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第1話




 オルガリアに実りの秋が訪れた。



 豊作を祝う収穫祭がはじまり、首都アシスはいつも以上の賑わいをみせている。



 アシス中央図書館の正面にある広場には、食欲をそそる匂いを漂わせた屋台が連なり、劇場の外に設営された舞台で催される演奏会や劇は、見物客の目と耳を楽しませていた。



 毎年、収穫日の翌日から5日間つづく収穫祭。



 屋台がひしめき合う広場のなかには、連日長蛇の列をつくる大人気の区画ブースがあった。



 横並びになったテント前では、案内役が魔拡声器をつかってなお、声をからしている。



「みなさ~ん、2列に並んでくださ~い」



「数は十分用意していますので、押さないでえ~」



「相談窓口は、こちらのテントになりま~す」



 各テントの天幕には、真新しい横断幕が張られている。



【国家特務機関 お気軽にどうぞ!】


 テントの入口には、それぞれ案内板も設置されていた。



☆健康診断および薬草配布中(無料)



☆魔力補充および魔道具修理受付(無料)



☆なんでも無料相談実施中(相談1件につき15分間)



☆おたのしみ相談室(無料)




 特務機関創立以来、初の試みとなる全オルガリア皇国民向けの感謝イベントが開催された。



 発案、企画をしたのは、トライデン家とスペンサー家だった。



 開催にあたり貴族議会において承認が求められたが、社交界ならびに政界の双璧である両家に異を唱える貴族はおらず、企画が発案されるやいなや、貴族議会は満場一致で可決。予算の倍となる支援金が数日で集まった。



 イベント区画ブースのなかで一番広いテントを割り当てられたのは、回復系特化魔法の使い手たちによる健康診断である。



 無料で回復・治癒魔法を施してもらえ、症状別に薬草が配布されるということで、持病を抱える皇国民が殺到。



 あまりの多さに、問診票の記入は解読士たちが行い、軍部の協力を得て、図書館の敷地にまで天幕が張られている。



 回復・治癒魔法が乱れ飛ぶテントのとなりでは、魔具士たちが次々と運びこまれてくる魔道具に埋もれかかっていた。



 壊れた魔道具の修理と生活必需品である魔石への魔力補充が無料とあり、こちらも長蛇の列ができている。



 特務機関所属の魔具士と修復士たちが総出でも追い付かず、元魔具士であるトーマスも当然のように朝から晩までテントに缶詰である。



 魔石への魔力補充は、魔剣士や魔導士たちが担ったが、こちらもほぼ総出の状態。



 さらにとなりのテントでは、特務機関の各士長、副士長クラスが中心となり、なんでも無料相談が実施されている。



 ご近所問題トラブルから家系図の解読、魔獣の駆除まで、相談は多岐に渡ったが、なかでも初日から圧倒的な人気を誇っている相談窓口があった。



☆おたのしみ相談室(無料)


 『リリーローズの占い相談』



 他の追随を許さない長蛇の列は、広場の周囲をグルリと取り囲み、最後尾が見えないほどだった。



 のどかな田舎育ちの男爵令嬢リリーローズ。貧乏男爵家の家計を支える働き者の魔毒士は、じつはアウレリアン創世記に登場する大魔女の血統を受け継ぐ、数少ない直系血族だった。



 タロットカードと水盤に浮かべた葉と羽の動きで、相談者の過去を見事にいい当て、近い未来を予見し、忠告する。



「占いでは、時期尚早と出ています。意中の方への告白は、春先が良いかと……そうですね、アザレアが咲くころ……水色のモノを身にまとい、想いを告げると成功率があがります。できれば、大判のスカーフかワンピースがいいですね。大丈夫です。意中の御方との相性は良いですから。いまは焦ることなく、来たるべき時を待ちましょう」



「魔女様! ありがとうございます!」



 具体的かつ誠実真摯な忠告に、上級職の士長たちの『なんでも無料相談』より、ずっと感謝されていた。



 特務機関による感謝企画は、当然ながら大評判となり、収穫祭2日目にして、来年の開催が決定した。







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