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第2話



「痛え……」



「アンタも懲りない男ねぇ」



 腹を押さえながら円卓についたガイウスを呆れ顔を向けるロゼッタに、レティシアは「どうぞ」と薬草茶をだした。その際、そっとガイウスに触れて、回復魔法をかけてやる。



 痛みがサッと消え、感動した大男は、



「レティシアちゃん……なんて優しいんだ。回復魔法もますます上達して……ウウッ」



 また泣いた。



 天幕に現役冒険者ふたりが現れた理由は、すぐにゼキウスから説明された。



「この2人を加えた馴染みの冒険者たちに、闇取引直後の荷馬車を襲ってもらう。腕の立つ護衛が何人かいるかもしれないが、まぁ、大丈夫だろう。そして、荷馬車が奪われたところで、偶然通りかかった俺が助けてやり、荷馬車に積まれた媚薬をたまたま発見する――という段取りだ」



 なるほど――と云いたいところだが、一国の将軍が偶然通りかかるって、そんな上手い話しでいいのだろうか。



 レティシアの心配をよそに、話しはまとまっていく。



「よぉ~し、頑張るぞ! 極悪非道な盗賊のかしらを演じて、大暴れしてやるぞ!」



「アンタは元々悪人面なんだから、演じる必要ないんじゃない」



「ガイウス、ロゼッタ、頼んだぞ。レティシアの任務成功がかかっている。荷馬車を襲うタイミングは2人に任せるから、殺さない程度にやってやれ」



「まかせて! カワイイ愛弟子のためですもの。こう見えてワタシ、支援魔法も得意なのよ。攻撃力増幅ブーストかけて、闇取引なんかするヤツはコテンパンにしてやるわ」



「いいね、オネエさん。その調子で、将軍もコテンパンにしちゃいなよ。僕も上から闇魔法で加勢しようかな」



「えっ、本当に! アナタ闇使いなの? あら、やだ、メチャクチャ強そうじゃない~」



「はじめまして。魔導士のジオ・ゼアです。この際だから、共闘して将軍を倒してしまおうか。不慮の事故ってことで」



「いいわねえ~」



「なんだと! このクサレ魔導士がっ!」



 ジオ・ゼアが話しに加わり、円卓は大いに盛り上がった。





  ◇  ◇  ◇  ◇





「アンナマリー、入っていいか?」



 騒々しい作戦会議の途中、「身体を休めるように」と小さい天幕に押し込まれ、強制的に仮眠を取らされていたレティシアは、父ゼキウスの声で目を開けた。



「はい、父さま、どうぞ」



「どうだ、ゆっくり眠れたか? 疲れ具合はどうだ?」



 襲撃作戦前に熟睡できる神経は、さすがに持ち合わせていないが、これ以上の気遣いは遠慮したい。



「だいぶ楽になりました。作戦の詳細は決まりましたか?」



 レティシアが席を外してから、本幕では細かな打ち合わせがされたにちがいない。



「ああ。安心してくれ。ガイウスとロゼッタたちに任せておけば大丈夫だから。ついさっき情報が届いて、荷馬車3台がスフォネ家を出たそうだ。予定どおり、取引は夜11時頃だろう」



「そうですか」



 天幕を出ると、太陽は沈み、周囲は夜の闇に包まれていた。



 心地良い夜風が吹き抜けるなか──



 うわ、すごい。本格的だわ。



 気合が入った出で立ちで待機する盗賊役のガイウスとロゼッタを見つけた。



 ふたりとも黒布で口元を隠し、ガイウスに至っては治ったはずの右眼に眼帯までしている。



 天幕から出てきたレティシアを見つけるなり、



「レティシアちゃん! 少し早いけど下見がてら、そろそろ出発するよ。それじゃあ、またあとでなぁ~」



 大きく手を振ってきて、ひらりと馬に跨がった。



「さぁ、者ども! ついてきなさ~い!」



 若干乙女よりな雄叫びをあげたガイウスは、10人ほどの覆面襲撃隊を率いて、さっそく飛び出して行く。



「ったく、めちゃくちゃ張り切って、あの乙女系戦士は……」



 置いていかれたロゼッタは、ブツブツ云いながら馬に跨がると、



「それじゃあ、カワイイ弟子はイイ子で待ってるのよ♡ いってきま~す」



 かなり大胆に切れ込みが入ったスリットから美脚をのぞかせつつ、こちらも10人ほどの覆面部隊を引き連れ、土埃をあげながら夕闇へと消えていった。



「それじゃあ、父さまも行ってくるな。アンナマリー、嫌かもしれないが、そこのクサレ魔導士を置いていく。何かあったとき、居ないよりは役にたつはずだ」



 愛娘の頭をデレ顔で撫でながら、となりに立つジオ・ゼアをギロリと睨んだゼキウス。



「わかっているだろうな。オマエは、ここで、俺の大事な娘アンナマリーに危険が及ばない限り、微動だにするな。口を開くなよ」



「そんなの無理だ。だって、お嬢さんとは積もる話しもあるしさぁ」



「ない! オマエとアンナマリーに、そんなものあるわけないだろっ!」



「それがさぁ、あったりするんだよねぇ。まぁ、いい機会だから、子離れしたら?」



「斬る! 叩き斬ってやる! 大地の怒りを思い知れえぇぇ!」



「だからさ、娘の前でそんなことしていいワケ? だぶん嫌われるよ」



 そこから、ギャアギャアとやり合うふたりの間に、恐る恐るといった感じで、随行してきた騎士が声をかける。



「閣下、そろそろ出立した方が……」



「わかっている! くそうっ、行きたくない! でも、アンナマリーの任務のためなら、父は火の中、水の中、たとえどんなに危険な場所だろうとも——行ってくる!」



 喚きながら父ゼキウスは、お目付け役に騎士をひとり残して、作戦配置につくべく馬で駆けて行った。



 一気に小さくなっていく背中に、ジオ・ゼアがぽつりと云う。



「あの将軍に危険な場所なんてあるのかな。業火の中でも、濁流の中でも、全然問題ないよね」



 皇宮から伝令がきたのは、そのあとすぐだった。



「報告します。ルーファス卿より、スフォネ子爵家での任務を急ぐようにとのことです。子爵が城館に帰還中。到着は午後10時です」



「嘘でしょ!」



 レティシアは思わず叫んだ。



 時刻は、午後9時になろうとしていた。







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