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第18話



 側近を相手に、淡々と嫌味を返していく赤髪の魔剣士を見ていたサイラスは、多少なりとも考えを改めていた。



 毒舌ルーファス相手に、ここまで云い争えるとは……さすがに宰相の息子といったところか。



 ド派手な特化魔法の使い手であるとか、目を引く容姿とか、レティシア嬢の幼馴染とか、諸々の面において気に喰わないヤツであることにかわりはないが、有能な人物であることは認めるしかなさそうだ。



 しかしその諸々があるせいで、サイラスとしてはルーファスに加勢したいところだが、レティシアが同席していることもあって、ひとまず——



「ふたりとも、そこまでにしよう。エディウス卿、保護したロイズ卿は無事なのか?」



「ええ、問題ありません。安全な場所に移動してもらいました」



「よくやってくれた。それで、スフォネ家に侵入して、何かわかったことはあるか?」



「はい、殿下。これを、レティシア嬢に渡してもよろしいですか?」



 エディウスの懐から、薄紅色の指輪が見えたとき、レティシアは叫んだ。



「エディ! それってもしかして、記憶環メモリー・リング?!」



「おそらく。シモーネが身に付けていたものだ」



 薄紅色の指輪メモリー・リングは、すぐにレティシアの手に渡り、研究記録データを取り出そうとしたところで、



「……あっ」



 鍵の役割を果たす『封』が施されてることに気がつく。



 さすがに、用心しているわ。



 顔が曇ったレティシアに、それまで沈黙していたトーマスから声がかけられる。



記憶環メモリー・リングの封を解除しようか?」



「できるんですか?!」



「たぶん。見た感じだと、そこまで古い宝玉が使われているわけでもなさそうだし……俺、今は解読士だけど、元は魔具士だったんだ」



 素晴らしい人材がいたものだ。



 サイラスの許可がおりて、トーマスはすぐさま指輪に施された封印の解除に取りかかった。



 解読士トーマスは、じつに優秀な元魔具士だった。



 『封』の解除作業をはじめて数分後には、



「……はい、解けた。これ、投影機で拡大した方がいい?」



「お願いします」



 頷いたレティシアの前に『研究記録データ』が開示され、その内容に誰もが息を飲んだ。



 記録を検証するまでもなかった。



 投射機によって大きく写し出されたのは、これまでの暗殺計画そのもの。



 それは、あの日——レティシアとエディウスが、中央神殿でジャガースネークに襲われた日からはじまっていた。



 その後、スフォネ子爵から『毒蛇の調教』を引き継いだシモーネが、蛇の嗅覚に着目し、より高度な調教に成功していく過程では、『桃華蘭』の媚薬が使用されていることもわかった。



 そしてレティシアの疑念は、媚薬の精製に関する研究記録データを見たとき、すっきりと晴れた。



「すごい……」



 もし間違った道に進まなければ、シモーネは研究者として大成していたにちがいない。



 これまで液体状の抽出方法しかなかった『桃華蘭』の媚薬成分。



 それをほぼ独学でシモーネは、保存期間が飛躍的に伸びる粉末化に成功していたのだった。



 これなら、領地を離れる直前にシモーネが媚薬を精製していたとしても、効能は充分に保てる。



 だとすれば——迷いなくレティシアは告げた。



「サイラス殿下、急いだ方がいいかもしれません」



 レティシアは、解釈の途中になっていた暗号文に話しを戻した。



「『N3610E1044』のあとにつづく書きかけの記号。三角形を上下逆に重ねたような六芒星ですが……桃華蘭は星型の花を咲かせます。つまり暗号は、明後日、国境地点まで桃華蘭の媚薬を輸送するという意味ではないでしょうか」



 レティシアの解釈に、全員が息を飲んだ。



「研究記録によるとシモーネは、媚薬の粉末化に成功しています。これなら保存期間が長く、大量輸送が可能となるでしょう」



「それ——間違ってないと思う」



 解読士トーマスは、いちはやく肯定した。



「2、3年前に解読した暗号でも、諜報活動に桃華蘭の媚薬を使うように指示するものがありました。おそらくジハーダは、定期的に一定量を確保していたはずです」



「その情報はすでに報告を受けています。ただ、どこから調達しているのか、それがわからなかった。まさか、我が国がその一旦を担っているとは……」



 かたい表情のルーファスが、サイラスに決断を求めた。



「殿下、もはや猶予はありません」



「わかっている。ただちに陛下に報告に向かうが、一刻を争う状況だ。ルーファス、媚薬の輸送阻止を第一に考えて、動いてくれ」



「承知いたしました」



 近衛騎士を連れたサイラスが、慌ただしく執務室から出て行くと、すぐに数人の内務官を呼びだしたルーファスは、それぞれに書付を渡した。



「可及的速やかに、届けるように」



 内務官たちが飛び出していくのを見届けたあとは、レティシアに向き合う。



「戻ってきて早々、申し訳ないのですが、レティシア嬢は、ただちにスフォネ子爵家の城館に戻り、ジオ・ゼアと合流してください。なんとしても明後日の媚薬輸送を阻止してもらいたいのがひとつ。もうひとつの任務は——もう1度『隠し部屋』に行き、室内にある文書のすべてを、魔写機で撮影してきてください。暗号が残されている可能性があります」



「わかりました」



「急ごう、レティ」



 当然のように、レティシアに付いていこうとするエディウスを、ルーファスは呼び止めた。



「どこに行くのですか、エディウス卿。貴方には別の仕事があります」







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