目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話



 一刻ほど前。



 トラキア国王の即位30周年を祝う式典は、つつがなく進行していた。



 あと、もう少しの辛抱だ──そう、サイラスが思ったときだった。



 突如、王宮に鳴り響いた警鐘。それから数分の猶予もなく、会場となっていた大広間には複数の魔獣が飛び込んできた。



 広間が大混乱に陥るなか、サイラスとルーファスは、数匹の魔獣を引き連れながら、悠然と歩いてくる女に気が付いた。



 消息を絶ってから2年。どんな生活をしていたのか、薄汚れたボロを纏い、異常なほど痩せこけた顔に、子爵令嬢だったころの美貌は見る影もない。



「殿下、お下がりください」



 さすがに他国の式典中に襲撃を受けるとは予想していなかったルーファスは、サイラスを背後に庇い、シモーネと相対した。



 やられた──



 この展開を考慮できなかった自身の不甲斐なさに頭を掻きむしりたい衝動に駆られていたが、起きてしまったものは仕方がない。



 ここで冷静さを欠けば、今以上に状況は悪化するだろう。周囲の状況に注意深く目を走らせたルーファスは、いつもの口調で話しかけた。



「お久しぶりですね。なんというか……2年ほどお見掛けしないうちに、ドレスの好みといい容貌といい、随分と雰囲気が変わったようで、確認させていただきますが、シモーネ嬢でお間違いないでしょうか。まさか、貴女も式典に招待されていたとは」



「相変わらず面白くないことを云うわね。もちろん招待はされていないし、オルガリア皇国の元子爵令嬢で間違いないわ。ルーファス卿は2年経ってもほとんどお変わりが無いようで、稀なる才子と聞いていたけど……天才も18過ぎれば只の人。そんな具合でしょうね」



「天才とは、ずいぶんと買い被って頂けていたようで。僕なんか、今も昔も、ただのネチネチ小僧ですから。それにしても、御令嬢も随分と猫を被っていたようですね。ああ、でも、その方がいいですよ。薄っぺらな腹の探り合いをする必要もありませんからね」



「まったく、昔から貴方のそういう口の減らなさが大嫌いだったわ」



「元子爵令嬢のこれ見よがしな色目には、僕も辟易してました」



「ずいぶんな妄想ね。貴方に使った記憶はないのだけど」



 この状況でよく互いを貶めながら、応酬し合えるものだ。



 サイラスは半ば呆れながら、自分たちを取り囲むようにグルグルと歩きだした魔獣たちを見て──ああ、絶対絶命ってヤツだな。



 懐に忍ばせていた短剣を握りしめた。



 ルーファスとシモーネが嫌味の応酬をしている間に、参加者たちの避難は終わった。



 大広間に残っているのは、魔獣に囲まれた自分たちと、その外側で足をガタガタさせながら剣を構えるトラキア国の兵士たち。



 それにしても、ここまでとは──



 今思えば、警鐘が鳴るのも遅すぎたと云える。



 この状況に、サイラスは呆れを通り越し、忌々しさを感じていた。油断していたこちらも悪いが、他国の王族を招いているというのに、この警戒心のなさは異常だった。



 高い山脈と断崖絶壁の海に囲まれた自然要塞を持つ最北の小国。トラキア国は、冬の寒さは厳しいものの、これまで他国から侵攻されることも、魔獣が出没することも極端に少ない、大陸でも指折りの平和ボケした国だと報告されていた。



 有事に備えるという認識が希薄で、そのため魔剣士も魔導士もほとんどおらず、王宮を護る兵士たちの鍛錬も実戦にはほど遠い状態だ。



 トラキア国入りした翌日、ルーファスは云っていた。



「領土も狭く不毛の地ばかり。豊富な産物も鉱物もなく、はっきり云って、地形云々よりも国自体に魅力がなさすぎることが、この国が平和でありつづける理由でしょうね。隣国ジハーダでさえ、攻め入る価値のない国と判断したのでしょう。ようするに、魅力値ゼロ国です」



 しかし、それこそがシモーネにとって最高の襲撃条件となったのだろう。



 手薄な警備に加え、自分たちも日頃より警戒心が低下していた。オルガリアから連れてきた護衛騎士たちを別棟の離れた場所に待機させてしまったのは、大失態だった。



 シモーネは、傍らにいるひと際大きな魔獣の背中を撫ではじめる。そして、ここではじめて、サイラスに話しかけた。



「殿下が、わたしを妃にしてくれていたらと、これまで何度も思いましたが……それはもう諦めました。だって隣国の王が、わたしを見初めてくれたんですもの」



「へえ、それは実に、おめでたいお話しですね」



 横から口を挟んだルーファスに気を留めることなく、シモーネは狂気じみた笑みを浮かべる。



「オルガリアを追われてから、ジハーダ王とは少し疎遠になっているけれど、サイラス殿下の首を手土産に持っていけば、すぐに妃にしてくれるわ」



「妃になる夢は、相変わらず捨てていないのですね。その志の高さだけは凄い! 僕には持てないなぁ~」



 やたらと煽るルーファスを無視したかに見えたシモーネだったが、薄ら笑いを浮かべたあと、ついに怒りを露わにした。



「さあ、お腹が空いたでしょう。そろそろ、ご飯の時間よ。金髪の皇子様を美味しく頂くといいわ。でも、その前に小うるさい蠅を始末なさい!」



 シモーネの命令に勢いよく飛び出した魔獣の牙は、一斉にルーファスへと向かった。







コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?