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第1話



 レティシアとゼキウスが、暗号に指定されていた『N3610E1044』の地点、つまり『北緯36度10分、西経104度4分』の国境付近に到着したのは、媚薬の闇取引が行われる日の午後だった。



 ルーファスの推測では、



「これまでの情報によると、闇取引の多くは暗号に指定された日の夜11時前後です。それまでに現地で密偵のジオ・ゼアと合流し、取引阻止の作戦を立ててください」



 ということだったので、なるべく早めに合流したいと思っていたレティシアだったが、夜通し走らせていた馬の背で、急に自分の背中が温かくなったのを感じた。



「こんばんは、お嬢さん」



 その声に驚いて振り返ると、どこから降って湧いたのか、後ろには黒衣の魔導士ジオ・ゼアが騎乗しているではないか。



「なっ──!」



「疲れたでしょ。ここからは手綱を僕に任せて、お嬢さんは少し休むといい」



 驚愕するレティシアの腰に、ジオ・ゼアの手が回った。



「驚いた顔もカワイイね。やっぱりお嬢さんの傍は居心地がいい──っと!」



 ニコニコしていたジオ・ゼアが、めずらしく慌てたように闇の魔力を発動させる。



影刃シャドー・タガー



 影が刃となり、前方から飛んできた石塊が粉々になった。



「キミのお父さんは、危ないなあ。でも、正確に僕だけ狙って投げてくるところは流石だね。ああ、将軍、こんなところまでノコノコと……お疲れさまです。もう帰っていいですよ」



 余裕を取り戻したジオ・ゼアと併走するのは、ついさっきまで先頭を走っていたゼキウスだった。



 鬼のような形相で叫ぶ。



「このクサレ魔導士がぁぁあ! 俺の娘から離れろぉぉぉ!」



 そこからオルガリア皇国が誇る『聖印持ち』ふたりは、騎乗する馬の馬体ギリギリの幅をキープ。



「アンナマリーを返せぇぇ~!」



「イヤだよ。だって、走ってるから危ないでしょ」



「だったら、止まらんかぁぁぁ!」



「いやぁ、それはどうかな。早く目的地に着かないといけないしなぁ」



「ジオ・ゼア! 今日という今日はっ! 貴様の首を狩ってやる!」



「やめなよ。カワイイ娘の前で、そんな血なまぐさいことするの?」



 嗚呼、五月蠅いわ……



 競り合いながら軍馬を走らせる男たちが騒がしくて、とても休める状態ではないレティシアだった。



 闇取引が行われる地点が見下ろせる場所に、騒がしく到着した一行。レティシアは早々に、周囲一帯に防音魔法を施した。



 そんななか──



 嬉々として娘の護衛をつとめる将軍に随行してきた直属の精鋭騎士2名は、いま必死に野営用の天幕を張っていた。



 地盤はさほど硬くないが、冬が間近の山間の岩場には冷たい風が吹き下ろしてきている。頭上を遮るものがないせいで、夏場より低い位置を通過する太陽の光が眩しいという、なかなかの難所での作業となっていた。



 すぐ横では、岩場にレティシアを座らせ、その左右に陣取った『大地の聖印持ち』と『闇の聖印持ち』が睨みをきかせている。



 急げ、急げ、と互いに目配せをする騎士たち。



 天幕を張りはじめてすぐに「手伝います」と声をかけてきた可憐な令嬢に、ポッと頬を赤らめたのも束の間。恐ろしい殺気が飛んできた。



 殺気だけではない。いつも以上に厳しい口調の将軍は、首筋にある聖印を、これでもかと緑色に光らせた。



「オマエたちが、ノロノロしているからだぞ! さっさと張らんか。アンナマリーが日に焼けたらどうする! ふたりとも灼熱の太陽で、天日干しにしててやるぞ!」



「ほらほら、震えてないで早くしてよ。お嬢さんが気を遣ってしまうでしょ。あと10分以内に完成しなかったら、影の鞭でお尻叩きの刑だよ」



 そんなことを云いながら左手の甲にある『闇の聖印』から影を生み出し、レティシアの頭上に日陰をつくってやる。



 かつてない緊張状態のなか。ふたりの騎士はなんとか制限時間内に、やり終えたのだった。



 完成した天幕は大小2張りあり、大きい方は作戦会議用、小さい方がレティシアの仮眠用らしい。



「別に、わざわざいらないけど」



 設営の時点で断ろうとしたレティシアだったが、父ゼキウスは断固として譲らなかった。



「ダメだ、ダメだ。あのネチネチ小僧の話しでは、アンナマリーはトンボ返りの任務だというじゃないか。酷い話しだ! 俺の大事な娘が体調でも崩したら、あの小僧と一緒に金髪バカも、執務室の外に宙づりにしてやる!」



 仕方がない。サイラス殿下とルーファス卿の身の安全のためにも、ここは受け入れた方が良さそうだとレティシアは判断した。



 大きな天幕では、さっそく作戦会議がはじまろうとしていた。円卓を囲むのは、ゼキウスとジオ・ゼア、レティシアの3人だったが、用意された椅子はあと2脚ある。



 ゼキウスの後ろに控えた騎士たちが座る様子もなく——誰か来るのかしら、とレティシアが思ったところで、天幕の外から声が聞こえた。



「あった、あった、ここだ! おい、ロゼッタ~! 早くしろ~! お~い!」



「うっさいわね! 聞こえてるからっ! アンタみたいな筋肉ダルマといっしょにしないでよ——あら、この防音魔法は……わたしの愛弟子のものね。なんて完璧なのかしら。お邪魔しま~す」



 外幕を押し上げて入ってきたのは、レティシアの回復魔法の最初の師匠であるロゼッタと、筋骨隆々のスキンヘッドの大男ガイウス・ドレークだった。



「レティシアちゃん、久しぶりだなぁ! ウウッ、すっかり立派な魔毒士になって……さすが、俺の娘にしたい子ナンバーワン──ゴフッ!」



 涙ぐむ大男の鳩尾に、ゼキウスから電光石火の肘鉄が見舞われた。






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