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第1話



 季節は過ぎ、レティシアは17歳となった。



 魔毒士となって4年目。周囲の期待に応えるように、めきめきと頭角をあらわしている。

 同じく4年目になるエディウスは、昨年の暮れに一足早く上級魔剣士となった。



 またもや史上最年少記録更新となり、守護する火焔の精霊がいつ聖獣化するのかと、特務機関の幹部たち、とくに魔剣士長は首を長くして待っている。



 春風が心地よい日の朝だった。



 特務機関本部の専用厩舎前に揃ったのは、ジオ・ゼア、アイリス、エディウスにマルス、そしてレティシアだった。



 アイリスはうんざり顔だ。



「また、このメンバーなの……もう1年中、アンタたちと顔を合わせてる気がする。ああ、たまには、わたしとレティシアちゃんだけの心躍るような任務に行かせてくれないかしら!」



「それは僕のセリフだよ。毎回、こぶが3つも付いてくるなんて……ああ、可愛い義妹とふたりで遠征に行きたいなぁ」



 そう云って、レティシアの頭を優しく撫でるのは、この2年で、右肩上がりに過保護になっていくジオ・ゼアだ。



「おい、そこ! 離れて! 頼むから、エディウス君を煽るような言動は控えてくれ。心地よい春風が熱風になるから」



 昨年、上級魔毒士に昇格したマルスが、火焔の魔剣士をわざとらしく煽る特級魔導士に苦言を呈した。



 アイリスが云うように、同じ顔触れの遠征隊による任務が、ここ最近ずっとつづいている。



 なぜなら、通常であれば20人以上の大編成を組まなければならない最高難易度の任務が、特級魔導士、上級魔剣士2名、上級魔毒士、回復士を兼任できる魔毒士の計5名で、ほぼ毎回遂行可能だからだ。別名『特務隊』。



 遠征費も人員も節約できる少人数部隊を、特務機関が使わないワケはなく、毎度同じ顔触れでの任務遂行が、ここ1年ほどつづいている。



 しかし、本日の任務に限っていえば、もうひとり追加されたメンバーいた。重そうな鞄を引きずるようにやってきて、さっきから溜息ばかり吐いているのは、トーマス・ワーナー上級解読士。



「ああ、嫌だ。こんな怪物じみたやつらと遠征に行くなんて、命がいくつあっても足りない。俺は遠征が嫌で解読士になったっていうのにさ……」



 いつもの顔ぶれに解読士トーマスを加えた特務隊は、北へと向かう。エディウス、アイリス、ジオ・ゼアはそれぞれ軍馬に騎乗し、残りの3人は荷馬車に乗り込んだ。



 今回の任務は、古代遺跡で発見された石碑の調査、解読。



 依頼書によると、畑を荒らす猪を駆除するため山へ入った猟師が、古代遺跡の洞窟へ逃げ込んだ一頭を追いかけていくと、そこで神秘的な光景を目にした。



 洞窟を抜けた先にあったのは、太陽の光を反射する美しいエメラルドグリーンの泉。その泉の中央から空に向かって聳えているのは、巨大な石碑だった。



 御影石のように滑らかな面に彫られた絵柄の多くは、色彩豊かな装飾が施されている。



 芸術には疎い猟師ですら、これが素晴らしいものであることは直感できた。



 もっと近くでみたい──そう思った猟師が泉に足を踏み入れようとしたとき、水面にプカリと浮かんできたのは、追いかけてきた猪の成れの果てだった。



 体毛も肉も、頭部を除いてほぼ溶けて骨が剥きだしになっている。唯一原型を留めている頭部を見たとき、日々獣を相手にしている猟師にはわかった。



 絶命の瞬間、この獣がいかに苦しみ悶えたか。おそらくその苦しみは、銃器で急所を撃たれて命絶えるときの比ではないだろう。



 血色になった目と異様に垂れ下がった舌は、黒く変色していた。



 毒だ──



 猟師は確信する。



 昔、毒を持つ魔獣に襲われた鹿の死骸を森で見つけたことがある。目の色、変色した舌、苦悶に満ちた表情といい、ふたたび水中に沈んでいった猪の頭部は、あのときの鹿とそっくりだった。



 石碑があって、毒の泉がある光景に猟師は既視感を覚えた。



 こんな昔話があった。



 『古代遺跡の地下深く、神秘の石碑に護られた宝物殿がある。毒の泉を越え、石碑の封印を解呪した者は、太古の宝を目にするであろう』




◇  ◇  ◇  ◇




 ガタゴトと荷馬車に揺られること1日半。



「宝物殿なんて、本当にあるのか怪しいよな。石碑の絵図だって誰かがそれらしく描いただけかもしれない。わざわざ調査に行く必要ある?」



 気乗りしていないトーマスの愚痴はつづく。



「万が一、石碑が宝物殿への入口だったとして、もしもいにしえの巨大魔獣なんかが待ち構えていたら……ああ、想像しただけで恐ろしい。俺、解呪したくない」



 荷馬車の手綱を握りるマルスは呆れ顔だ。



「いい加減あきらめろ。不測の事態に備えて前衛の3人がいるんだから。ほら、もう見えてきた。ノースフォークの町だ」



 山をいくつか越え、ようやく見えてきた白と橙色の街並み。



 オルガリア皇国の北方に位置するノースフォークは、商隊が行き交う北の街道沿いにあり、宿場町として栄えている。



 石碑の存在があきらかになってからというもの、宝を手にして名を上げたい若手冒険者たちが連日訪れ、町の宿屋は大繁盛らしい。



 しかし、無謀にも毒の泉に飛び込んだり、毒を吸い込んで瀕死になる者が続出し、町から「なんとかしてくれ」と特務機関に依頼があったというわけだ。



 今夜は宿をとり、石碑周辺の調査は明日の朝からとなっている。



 にぎやかな町に入り、レティシアはふと思い出した。



 ノースフォークからそう遠くない場所にある北の同盟国トラキア。国王即位30周年を祝う式典に参加するため、皇太子サイラスが訪問していることを。



 今回の訪問目的は、それだけではない。皇太子妃候補になるのではと噂されているトラキア国王女との顔合わせがあるのだ。



 魔鉱石の鉱山の全採掘権を得たオルガリア皇国は、いまや大陸一裕福な国家になりつつあった。



 皇位継承権第一位でありながら、いまだ未婚のサイラスには、縁談の申し込みが国内外から殺到している状態で、現在、だれが皇太子妃の有力候補になるのかと、大陸中の注目が集まっていた。






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