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第3話



 周囲の誤解をなお一層深めたサイラスは、のらりくらりと理由をつけて皇太子妃候補の選定を見送ってきたのだが、ここにきて、いよいよもって逃げられない状況に追い込まれていた。



 今回の祝賀式典への出席も、「どうか、我が国のラーラ王女殿下と懇親を」と再三に渡るトラキア側の要望を無視できなくなり、式典の『ついでに』という形をことさら強調して、王女が主催する式典前日の茶会へ参加したのだが……



 相手は、そうは思っていなかった。



「サイラス殿下、どうかラーラと呼んでください」



「いや、それは……」



「では、夜だけでも」



「昼も夜も遠慮します」



 豊満な肉体をこれでもかと強調してくるドレスを纏った王女は、サイラスがもっとも苦手とするタイプだった。



 やたらと身体を押し付けてくるラーラ王女との攻防をなんとか笑顔で乗り切ったサイラスは、さきほど客室に逃げ帰るなり、疲労で崩れ落ちたのだった。



 ダメだ──安らぎも癒しも、何ひとつない。



 紫水晶のように澄んだ瞳で、「殿下、お疲れですか?」と優しく声を掛けてくれる彼女が、無性に恋しくなった。



 彼女が与えてくれる癒しが、今こそ必要だった。



 トラキア国王の即位30周年を祝う式典は明日。明後日までの滞在予定を繰り上げ、式典が終わりしだい出国しよう。



 そしてノースフォークの町へ立ち寄り、彼女の任務が終わるの待って、今度こそ自分の本当の気持ちを伝えよう。



 決意を固めたサイラスが命の危機に瀕したのは翌日──



 その式典の最中だった。




◇  ◇  ◇  ◇




トラキア王国で式典がはじまった、ちょうどそのころ。



隣町ノースフォーク郊外で、石碑の調査、解読をしていた特務隊は、



「ほらな、調査なんて必要なかったじゃないか」



 上級解読士のトーマスが、口を尖らせて文句を云っていた。



 太陽が昇りはじめた早朝から任務に向かった一行だったが、結果から云うと、石碑はただの史跡のようなものだった。



 ひとまずジオ・ゼアの浮遊魔法で泉の中央まで連れて行かれたトーマスは、間近で石碑を見るなりガックリと肩を落とし、レティシアたちの元に戻ってくるなり文句を云いはじめたのだ。



「古代遺跡によくある神様信仰だ。創造神アウレリアンとオルガリア皇国の主神アシドフィルスに、怒りをお鎮めくださ~いってお願いしている」



 今から数千年ほど前、周辺の山々で頻発する火山活動を神の怒りだと捉えた人々は、怒りを鎮めてもらおうと建立したのが、この石碑だという。



 ちなみに、古代遺跡はなく、神秘の石碑に護られた宝物殿もなかった。



 石碑の裏側に記された古代語を解読したトーマスによると、昔話にあった『太古の宝』とは、火山活動によって噴出した温泉水のことで、当時は万病を癒す神秘の泉と呼ばれていたそうだ。



 しかし、その後もつづいた火山活動により、地層から強酸性の地下水が湧き出し、現在のように石碑を囲うように泉ができた──というのが史実らしい。



 レティシアが泉の水を解析したところ、たしかに強酸性の水質で、加えて石碑に近い水面からは、微量ながら有毒ガスが発生していた。



 これで泳いで逃げようとした獣の肉が溶けた理由が判明し、自然現象以外の何ものでもないと結論づけられたところで、エディウスが近くの木を伐採し、あっという間に杭をつくる。



 ジオ・ゼアが魔法で、泉を囲うように杭を打ち込んでいきさくをつくると、マルスが【泳ぐな、キケン!】の立札をドクロマーク入りで作り、あとはアイリスが凍土魔法で柵と立札を固定したら、任務は完了した。



 そうして午後には、ノースフォークの町に戻ってきたのだが、ちょうど土埃をあげながら町に駆け込んでくる騎馬隊と鉢合わせする。



 彼らは皇太子直属の近衛騎士隊だった。先頭にいた大柄な騎士の背後から落馬する勢いで降りてきたのはルーファス。これまで目にしたことがない必死の形相で、声を荒げた。



「全員、トラキアの王城へ急げ! 魔獣が襲来して、殿下が毒に侵された!」



 騎馬隊の先導を受け、全速力でトラキア王国に向かう最中。



 荷馬車に乗り込んできたルーファスから聞かされたのは、レティシアがこの数カ月、恐れていたことだった。







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