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第17話



 ふたりがこちらに注目したのを確認して、



「雪虫はたしかに『冬を告げる虫』ですが……」



 レティシアは古代史をもとにした解釈を伝えた。



「つまり、前半部分の『雪虫の日に花を飾って』は、飾られた花が毒花になるということですね。さすが、レティシア嬢、なんと賢い。百科事典を手にした側近よりも数倍頼もしいです」



「本当ですね。さすが、最年少で特務試験を合格された才媛。同じく古代史を勉強したはずの皇太子殿下とは、理解度、応用力ともに天と地ほどの差があるようです。本来の地頭の良さがここまで現れるとは……」



 レティシアを持ち上げながら、互いを貶め合うサイラスとルーファス。



「では、レティシア嬢、その解釈からすると、我が国の弱体化を狙っているジハーダ王国は、明後日、皇宮内に飾られている花々に毒粉を撒くようにスフォネ家に指示をしたということでしょうか」



 真っすぐすぎるサイラスの解釈に、レティシアは首を振った。



「それでは、あまりに簡単過ぎます。暗号化する意味がありません」



「…………」



 遠慮のないレティシアのダメ出しに、「プッ!」とルーファスが吹き出し、黙って成り行きを見ていた解読士トーマスも片手で口元を押さえた。



 失笑するふたりをキッと睨んだサイラスは、側近を指差す。



「だったら、オマエの解釈はどうなんだ?」



「僕ですか——そうですねえ」



 意味ありげに顎に手をそえたルーファスの片眉が上がる。



「古代史における雪虫は『毒の運び屋』なのですから、やはり人を使うということでしょう。花というのも擬人化すれば……この暗号は、毒殺計画の指示です。明後日『花役』のシモーネが皇宮を訪れ、こっそりと殿下の皿に——」



「それも、違います。そもそも皇宮内で毒殺する計画であれば、人の出入りが多く特定されにくい社交シーズン中でしょう。こんな閑散とした時期は狙いません」



 自信ありげに講釈を垂れていたルーファスを、バッサリと切ったレティシア。



 サイラスの口角がグイッと上がり、「花役だって……」と腹を抱えている。トーマスは、ついに噴き出した。



「この暗号の一文は、皇族の毒殺計画を指示するものではないと思います」



「その根拠は?」



 サイラスとトーマスに笑われたルーファスの機嫌は悪い。いつもよりも遠慮のない鋭い視線が向けられる。



 しかし、そこで怯むほどレティシアも弱くはない。とくに今日は、異常なほど冴えているので、現オルガリア皇国最高の頭脳と呼ばれるルーファス相手に笑みさえ浮かべてみせた。



「雪虫は文字通り『運び屋』を意味します。つづく数字は、ある地点を指しているのですが……『N3610E1044』を見て、何か気がつきませんか?」



「N3610E1……あっ」



そこで気が付いたルーファスの顔が、悔しそうに歪んだ。



「レティシア嬢、これは緯度と経度ですね。Nは北緯、Eは西経……」



 そしてすぐに、重要なことに気が付いた。



「国境か——」



 さすがに頭の回転がはやい。



「その通りです。『N3610E1044』は、ジハーダ王国と我が国の国境『北緯36度10分西経104度4分』の地点だと思います。そして、つづく星型が意味するものは――」



 そこでレティシアは、言葉を止めた。



 冴えに冴えていた自分の解釈だったが、わずかな疑念が頭をよぎる。



「意味するものは、いったい何なのですか?」



 サイラスが答えを促してくるが、さっきまでの自信はどこへやら。



「あの、サイラス殿下……」



 自信の無さから意図せず上目遣いになったレティシアに見つめられ——



「はうぅっ——」



 サイラスの心臓がズキュンとなったときだった。



「失礼します」



 執務室の扉がノックされ、こちらの返事も待たずに、ズカズカとひとりの騎士が入ってきた。



 赤髪に紅い瞳の騎士エディウスは、入室するなり「報告します」と云った。



 感情を抑制する訓練を受けているはずのサイラスの米神が、ピクリと動く。



 待てないのだろうか……マジで。



 今、レティシア嬢が! 僕に! 何かを伝えようとしていたんだけどなっ!



 しかし、サイラスの表情などまったく意に介さず、エディウスは勝手に報告をはじめた。



「ジハーダに潜伏中の諜報員より、トライデン宰相閣下宛ての情報を受取りました。殿下には、のちほど宰相閣下より詳細についての説明があります。また本日、スフォネ子爵家において桃華蘭の媚薬が使用された可能性があります」



 レティシアが息を飲んだ。



「付近を巡回中、緊急と判断し、スフォネ家に単独で侵入しました。その際、火焔魔法にて一部家屋を焼失させ、邸内にいたロイズ卿を保護致しました」



 良かった——



 エディウスのおかげで、媚薬によって兄ロイズが洗脳され、スフォネ家の計画に加担させられるかもしれないという、最悪の事態は回避できたようだ。



 胸を撫でおろしたレティシアだったが、その報告にルーファスの顔は一気に険しくなった。



「ロイズ卿を保護するのに、なぜ子爵家の家屋を焼失させる必要があったのですか? 邸宅地区タウンハウスでは、攻撃魔法の使用が厳しく制限されているのを公爵家の貴方が知らないはずはない」



「緊急性を感じたと申し上げました」



「火焔魔法を使用するほどの緊急性があったとは思えませんね」



「媚薬が使用された可能性について報告したばかりですが。桃華蘭の使用については厳しい制限があるということを、皇太子殿下の側近である貴方がお忘れですか」



「スフォネ家を警戒させれば、これまでの計画が無駄になってしまうということが理解できていないようですね」



「御言葉ですが、これまでの計画では進展が望めなかったのでは? 侵入のタイミングも魔法の使用も、状況的には最善だったと思います。ご心配されている警戒云々についですが、凶悪犯が邸宅地区タウンハウスに逃げ込んだという名目で侵入していますからご安心ください。立ち合って頂いたシモーネ嬢にも理解して頂けました」



「我々の計画を知りえたばかりのエディウス卿に、状況判断ができるとは思えないのですが」



「執務室にこもり切りのルーファス卿に、現場の緊急性が理解できるとも思えませんが」



 互いに一歩もひきそうにない、ふたり。



 レティシアには、バチバチとした火花が見えていた。







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