中和方法は、極めて単純だ。
まずはレティシアが、
それを毒に耐性のある蛇の精霊ヒギエアに移せば抗体が精製され、精気或いは霊力を媒介させて、
しかし、ヒギエアは気乗りしない様子で、二又に分かれた長い舌先でレティシアの頬を舐める。
『心配ダ トテモ強イ 毒ダ』
「心配してくれて、ありがとう。でも、これしか方法がないのよ。異物である毒は精気で吸収できないから、わたしの魔力で取り出すしかない」
抗体の精製に必要な毒素を集めてヒギエアに渡すには、一時的な受皿となるレティシアの身体が必要だった。
「大丈夫よ。わたしとヒギエアなら上手くいくわ」
レティシアから光の魔力が溢れ出す。
紺碧の瞳から、レティシアへと流れ込んでくる毒素。光の魔力で包んでいるとはいえ、背筋は一気に冷え、悪寒と痺れに襲われる。吐き気を覚えたときには、急激い視界が
──なんて強い毒
想像以上の猛毒に、五臓六腑が悲鳴をあげている。でも、ここで止めたら
ヒギエアが抗体を精製できるだけの毒素をなんとしても抽出しなければ……
前世、志半ばで途切れた毒素の研究。その使命を果たすために、わたしは転生したのだから。朦朧としながら、レティシアはもう一度大きく息を吸い込んだ。
毒素を吸収しつづけるレティシアの身体が、こらえ切れずに傾いていく。その身体を、そっと支えたのはヒギエアだ。
「ありがとう……」
レティシアは感覚がなくなりかけている右腕を差し出した。
抗体を精製するのに必要な毒素は、十分蓄積されたはず。
「さあ、どうぞ。遠慮なく噛んで」
あきらかに躊躇しているヒギエアに、息も絶えだえレティシアは催促した。
「わたしの身体にある毒から、1秒でも早く抗体を作ってね。
右腕に鋭い痛みを感じたのは一瞬。
そのまま、レティシアの意識は遠のいていった。
◇ ◇ ◇ ◇
次に、レティシアが目を醒ましたとき。
視界に広がっていたのは、風に揺れる
『紫の乙女よ』
波音のような心地よい声の持ち主は、真夏の海のような深い蒼色でレティシアを見つめていた。陽射しを受けた海面のごとく、キラキラと輝く美しい精霊が口を開いた。
『我を救ってくれた乙女よ』
「
『我の名は、セラフィアス。毒は消えた』
その言葉どおり、斑状に変色して皮膚は、美しい肌に戻っていた。
「……よかった」
「あれ、声が聞こえて……話せて……」
他者の守護精霊と意思の疎通ができている、こんなことって──
守護精霊と守護者の関係は1対1が大原則である。守護精霊の声が聞こえるのは守護者だけのはず……それに反して、
『紫の乙女よ、セラフィ―と呼べ』
しかも、ヒギエアのような機械音ではなく、より人間に近い抑揚のある声で、おそらく今、さらりと真名を告げたのではないだろうか。
固まるレティシアに、
『驚かなくていい。我は人間との関わりが長い。これだけ長いと精霊の
精霊の大原則など、どこ吹く風の高位精霊。
これはもう受け入れてしまった方がいいかもしれない。
信じがたいことではあるが、
「サイラス殿下の容態はどう?」
レティシアがいま必要とする情報を、得られるということだ。
守護精霊と守護者の間には、目に見えない繋がりがあり、離れていても互いの状態を感知できる。
セラフィアスは『うーん』と首を傾けると、淡々とした様子で云った。
『よくない。少し前の我より悪いな。アレは瀕死だ』
「瀕死ですって!」
『ああ、そうだ。もう、アレは無理だろう』
命の危機に瀕した守護者を『アレ』呼ばわりする守護精霊がいるなんて……セラフィアスは、かなり異色な部類に入る精霊だといえる。
精霊とは本来、守護者に対して独占欲や執着を見せるものだ。それを証明するかのように、レティシアに話しかけるセラフィアスを猛烈に威嚇しているのはヒギエアだ。
唸るだけではなく、さきほどからずっと伝説の高位精霊の頭をガブリと噛んでいる。白大蛇にいまにも丸呑みされそうな
レティシアは倦怠感が残る身体で立ち上がった。
魔獣の群れに向かっていったジオ・ゼアは、大丈夫かしら。
やけに静かな城壁から身を乗り出したレティシアは、眼下に広がる光景を目にして、「さすがね」半ば呆れ気味に、胸を撫でおろした。
体力を回復するため、お手製の丸薬を一粒
さあ、サイラス殿下の元に急がなければ!