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第15話





 ◇  ◇  ◇  ◇   





 浅いような深いような、そんな眠りから目覚めたサイラスは、ぼんやりと見慣れた天井を見ていた。



 ここは……僕の寝室だ。



 意識がはっきりとしてきて、顔を横に向けたとき、寝台の真横に青白い顔の側近と目が合い、



「……うッ、ヒィッ!」



 生首かと思った。



「なっ、なんだ、ルーファス! 脅かすな! 死霊みたいな顔して……」



 声を張り上げたつもりが、その声はひどくれていた。無言のルーファスから、水がはいったグラスを受取り、一気に飲み干していく。



 乾いた土に水が染み込むように喉が潤い、「ああ、生き返った」と、グラスを返そうとふたたびルーファスに目を向けたとき。



「えっ、どうした……」



 ありえないことに側近は、声を出さないまま両目から大量の涙を流していた。



「人の気も知らないで、何が……生き返った、だ。3日も死んだように眠っていたくせに……僕なんて、ずっと生きた心地がしなかった。皇太子のくせに僕を庇って、噛まれて、毒に侵されて、とんだ大馬鹿だ!」



 寝起き早々に暴言を吐かれ、「3日も……眠っていた?」と小首をかしげたサイラスだったが、そこでようやく断片的な記憶が蘇ってきた。



 そうだ、式典の最中に警鐘が鳴り響いて、魔獣の群れを率いるシモーネが姿を現して……それから、魔獣に噛まれて、人魚マーマンを呼び出して……それから、どうなった?



 サイラスの記憶はそこで途切れている。



「ルーファス、僕はいつ、オルガリアに戻ってきたんだ?」



「長い話になります。まずは何か召し上がってください。ああ、それから皇后陛下の説教は覚悟してくださいよ。おそらく史上最長になることでしょう」



「し、史上、最長?!」



「ええ、そうです。それはもう、眠っていた方が良かったと思うぐらいには、長い説教になることでしょう」



 その後──



 皇太子の意識が戻ったと報告を受けた皇后エリスが、寝室に飛び込んできて、



「サイラス!」



 束の間、きつく抱擁されるという、一気に目が醒めるような出来事が起きた。



 次いで皇宮医による診察があり、恐ろしく苦い薬湯を飲まされたが、恐れていた説教は「数日は安静が必要です」という、医者の好指示があったせいで見送られ、



「しっかりと休みなさい」



 皇后エリスが寝室から立ち去るのを待って、サイラスは訊ねた。



「ルーファス、それで──僕が人魚マーマンを召喚したあと、いったい何が起きたんだ。すべて話せ」



 側近から詳細が告げられたとき、サイラスは寝台から飛び起きた。



「いますぐ、スペンサー家にむかう!」



「いけません。殿下には安静が必要です」



「何を云ってるんだ。彼女は僕のせいで!」



「ですからっ! そこまでして、レティシア嬢は、殿下をお救いしたのです。あのとき、あの場にいた全員が見ていました、あの御方がどれほどの代償を支払ったかを……」



「そんな……」



「目覚めたばかりの殿下が安静にしていなければならないように、レティシア嬢もまた、目覚めのときがくるまで、絶対安静が必要なのです」



「目覚めるのか……」



 泣きそうな顔のサイラスに、ルーファスは口をへの字に曲げた。



「いま、聖印持ちふたりが付きっきりで魔力を注いでいます。あとはレティシア嬢の回復を信じて待つよりほか、我々にできることはないのです」



 もっともな言葉に、何もできないことを悟ったサイラスは、膝から崩れた。






∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞  




 乙女よ



 目覚めよ



 汝、新たなる世界にて



 聖印を抱く者となれ




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 





 柔らかな雲の上に、全身を預けているような、心地よさだった。



 このまま身をまかせ、ふわふわ、ふわふわと漂っていたいのに──



『乙女よ、目覚めよ』



 やけに聞き覚えのある声が、レティシアの頭に響く。『起きろ、起きろ』と正直、うるさい。



 目を瞑っていても、ここが『生死の境目』であることは、薄々気が付いていたけれど、頭も身体も鉛のように重たい今、ふわふわとしたこの心地良さを手放す気にはなれなかった。



『乙女よ、目覚めるのだ。起きねばならぬ、はよう、はよう』



 うるさい声をそのまま放置していたら、ついに声の主がブチ切れた。



『いい加減に、起きんかっ! ワシはアウレリアンの主神、アシドフィルスぞっ!』



 この声、やっぱりか。予想はしていたが、ビフィズス菌と並ぶ乳酸菌の名を持つ神様が登場。どんな姿形をしているのか気にはなるけれど、



「神様が何の用ですか?」



 それでも目を開ける気にはれなかった。



『この無礼者がっ! 神を御前にしながら、なんたる態度! 敬え! 尊べ! 起きろ!』



 異世界の神様は短気で、口も悪いし、すごく偉そうだ。これは好きになれないと、一瞬で判断したレティシアは、「敬いません。わたし、無神論者なんで」と一蹴。



『なんだとぉぉぉぉーっ!』



 乳酸菌が吠えた。



『精霊ヒギエアがどうなってもかまわんのかっ!』



 ここで、レティシアの右目があいた。右腕には智力の腕輪がなかった。



〖守護者である汝が聖印を得なければ、ヒギエアは消滅する運命。このまま聖獣化できずに精気を失いつづければ、もう間もなく消滅するぞ! この人でなし! 見殺しにするつも──』



「なんですって! 整腸剤、それを早く云いなさいよっ!」



 アシドフィルスが云い終わる前に飛び起きたレティシアの前には、年齢不詳の麗人がいた。








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