目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第14話




 高純度の光の魔力。



「これは、並行魔法だ……しかも三重複だなんて、ありえない」



 マルスは驚きを隠せなかった。



 レティシアが優秀な治癒者ハイヒーラーであることは知っていたが、まさかこれほどまでとは。



 信じられないことにレティシアはいま、〖回復〗〖排出〗〖解毒の構成〗という、異なる3つの性質を持つ魔法を同時に行使していた。



 極めて高度な魔力操作が求められる。こんなことは、特務機関にいる魔毒士長はもちろん、最高位の特級回復士にも真似できない。



 おなじ魔毒士であるからこそ、マルスにはレティシアの意図が手にとるようにわかった。血清が投与されたとはいえ、サイラスはすでに全身が猛毒に侵されている。



  回復魔法で、機能不全に陥っている臓器を治癒しつつ、少しでも早く毒素が中和されるように、体内の毒素を魔力で吸収、排出させているのだ。



 排出された毒素の受け皿になっているのは、レティシア本人。中和される前の毒素はもちろん猛毒だ。猛毒に侵されるなか、回復魔法を行使するなんて、レティシアの身体への負担は計り知れなかった。



 それに加えて、最高難度の解毒魔法の構成。



 ここまで無茶をするのは、万が一にもサイラスが、血清の抗体に拒否アレルギー反応を示したとき、すぐさま副作用のない解毒魔法に切り替えるためだろう。



 理解はできる。それが最善の策で、次の一手までも用意するレティシアの優秀さは疑いようもないが……



 マルスの胸は痛んだ。その才能ゆえ、サイラスから排出される毒素の量は多く、レティシアへと吸収、蓄積されていく毒素の濃度は尋常ではない速度で高まっていく。



 目の前でみるみる顔色が青ざめ、白い肌がただれ変色していくレティシア。



 こんな無謀なこと──皇太子サイラスを救うためでなければ、マルスはとっくに止めていただろう。



 レティシアもまた気づいていた。



 苦しい、苦しい──と、身体が悲鳴をあげている。



 悲鳴だけではなく、蓄積された毒素が体内を蝕み、自分の臓器が腐敗していく恐怖に襲われていた。



 これは、想像以上だわ。



 抗体を投与したことで、中和がはじまっているはずなのに、サイラスの体内にある毒素は依然として濃く、強い。



 回復と吸収に魔力の7割を使い、解毒の構成に残りの魔力を使っているため、自身の回復にまわす魔力はなかった。



 毒に侵された身体は魔力の消費が激しく、ヒギエアの抜け殻を主成分にした丸薬を次々と口にしても追いつかない。



 携帯していた丸薬、魔薬が底をついたとき、サイラスの体内にある毒素がようやく半分になった。心配していた抗体の拒否アレルギー反応もないようだ。



 解毒の構成を中断したレティシアは、回復魔法と毒素の排出振り分けようとした。しかし、何かに堰き止められたように魔力が流れない。



 猛毒に侵された身体は、もうとっくに限界を迎えていたが、ここで諦めるわけにはいかなかった。



 ダメよ。このままでは救えない。



 レティシアは、寝台に横たわるサイラスの手を強く握った。



 良い出会いとはいえなかったけど、あれから数年を経て、今ではサイラスが皇帝となる日を待ち望んでいる。後遺症などひとつも残さず、絶対に救ってみせる。



 前世でも現世でも、毒で命を落とす人々を、ひとりでも多く救いたかった。異世界アウレリアンに転生を果たした理由があるとすれば、それは今このとき、未来の皇帝サイラスを救うこと。



 苦言を呈する側近をあえて側におき、日夜、国のため、人々の暮らしを守るため、身を粉にしているサイラス。聡い彼ならきっと、魔獣の自然毒がいかに危険であるかを提唱し、対策を講じてくれるだろう。



 賢帝となりうる治世者を、ここで失うわけにはいかない。いまこそ、使命を果たすべきときだ。



 そう強く思うのに、毒に侵された身体は思うように動いてくれない。目は視力を失いつつあり、感覚が麻痺していく。そのとき、レティシアの左腕に突き立てられたのは、ヒギエアの鋭い牙だった。



 守護精霊の清く澄んだ精気が流れ込んでくる。同時に呼吸が楽になり、毒素が薄くなった気がした。



 麻痺しかけていた痛覚が蘇ってきて、視力が戻りはじめたレティシアが目にしたのは、咬んだ牙から毒素を吸収するヒギエアの姿だった。



 サイラスの毒素を人魚マーマンが吸収していたのを見ていた賢い白蛇は、それを模倣したのだろう。



 抗体があるとはいえ、大量に蓄積されたレティシアの毒素を一気に吸収したことでヒギエアの精気は濁り、真っ白だった蛇体は濃灰色になっていく。



 それでも、レティシアから毒素を吸収するこをやめない白蛇は、ついには蛇頭から床に横たわり、ピクリとも動かなくなった。



『ありがとう』



 心優しい守護精霊に、レティシアは感謝した。堰き止められていた魔力が流れはじめ、 いま一度、レティシアはサイラスの手を強く握った。



「殿下、必ず助けてみせます。どうか、血を流すことのない平和で豊かな暮らしを、アウレリアン大陸にもたらしてください」



 直後、最大出力の回復魔法が放たれた。



「それはダメだっ! 魔力が枯渇してしまう! 死ぬぞ!」



 マルスが叫び声をあげたとき、眩い光はすでにサイラスを包んでいた。








コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?