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第7話



「ここだけの話しだけど」



 絶句するレティシアに、さらなる衝撃がもたらされる。



「ジハーダ王は長らく夜の生活に問題を抱えていたらしい。まぁ……アレだよ。アレ、分かる? 男性機能的な問題ってヤツ」



「…………」



 ノーコメントだ。



「お嬢さんには難しいかな。シモーネはここで、ジハーダ王のお悩みを解決するべく色々していたらしい。定期的にジハーダ王が通っていたことを考えると、それなりに成果がでていたのかもしれない。え~と、分かるかな? 色々って分かるよね?」



 分かっているけど、答えたくない。



 如何わしい空気が漂う穴を覗きながら、レティシアが無言を貫いている間にも、発光石は遊戯部屋をせわしくなく飛び回っていた。



「ちょっと探し物をしているんだ。トライデン公爵に頼まれてね。いわゆる、交渉の手札カードってやつを……」



 そんな気がしていた。



 狭い空間を何度も旋回し、上昇下降を何度も繰返していた発光石が、空中で停止し、点滅をはじめる。



「ああ、あれかな」



 さすがに降りていく気のないジオ・ゼアは、油燈會ランタンを釣り上げたときと同じ要領で、指先から魔力の影をスルスルと伸ばしていく。そうして釣り上げたのは——薄紅色の手帖。



「それは?」



 目の前でユラユラしている手帖についてレティシアが尋ねると、パラパラと頁をめくっていた魔導士の顔が、心底嫌そうに歪んでいった。



「日記。調教日記というか……治療日記というか……まぁ、そのアレだよ、アレ。何をどうしたら、どれくらい効果があったとか。どんな反応をしたかとか。え~と、興味があるなら読んでみる?」



「あるわけないでしょっ!!」



 そんなの絶対に読まない!



『遊戯部屋』の入口を元通りにふさぎ、階段を上がったレティシアとジオ・ゼアは、出口となる格子扉から外の様子を覗う。



 数台の荷馬車が停まっている闇取引の現場は荒れていたが、争う声は聞こえず、すでに急襲劇は終わっているようだった。



「ああ、恐ろしい、アレは鬼だ……」



「いや、悪魔集団だ……」



 戦意を喪失した者、茫然自失となって震えている者たちが点々としている。



「ほら、立って。もう将軍はいないし、盗賊団もいないんだから、そんなに震えなくても──」



 なんて云いながら、闇取引の現行犯たちを後ろ手に縛っているのは、ゼキウスに同行していた騎士と伝令役だった。



「あのー、おつかれさまです」



 遠慮がちな声に振り返った騎士は、



「レティシア様っ! 魔導士殿!? いったいどこから……」



 いきなり姿を現したレティシアとジオ・ゼアに驚いた騎士は、目をぱちくりさせている。



「ゼキウス将軍と合流したのでは?」



 走り寄ってきた騎士に「じつは……」とレティシアは、ここに至った経緯を説明した。



「そういうことでしたか」



 納得した騎士は、レティシアがスフォネ子爵家に向かったという報せを受けたゼキウスが、「なぁにぃ! あのクサレ魔導士と一緒にだとっ!」と吠えながら、盗賊団役の冒険者たちを引き連れながら、鬼の形相で子爵家に向かっていったと教えてくれた。



「おかげでこっちは人手不足でして……全員を拘束するのには、もう少しかかりそうです」



 伝令役にジオ・ゼアが流し目をおくる。



「キミ、あの脳筋将軍に『こなくていいって』ちゃんと伝えてくれた?」



 国一番の特級魔導士に冷たい目をむけられ、サァーッと顔色を悪くした伝令役がコクコクと頷く。



「走り去っていく将軍閣下の背中には、きちんとお伝えしました!」



 その答えに大きな溜息を吐いたジオ・ゼアは、また指先から闇の魔力をスルスルと伸ばし、地面に点々と転がったままの男たちをあっという間に魔力の縄で拘束すると、浮遊魔法で空中に浮かせた。



「お嬢さん、仕方がないから僕たちも戻ろうか。キミたちも行くよ」



 騎士の軍馬を奪ったジオ・ゼアは、レティシアを前に乗せ、馬の腹を蹴った。



 レティシアの頭上から悲鳴が聞こえる。



 魔力の縄で拘束され、まるで風船のように宙に浮かされた男たち。風圧にあおられ、互いに激しく身体をぶつけ合いながら、かな切り声をあげていた。



 闇取引の現場に放置しておくわけにはいかなかったが、連行、移送の仕方としては最悪だ。



 ジオ・ゼアほどの魔導士なら、もっとマシな方法で運べるはずなのだが、



「悪い取引をしていたヤツらだからね。これくらいは罰として当然だよ」



 性格の悪い魔導士はニヤリと笑って、さらに馬を加速させた。



 スフォネ子爵家の城館が見下ろせる丘まで戻ってきたときだった。



「どうなってるの!?」



 遠目からも分かる、その変わり果てた様子にレティシアは思わず叫んだ。



 ここに至る道すがら、夜空に向かって立ち昇る煙には気が付いていた。しかし、まさかこれほどまでとは──はっきりいって、ボヤどころの騒ぎではなかった。



 城館は屋敷の半分が黒焦げの状態で、3階部分は屋根が吹き飛び、骨組みの状態になっている。正面の入口にいたっては、ほぼ倒壊していた。



 どうしてここまで……



 たしかに油燈會ランタンの火が『隠し扉』に燃え移ったけど……



 全壊寸前の屋敷を目にして、レティシアは首を傾げる。周囲にあれだけの人がいたのだ。ここまで燃え広がる前に、消し止められなかったのだろうか。






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