「別の?」
苛立ちを隠さないエディウスに、わざとらしく肩をすくめてみせたルーファスは「ええ、そうですよ」と、薄紅色の
「今から、コレの
「えっ、俺?」
急に名前が出てきて驚くトーマスに向かって、ルーファスから指輪が飛んできた。
「お願いしますよ。元魔具士である貴方なら精巧な
「いや、それは現役の魔具士に任せた方が……」
「これ以上、事情を知る者を増やしたくありません。貴方が適任でしょう。できますよね?」
有無を云わせない態度のルーファスに、諦め気味のトーマスは「時間はかかりますよ」と断って、執務室に作業台を持ち込んで
「ということで、エディウス卿──」
「庭に落としてくるだけなら、他の者でもいいはずです。俺は、レティの護衛として付いていきます」
「はっきり云いましょうか。レティシア嬢の護衛なら、貴方よりもずっと、ずっと、ずぅ~~~っと、適任の方がおりますので」
これまでのやり取りを見ていても、性格は合いそうにないな、と思っていたレティシアだったが、ついに決定的な不和が生まれた。
「あ゛? なんだって?」
凄みをきかせるエディウスに、
「おや、聞こえませんでしたか? かわいそうに、若いのにすでに耳が遠いようだ。もう1度いいましょう。ア~ナ~タ~よりも──」
火に油を注ぐルーファスだった。
しかし、その日の深夜。
その顔は、しかめっ面以外の何ものでもない。
まさか、あの人がやってくるとは……
日中、皇太子サイラスの執務室で、性格のねじ曲がった側近と口論になり、一触即発の状況になりかけたときだった。
執務室の外がにわかに騒がしくなったと思ったら──ドドドドドドドドドッ!
地響きのような足音がして、扉を蹴破る勢いで登場したのは、
「アンナマリー!!」
史上最強の呼び声が高い元S級冒険者にして『大地の聖印』持ち。ゼキウス・セイン・スペンサー将軍閣下だった。
エディウスが知る限り、皇帝陛下と皇太子殿下の執務室に、入室の許可を求めずに立ち入っても、「まぁ、仕方ないか」で済まされるのは、おそらく閣下ぐらいなものだろう。
想定外すぎる人物の登場に、さすがのエディウスも唖然となった。
「アンナマリー! もう何も心配はいらない! 念願叶って、父さんがアンナマリーの護衛になることができたぞ! アンナマリーが行きたいところなら、どこへだって付いていく。邪魔するヤツは
貴方よりもずっと適任の方がおりますので──
そういうことか。
言葉を失ったエディウスをニヤニヤ顔で見ているのは、してやったりのルーファスだ。
「ゼキウス将軍、ずいぶんと来られるのが早かったですね。さっき伝令を送ったばかりなのですが。こちらは目の回るような忙しさなのに、軍部は暇なようで何よりです。ああ、それから、できれば扉を開ける前に、ひとこと声を掛けていただけるとありがたいですね。なぜなら、執務室では機密事項を取り扱っていることが多く──」
気分が良いのか、笑顔のままゼキウスの無作法について嫌味を云っていたのだが、今回ばかりは相手が悪かった。
「なんだ、ネチネチ小僧! ゴチャゴチャと、うるさいぞ! だからお前はモテないんだ。細かすぎて口うるさい上に、性格が悪い! いいとこナイなっ!」
レティシアとの会話を邪魔され機嫌が悪くなった将軍閣下は、魔力を含んだ鼻息でフン!
空気砲のような一撃を喰らったルーファスは──
ゴロゴローッ、ゴツン!!
カッコ悪く床を転がり、執務机の脚で後頭部を
後頭部を抑えて呻き声をあげるルーファスを見て、すこしばかり溜飲が下がったエディウスだったが──
レティシアの護衛を譲らざるを得なかったことには、悔しさと不甲斐なさを感じていた。
父であるトライデン宰相からは、
「まぁ、しょうがないだろ。ゼキウスとやり合うのは、まだ早い。ボコボコにされるのは、目に見えている。オマエだって嫌だろ。あの子の前で完膚なきまでに叩きのめされるのは」
それは正しいのだが、割り切れるほど大人にはなりきれていない。
エディウスの脳裏には、もうひとりの面倒な男の顔がよぎった。
黒髪に金の瞳。
皇国内で唯一、ゼキウス将軍に匹敵する強さを持つ魔導士もまた、『闇の聖印』持ち。
あの男が、レティシアを好ましく思っているのは間違いない。
ゼキウスが目の上のタンコブなら、黒衣の魔導士ジオ・ゼアは、あまりに厄介な
どちらも自分よりも遥かに強いというのが、悔しくてたまらない。
レティシアを護るのは、自分だけでありたい——その願いは、いつ叶うのか。
そのためには、もっと、もっと強くならなければ。将軍よりも魔導士よりも。
決意を新たにしたエディウスの視線の先には、まだ焦げ臭さが漂う別邸がある。
すでに灯りはついていないが、この邸宅にも地下室がある可能性は否定できない。
ゼキウスによって肉体的にも精神的にもダメージを負わされたルーファスは、よろめきながらも優秀な元魔具士が完成させた
『いいですか。これがレプリカとバレないように、上手く返してきてくださいよ』
そんなことは、いちいち云われなくてもわかっている。
暗闇に紛れ、庭園に降り立ったエディウスは、焼失させた温室の瓦礫からガラスの破片を取り出した。
拾ったガラスの表面に高熱の魔力を注ぎ、柔らかくなったところで、わざと力を加えて変形させた指輪を押し込んでやる。
融けたガラスに埋め込まれた指輪を瓦礫の中に戻し、エディウスの任務は完了した。