ジオ・ゼアが、復讐を果たしているころ──
◇ ◇ ◇ ◇
途中、騒然とする城内で、魔獣の残党を斬り倒すアイリスと合流。
「レティシアちゃん、こっちよ!」
「アイリスさん、これを使ってください」
魔薬で回復したアイリスに護られながら、城の南側にある客室へと向かうと、そこには扉を死守するエディウスがいた。
「レティ、大丈夫か?!」
「ええ、エディウスをこれを!」
おなじく手持ちの魔薬を手渡し、すぐさま客室へと飛び込んだ。重苦しい空気が漂う室内には、寝台を取り囲むルーファス、トーマス、マルスがいた。
「殿下の容態は?」
レティシアの声に振り向いたマルスが、静かに首を振る。
「僕がきたときには、もう全身が毒に侵されていて……渡された解毒剤を投与して、呼吸は少し楽になったようだけど……患部からの出血が止まらない」
何度も止血を試みたのだろう。寝台の下には、血に染まった布が何枚も落ちていた。
「マルスさん、代わってもいいですか?」
「ああ、頼むよ。どうか、殿下を……」
サイラスの状態は、想像以上に悪かった。一刻の猶予もない。レティシアは迷うことなく自分の魔力を短剣に流し、
短剣に柄にある『蒼海の守護石』が輝きはじめると、ふたたび守護精霊が姿を現した。
『紫の乙女よ。呼んだか?』
「ええ、貴方の守護者を止血して。アナタにしかできないわ」
『わかった』
短く応えた
『何かあったら、また呼ぶがいい』
目の前で淡々と進んだ一連の流れに、マルス、ルーファス、トーマスは絶句した。
代々の皇族にしか呼応しないはずの守護精霊が、レティシアの呼び出しに応じ、恐ろしく従順に従った。それだけではなく、親しげに言葉まで交わしていた。
「蒼海の守護精霊がどうして……」
にわかには信じがたい光景に、ルーファスの声が震える。
「わたしが、
荷馬車でサイラスの症状を聞いたときから、レティシアは複数の毒に侵されている可能性が高いと感じていた。ひとつは筋肉を麻痺させ呼吸困難を引き起こす神経毒、そしてもうひとつは失血性の毒だ。
「発生から約3時間が経過していたこともあり、一刻も早く止血しなければ、解毒する前に失血死してしまうだろうと判断しました」
話しながらレティシアは、サイラスの患部に手を当てる。
「むかし読んだ『魔法全集』に、怪我を負った守護者と血の契約を交わした精霊が止血をした、という記述があったので、皇族の血筋を守護する精霊であれば、殿下の止血が可能だと考えました。しかし、殿下から毒の半分以上を吸収した
淡々と状況を説明しながら止血された傷口から魔力を流し、毒素の分析をはじめたレティシアに、ルーファスは畏怖を覚える。
書物で得た知識があったとしても、この判断力は並みじゃない。魔毒士でありながら、まるで卓越した医術者のようだ。
毒素の分析に集中するレティシアは、サイラスが
このまま解析をつづければ、いずれ解毒剤を構成することはできる。しかし
解毒剤を構成している猶予はない。つまり、サイラスを救う方法もまた、これしかなかった。智力の腕輪からヒギエアを呼び出したレティシアは、自分の右腕を差し出す。
その細腕に白大蛇が噛みついたとき、それまで見守っていたマルスは「そんなっ!」と声をあげ、レティシアと精霊を引き離そうと手を伸ばした。
守護精霊が守護者を攻撃するなんて、ありえなかった。しかしマルスを止めたのは、他でもない、噛まれた痛みに耐えるレティシアだった。
「大丈夫です。血清を受取っているだけですから」
「血清……抗体があるのか?!」
「はい、
サイラスの血中に、守護精霊以外の精霊が直接抗体をおくれるかはやってみないと分からないが、それを試している時間は当然ない。
魔力で抗体をおくれるレティシアを媒介させた方が、よほど早く確実だった。
レティシアを受け皿に、毒素の抗体となる『血清』をヒギエアから受取る。同時にサイラスの腕にある静脈の位置をさぐりあて、レティシアは魔力でゆっくりと血管内に注入した。
「血清の投与が終わりました」
固唾を飲んで見守っていたルーファスが、耐え切れずに口を開いた。
「た、助かるのか?! 殿下の容態は?」
「五分五分でしょうか。でも、これから生存率を8割にあげます」
「8割? それは、いったいどうやって──」
ルーファスが説明を求めようとしたときには、すでにレティシアの身体から光の魔力が溢れ、サイラスを包んでいた。