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第16話



『セ、セイチョウザイ……とは? あっ、よせっ、乱暴な──』



 困惑する麗人の胸倉を躊躇なく鷲掴んで、問いただす。



「アシドフィルス、どういうことよっ!」



 よほど驚いたのか、真っ白な髪を持つアシドフィルスは、複雑な光彩を放つオパールのような瞳をこれでもかと見開き、しばし固まった。



 なるほど、神だと名乗るだけあって、なかなか神々しい姿形をしているなと観察していると、



『無礼者が!』



 我に返ったアシドフィルスは目を吊り上げ、蛇が絡まった杖を振り上げた──が、しかし。前世から爬虫類の扱いに慣れているレティシアは、恐れることなく蛇頭をガシリと掴んで引っ張った。



「はじめてみる蛇種だけど、毒蛇じゃないでしょうね? クスシヘビに似ているような……でも、色が少し違うわね。個体差かしら? 無牙っぽいけど、どうかな……あら、グルグル巻きで取れない。ちょっと寄越しなさい」



 前世の毒蛇オタクの血が騒ぎ、絡みついた蛇をもっとよく観察しようと、アシドフィルスから杖ごと奪い取る。



『アアッ、何をする、返せ! ああ、ナゼだ?! なにゆえ汝は、神蛇ピレオスにさわれるのだっ!』



「この蛇、ピレオスっていうのね。そういえばアスクレピオスに少し似ているような……なんで触れるかは、わたしも分からないけど……あっ、そういえば、人魚マーマンにも触れたから、これって異世界人の特典かもしれない。他所の精霊にも触れる的な」



『トクテン……とは、乙女よ、それは何だ?』



 アシドフィルスに応えることなく、レティシアは蛇杖を肩に乗せた。



「そんなことよりも返して欲しかったら、今すぐヒギエアを助けて」



『それには汝が聖印を得るしかない、と云っているではないか! 本来であれば、守護精霊ヒギエアが聖獣化するのを待って、汝は聖印を得るはずであった。しかし、ヒギエアには聖獣化するだけの精気も霊力も残っておらぬ。よって、このままでは消滅する運命。それを回避するためには、汝が聖印をきざむしかない』



「それでいいわ。どうやって刻めばいい?」



 アシドフィルスは大きく息を吐いて、その方法を告げた。



『聖印を得るのではなく《刻む》ということは、これより汝が、耐え難い苦痛に襲われるということである。汝が聖印の刻印に耐えうることができたのち、ヒギエアは聖獣化し、消滅の危機を免れるであろう』



「わかったわ。それなら、絶対に耐えてみせる」



『汝よ、覚悟はいいか』



 蛇杖を返しながら、レティシアは目を閉じた。



「いつでもどうぞ」



 アシドフィルスが杖を掲げたのを合図に、レティシアは全身の血が沸騰する感覚に襲われる。まるで生きたまま焼かれているような気がした。



『乙女よ、耐えろ』



 あたりまえだ。



 正気を保っていられる限界など、もうとっくに越えているはずなのに、意識を手放すことが、なぜかできない。



 永遠につづきそうな責め苦に、「気絶させて」と懇願しそうになったとき。レティシアの左胸に、心臓を突き上げてくるような衝撃が加わった。



 電気ショックが与えられたかのように、全身が大きく跳ね上がる。



 激しい衝撃は1度、2度、3度──



 ああ、これは絶対に死ぬヤツだ。



 ここにきて、ようやくレティシアの意識が遠のいていく。



 ごめん、ヒギエア。



 もっとずっと一緒にいたかったけど……前世も今世も、志しなかばで死を迎えることになってしまうなんて……



 でも、ひとついえることは、転生したレティシアとしての人生が、決して悪いことばかりではなかった、ということ。



 死を目前に、走馬灯がよぎっていく。



 強い父ゼキウスとそれ以上に強い母ローラ、賢く優しい兄ロイズとの暮らしは、とても楽しかった。



 薬草の生産をはじめ、この目で精霊を見ることができたし、運よく魔法だって使うことができた。



 魔毒士となって毒の研究をつづけていたからこそ、サイラス殿下の命を救えたのだから、それだけでも生まれ変わった意味はあったにちがいない。



 死を間際にした心残りがあるとすれば、それは遠からず特級魔剣士になるだろうエディウスの雄姿を見られないこと。自慢の幼馴染は、きっとすごく強くて、カッコいい剣士になるにちがいない。



 そして、もうひとつ──ジオ・ゼアに返事をしなかったこと。



『わたしも好きよ』



 金色に輝く瞳を見つめながら、それを伝えられなかったこと。







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