目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話



 紫から蒼銀に髪色が変わったレティシアはますます美しくなり、自然体の彼女が持つ柔らかな空気は、癒しの女神そのものだった。



 想像せずにはいられない。もし、レティシアが皇太子妃候補となり、将来、皇帝となる自分のとなりに皇后として立ってくれたら。サイラスの口元に自然と笑みが浮かんだ。



「レティシア嬢、では、明日以降、また問題が生じたときは、もう一度検討することにしよう」



「そうしましょう。いつでも呼んでください。殿下とルーファス様がいてくれて本当に良かったです。ありがとうございます」



 心からの謝意に、サイラスの胸がジーンと熱くなったところで、見計らったように邪魔が入る。



「終わった? じゃあ、行こうか」



 レティシアの手を取り、足早に執務室から連れ出した魔導士が、去り際にチラリと流し目を送ってきた。



「云っとくけど、公私混合はダメだよ。とりあえず、アンナの役に立っている間は目をつぶってあげるから、それ以上の高望みはしないように」



 扉が閉まった瞬間、



「オマエが云うなッ! オルガリア皇国一、いや、アウレリアン大陸一の高望みをしたオマエがっ!」



 怒鳴ったサイラスのとなりで、トントンと書類を整えたのは、今秋から補佐官になったレティシアの兄ロイズだった。



「それじゃあ、僕も失礼します。大切な人を待たせているので」



 溺愛する妹が執務室を訪れても、視線を合わせて軽く手を挙げるに留め、尋常ではない量の本日分の書類をさばき切った次期スペンサー侯爵。



 彼が公言する大切な人とは、先ほど話題になったばかりの魔女の血を受け継ぐ、魔毒士リリーローズ・ダリアン男爵令嬢のこと。



 別邸タウン・ハウス区域にて、シモーネに盛られた媚薬から、とある方法で救ってもらったことがきっかけとなり、社交界きっての貴公子から熱烈な求愛を受けたリリーローズ嬢は、「恐れ多いです」としばらく逃げ回っていたが、数日前、ついに観念した。



「まったく、僕のローズは無自覚に色香をまいてしまうから、困ったものです。御仕置をしておかないと……それでは、あとは殿下とルーファス殿で仲良くなさってください。ふたりに待ち人はいないでしょうから」



 去り際に、きっちり嫌味を残していく、恐ろしく仕事のできる新任の補佐官。その言葉通り、執務室に残ったのは、サイラスとルーファスだけ。



「殿下、知ってますか。皇宮内では、僕と殿下の禁断の関係は、いまだに現在進行形らしいですよ」



「その話しは、2度とするなっ!」



 収穫祭の最終日。



 皇宮から祝祭の終わりを告げる花火が打ち上げられる。



 人混みを避けたレティシアとジオ・ゼアは、小高い丘から秋の夜空を彩る花火を眺めていた。



「キレイだわ」



 魔石の結晶が混ぜられているのか、大輪の花を咲かせた火花が地上に落ちていく様は、キラキラと輝く夜空のカーテンのように見える。



「少し寒くなってきたね」



 背中から抱きしめてきたジオ・ゼアは、黒衣のローブにすっぽりとレティシアを包み込んだ。



「好きだよ。自分でも怖いぐらい、好きで、好きで、たまらない。僕のとなりにキミがいる毎日は、あまりに幸せで、これは夢じゃないかと思うんだ」



 レティシアの首筋に顔を埋めた年上の魔導士は、小刻みに震えていた。



「どうしてだろうね。好きすぎると怖くなって、幸せすぎると不安になる」



 闇の聖印を持ち、最上位の聖獣の加護を受けながら、親の顔を知らないジオ・ゼアは、無条件に愛された記憶がない。



 愛されることに不慣れで、愛を得た喜びよりも、失うことに恐怖を覚えていた。だからレティシアは、幼いこどもに云い聞かせるように何度も伝える。



「この腕の中が、1番落ち着く。温かくて、安心できるの。何があっても護ってくれると信じてる。だから、ずっとそばにいてね」



「護るよ。全身全霊でアンナを護る。キミを失うことだけは絶対にできない」



「忘れないでね。わたしも同じくらい、ジオ・ゼアを失うことができないの」



 秋風になびく黒髪を優しく撫でると、吐息を吐くように笑ったジオ・ゼアが、レティシア抱き上げた。



「本当に不思議だよ。愛情を拗らせまくった僕を、アンナはいとも簡単に安心させてしまう」



 見上げてくる金色の瞳に憂いはなかったが、首を傾げたジオ・ゼアは眉を寄せている。



「本当に16歳? 何か特別な魔法で時間軸を戻したりしてない? 僕には正直に云っていいんだよ。たとえアンナが若返りの秘薬を使った60歳の魔女でも、100歳の老女でも、愛せる──」



 ズコンッ!!



 レティシアの手刀が振り落とされ、ジオ・ゼアの額から鈍い音がした。








コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?