ではない量の本日分の書類をさばき切った次期スペンサー侯爵。
彼が公言する大切な人とは、先ほど話題になったばかりの魔女の血を受け継ぐ、魔毒士リリーローズ・ダリアン男爵令嬢のこと。
「まったく、僕のローズは無自覚に色香をまいてしまうから、困ったものです。御仕置をしておかないと……それでは、あとは殿下とルーファス殿で仲良くなさってください。ふたりに待ち人はいないでしょうから」
去り際に、きっちり嫌味を残していく、恐ろしく仕事のできる新任の補佐官。その言葉通り、執務室に残ったのは、サイラスとルーファスだけ。
「殿下、知ってますか。皇宮内では、僕と殿下の禁断の関係は、いまだに現在進行形らしいですよ」
「その話しは、2度とするなっ!」
収穫祭の最終日。
皇宮から祝祭の終わりを告げる花火が打ち上げられる。
人混みを避けたレティシアとジオ・ゼアは、小高い丘から秋の夜空を彩る花火を眺めていた。
「キレイだわ」
魔石の結晶が混ぜられているのか、大輪の花を咲かせた火花が地上に落ちていく様は、キラキラと輝く夜空のカーテンのように見える。
「少し寒くなってきたね」
背中から抱きしめてきたジオ・ゼアは、黒衣のローブにすっぽりとレティシアを包み込んだ。
「好きだよ。自分でも怖いぐらい、好きで、好きで、たまらない。僕のとなりにキミがいる毎日は、あまりに幸せで、これは夢じゃないかと思うんだ」
レティシアの首筋に顔を埋めた年上の魔導士は、小刻みに震えていた。
「どうしてだろうね。好きすぎると怖くなって、幸せすぎると不安になる」
闇の聖印を持ち、最上位の聖獣の加護を受けながら、親の顔を知らないジオ・ゼアは、無条件に愛された記憶がない。
愛されることに不慣れで、愛を得た喜びよりも、失うことに恐怖を覚えていた。だからレティシアは、幼いこどもに云い聞かせるように何度も伝える。
「この腕の中が、1番落ち着く。温かくて、安心できるの。何があっても護ってくれると信じてる。だから、ずっとそばにいてね」
「護るよ。全身全霊でアンナを護る。キミを失うことだけは絶対にできない」
「忘れないでね。わたしも同じくらい、ジオ・ゼアを失うことができないの」
秋風になびく黒髪を優しく撫でると、吐息を吐くように笑ったジオ・ゼアが、レティシア抱き上げた。
「本当に不思議だよ。愛情を拗らせまくった僕を、アンナはいとも簡単に安心させてしまう」
見上げてくる金色の瞳に憂いはなかったが、首を傾げたジオ・ゼアは眉を寄せている。
「本当に16歳? 何か特別な魔法で時間軸を戻したりしてない? 僕には正直に云っていいんだよ。たとえアンナが若返りの秘薬を使った60歳の魔女でも、100歳の老女でも、愛せる──」
ズコンッ!!
レティシアの手刀が振り落とされ、ジオ・ゼアの額から鈍い音がした。