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第19話



「別の?」



 苛立ちを隠さないエディウスに、わざとらしく肩をすくめてみせたルーファスは「ええ、そうですよ」と、薄紅色の指輪メモリー・リングを手に取った。



「今から、コレの複製レプリカを作成してもらいますので、完成しだいエディウス卿はスフォネ家の庭にでも落としてきてください。それでは、トーマス・ワーナー上級解読士お願いします」



「えっ、俺?」



 急に名前が出てきて驚くトーマスに向かって、ルーファスから指輪が飛んできた。



「お願いしますよ。元魔具士である貴方なら精巧な複製レプリカを作れるでしょう」



「いや、それは現役の魔具士に任せた方が……」



「これ以上、事情を知る者を増やしたくありません。貴方が適任でしょう。できますよね?」



 有無を云わせない態度のルーファスに、諦め気味のトーマスは「時間はかかりますよ」と断って、執務室に作業台を持ち込んで複製レプリカの作成をはじめた。



「ということで、エディウス卿──」



「庭に落としてくるだけなら、他の者でもいいはずです。俺は、レティの護衛として付いていきます」



「はっきり云いましょうか。レティシア嬢の護衛なら、貴方よりもずっと、ずっと、ずぅ~~~っと、適任の方がおりますので」



 これまでのやり取りを見ていても、性格は合いそうにないな、と思っていたレティシアだったが、ついに決定的な不和が生まれた。



「あ゛? なんだって?」



 凄みをきかせるエディウスに、



「おや、聞こえませんでしたか? かわいそうに、若いのにすでに耳が遠いようだ。もう1度いいましょう。ア~ナ~タ~よりも──」



 火に油を注ぐルーファスだった。



 しかし、その日の深夜。



 別邸区域タウン・ハウスには、全身から不機嫌オーラを放つエディウスがいた。



 その顔は、しかめっ面以外の何ものでもない。



 まさか、あの人がやってくるとは……



 日中、皇太子サイラスの執務室で、性格のねじ曲がった側近と口論になり、一触即発の状況になりかけたときだった。



 執務室の外がにわかに騒がしくなったと思ったら──ドドドドドドドドドッ!



 地響きのような足音がして、扉を蹴破る勢いで登場したのは、



「アンナマリー!!」



 史上最強の呼び声が高い元S級冒険者にして『大地の聖印』持ち。ゼキウス・セイン・スペンサー将軍閣下だった。



 エディウスが知る限り、皇帝陛下と皇太子殿下の執務室に、入室の許可を求めずに立ち入っても、「まぁ、仕方ないか」で済まされるのは、おそらく閣下ぐらいなものだろう。



 想定外すぎる人物の登場に、さすがのエディウスも唖然となった。



「アンナマリー! もう何も心配はいらない! 念願叶って、父さんがアンナマリーの護衛になることができたぞ! アンナマリーが行きたいところなら、どこへだって付いていく。邪魔するヤツはぷたつにして、道をあけてやるかな!」



 貴方よりもずっと適任の方がおりますので──



 そういうことか。



 言葉を失ったエディウスをニヤニヤ顔で見ているのは、してやったりのルーファスだ。



「ゼキウス将軍、ずいぶんと来られるのが早かったですね。さっき伝令を送ったばかりなのですが。こちらは目の回るような忙しさなのに、軍部は暇なようで何よりです。ああ、それから、できれば扉を開ける前に、ひとこと声を掛けていただけるとありがたいですね。なぜなら、執務室では機密事項を取り扱っていることが多く──」



 気分が良いのか、笑顔のままゼキウスの無作法について嫌味を云っていたのだが、今回ばかりは相手が悪かった。



「なんだ、ネチネチ小僧! ゴチャゴチャと、うるさいぞ! だからお前はモテないんだ。細かすぎて口うるさい上に、性格が悪い! いいとこナイなっ!」



 レティシアとの会話を邪魔され機嫌が悪くなった将軍閣下は、魔力を含んだ鼻息でフン!



 空気砲のような一撃を喰らったルーファスは──



 ゴロゴローッ、ゴツン!!



 カッコ悪く床を転がり、執務机の脚で後頭部をしたたかに打ち付けた。



 後頭部を抑えて呻き声をあげるルーファスを見て、すこしばかり溜飲が下がったエディウスだったが──



 レティシアの護衛を譲らざるを得なかったことには、悔しさと不甲斐なさを感じていた。



 父であるトライデン宰相からは、



「まぁ、しょうがないだろ。ゼキウスとやり合うのは、まだ早い。ボコボコにされるのは、目に見えている。オマエだって嫌だろ。あの子の前で完膚なきまでに叩きのめされるのは」



 それは正しいのだが、割り切れるほど大人にはなりきれていない。



 エディウスの脳裏には、もうひとりの面倒な男の顔がよぎった。



 黒髪に金の瞳。



 皇国内で唯一、ゼキウス将軍に匹敵する強さを持つ魔導士もまた、『闇の聖印』持ち。



 あの男が、レティシアを好ましく思っているのは間違いない。



 ゼキウスが目の上のタンコブなら、黒衣の魔導士ジオ・ゼアは、あまりに厄介な恋敵ライバルといえた。



 どちらも自分よりも遥かに強いというのが、悔しくてたまらない。



 レティシアを護るのは、自分だけでありたい——その願いは、いつ叶うのか。



 そのためには、もっと、もっと強くならなければ。将軍よりも魔導士よりも。



 決意を新たにしたエディウスの視線の先には、まだ焦げ臭さが漂う別邸がある。



 すでに灯りはついていないが、この邸宅にも地下室がある可能性は否定できない。



 ゼキウスによって肉体的にも精神的にもダメージを負わされたルーファスは、よろめきながらも優秀な元魔具士が完成させた指輪レプリカを細部まで執拗にチェックしたあと、投げつけるように渡してきた。



『いいですか。これがレプリカとバレないように、上手く返してきてくださいよ』



 そんなことは、いちいち云われなくてもわかっている。



 暗闇に紛れ、庭園に降り立ったエディウスは、焼失させた温室の瓦礫からガラスの破片を取り出した。



 拾ったガラスの表面に高熱の魔力を注ぎ、柔らかくなったところで、わざと力を加えて変形させた指輪を押し込んでやる。



 融けたガラスに埋め込まれた指輪を瓦礫の中に戻し、エディウスの任務は完了した。







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