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第11話




 ◇  ◇  ◇  ◇  




 それから数カ月後。



 利害が一致したオルガリア皇国とジハーダ王国の不可侵条約は、国境沿いにある神殿で最終調整がなされ、同時に調印式が行われた。



 国境問題が平和的に解決されたことを受け、お祝いムードが高まると各地で祝祭がはじまった。



 首都アシスにある皇宮では、条約締結に貢献した功労者に対して、皇帝より褒賞が与えられることになり、皇太子暗殺計画の汚名を背負い、長らく密偵としてジハーダ王国に潜入していたジオ・ゼアには、特別功労賞が与えられることになっている。



 宰相であるトライデン公爵は、特務機関に復帰したジオ・ゼアを事前に呼び出すと、予定されている褒賞の候補をあげた。



「とくに希望がなければ、給金1年分の褒賞金と手頃な城が付いた領地と爵位でいいか? 魔導騎士の名誉爵位なんかはオススメだ」



「騎士じゃないから、そんなのいらない」



「じゃあ、準男爵とか?」



「爵位も領地も金も入らない。そもそも、僕は希望がないとは云ってないよ」



「めずらしいな。いつも何も欲しがらないくせに……今回は希望があるのか?」



「僕が欲しいものはひとつだけ。もし叶えてもらえなかったら、もう金輪際、公爵の手足となって動くことはない。あと、現在進行中の計画からも足抜けするつもりだから」



「お前はそうやって、すぐに俺を脅す。まあ、あれだ……とりあえず云ってみろ。お前の希望とやらを」



 不敵な笑みを浮かべたジオ・ゼアが「僕の希望は──」と要望を告げた。



 その翌日──



 トライデン宰相の呼出しを受け、皇宮を訪れたローラ・ロザリアンヌ・スペンサー女侯爵は、



「どうか、頼む! このとおりだ! 皇国の未来がかかっているんだ」 



 宰相の執務室に入室するなり、頭を下げられた。



「宰相閣下、顔を上げてください。条約の締結も無事に終わったというのに、いったい何があったのですか」



「聞いてくれ、侯爵。この皇宮には、次から次へと俺に難題をふっかけてくるヤツらしかいない。なかでも、今回のヤツは1番たちが悪いんだ」



 本気で頭を抱えているトライデン公爵を前にして、ローラは首をかしげる。



 この宰相閣下を脅せる人間など、そうそういないはずだが……



「ああ、どうしたらいい。俺には『闇の聖印』持ちに脅されつづけ、『大地の聖印』持ちに命を狙われつづけるという、恐ろしい未来しか見えないよ」



「何があったかは知りませんが……それはもう、死んだも同然ですね」



「…………」



 少しは同情してくれるかと思ったのに、話しを聞く前からバッサリと切り捨ててきた女侯爵。名門トライデン家の当主は、泣き落とし作戦に本腰を入れた。



 夕方──



 スペンサー侯爵家の家紋がはいった美しい馬車が、皇宮の外にでてきた。



 街中を駆ける優美な馬車を目にした人々は、羨望の眼差しを向けていたが、目隠しがされた車内では『オルガリアの華』と呼ばれる女侯爵が、紫髪を掻きむしりながら奇声をあげていた。



「ったくもうっ~! どいつもこいつも、わたしにどうしろっていうのよっ!」



 首都アシスに木枯らしが吹き荒れる。



 皇宮の地下牢では、式典の準備と並行するように、『皇太子暗殺計画』を画策したとして拘束されたスフォネ子爵夫妻の取り調べが佳境をむかえていた。



 特定の貴族に便宜を図り、私腹を肥やしていた外交部の高官たちも拘束されが、別邸タウンハウスから忽然と姿を消した子爵令嬢シモーネの消息は、100人以上の捜索隊を動員したにも関わらず、杳として知れなかった。



 さらに1か月後──オルガリア皇国では、条約の締結と国境の平和を祝う式典が盛大に行われた。



 皇宮の大広間では、功労者への褒賞授与式がはじまり、漆黒のローブで正装したジオ・ゼアが立ち並ぶ姿に、レティシアの胸は熱くなる。



 一時は特級魔導士の地位を捨ててまで皇国に貢献したジオ・ゼアは、今や皇国内で父ゼキウスと同じくらい英雄視されている。



 ふたりとも平民出身であり、同じく聖印持ちという共通点が、民衆の心を掴んだ。



 お祝いムードの式典がすすみ、功労者たちへの褒賞目録が、次々と発表されていく。



 最大の功労者である若き天才魔導士には、いったいどれほどの褒賞が与えられるのかと、参列者たちの関心が傾くなか、発表された目録は──



「特級魔導士ジオ・ゼア殿への褒賞は、本人たっての希望により、スペンサー家との養子縁組を結ぶことである。皇帝陛下はこれを了承し、スペンサー家当主ローラ・ロザリアンヌ・スペンサー女侯爵も~」



 ざわめきが起きる大広間で、淡々と読み上げられる褒賞。



 鬼の形相で聞いているのは貴族席にいるゼキウス、ロイズ、一段高い皇族席にいる皇太子サイラスだった。



 特務機関に割り当てられた2階席に座るレティシアはというと、まさしくビックリ仰天で、「養子縁組って……」目を見開くばかり。



 となりに座るエディウスは、下唇を強く噛み、両膝に置いた拳を震えるほど握り込む。



 アイツが、レティの家族になるだと……ふざけるな。



 こうでもしないと漆黒の魔導士に向けて、2階席から最高出力の火焔魔法を放ってしまいそうだった。



 華やかな式典が閉幕したのは夕刻すぎ。



 首都アシスの一等地にあるスペンサー家の別邸タウンハウスでは、新たな家族を迎え入れた一家が、一堂に会していた。



 この空気、悪すぎ……



 満面の笑みを浮かべているのはジオ・ゼアだけで、母ローラはお疲れ気味、父と兄は云うまでもなく、鬼の形相のままだ。



 父と兄が絶対に反対したであろう養子縁組の件は、遠征任務中のレティシアが屋敷を留守にしている間に、数日かけて母ローラが説得したそうだ。



 相当な労力を費やしたのは間違いない。



 今日の今日までレティシアに知らされなかったのは、ただただ母と使用人たちが、父と兄をこれ以上、刺激したくないが為。



 しかし、そんな周囲の苦労も、この場の空気の悪さも、一切気に留めない男がいた。



「今日からスペンサーを名乗ることになりました。よろしくね。お義母かあさん、お義父とうさん義弟妹きょうだいたちよ」



「お、お、おとうさん、だと―ッ!」



 案の定、堪えに堪えていたゼキウスの魔力が大きく揺らぎ、激しく軋みだした空間を、



「あはは、まったく世話が焼ける、お義父さんだなあ」



 ジオ・ゼアの闇の魔力がすかさず相殺し、均衡を保った。



 聖印持ち同士の無駄な魔力の鍔迫つばぜり合い。こんな光景は、ここでしか見られないだろう、とレティシアが思った次の瞬間。



『剛腕の腕輪』を付けた母ローラの鉄拳が、父の後頭部に炸裂していた。



「落ち着きなさい! 屋敷を破壊する気?! ジオ・ゼアが家族になることは、すでに了承したことでしょう。いまさらガタガタ云わない!」



 堅木の重厚なダイニングテーブルにめり込んだ父ゼキウスの顔面。しばらくは、こんな日がつづきそうだと、レティシアの顔が引き吊った。








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