見るからに丸投げしてきたサイラスに白い目を向けたルーファスは、とりあえず戻ってきた解読文を読み上げる。
「雪虫の日に花を飾って──N3610E1044」
しばし逡巡したが、なんのことやら今のところ見当がつかない。
「それで、これはどういう意味なんですか。何かわかりませんか?」
トーマスに訊ねてみるが、解読作業に全神経を使った解読士は「解釈はそちらでしてください」と、疲れた身体を近くの椅子に沈めた。
戦線離脱したトーマスに眉を顰めたルーファスだったが、テーブルに解読文をおいて立ち上がり、書棚から一冊の分厚い本を取り出してきた。
「雪虫──とは、そのまま受け取れば初冬に現れる白い羽虫のことでしょう。冬の訪れを告げる虫ですから、暦上で冬がはじまる日と捉えれば『立冬』と考えるのが順当かと」
アウレリアン暦に視線を向けたルーファスの目が一層細くなる。
「明後日……ですね」
「そのようだな」
「殿下、他人事のような顔をしていないで、さっさと解釈してくださいよ」
「オマエが解からないのに、僕がわかるワケないだろ」
「でた、でた、丸投げ皇太子」
「なんだとっ! だったら、何のためにそんな分厚い本を引っ張り出してきたんだ」
「オルガリア皇国に伝わる『なんでも百科』ですよ。無いよりマシでしょ」
「馬鹿か。百科事典で解釈できたら、暗号の意味がないだろ!」
皇太子とルーファスの実りのない会話がつづくなか、レティシアはテーブルの上にある解読文をジッと見つめていた。
『雪虫の日に花を飾って──N3610E1044』
どうしよう──わたし、この暗号の意味が分かってしまった。
全長5ミリほどの雪虫は、白い綿で包まれたような姿をしている。
ふわふわとまるで雪が舞うように飛ぶことから『冬の使者』と呼ばれているのだが、アウレリアン大陸においては、もうひとつの呼び名があった。
古代史のなかで、ときどき登場するこの虫は別名『毒の運び屋』と呼ばれている。その理由は、大陸の覇権争いが激化していた古代。この可愛らしい小さな虫も、戦術として大いに利用されていたからだ。
レティシアの最初の師であるロゼッタがプレゼントしてくれた【入手難易度Aクラス】の『古代☆魔法全集~魔毒篇~』には、その戦術がしっかりと記されている。
【雪虫の躰を包む白い綿に、毒の白粉をつけて敵陣に飛ばせ】
【標的のそばに花を置け、運び屋が花粉を毒粉に変え、美しい花は毒となる】
などなど。どこにでも飛んでいき、人目につきにくい雪虫は、暗殺道具のひとつとして重宝されていたのだ。
それゆえ魔毒士たちの間では、雪虫は冬の訪れを告げにくるというよりも、別名『告死虫』といわれ、死の訪れを告げにくる不吉な虫として知られているのだ。
テーブルの上の解読文をレティシアが直訳するならば、前半部分の『雪虫の日に花を飾って』は──
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
立冬を迎える日、告死虫が訪れるだろう。
美しい花は、毒花に変わるだろう
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
──となる。
前半部分の直訳を、独自に解釈したレティシアは、解読文の後半に目を向ける。
『──N3610E1044』
今日は異常なほど冴えているのか、じつはこちらも、すでに検討がついていた。
何かの数値かと思っていた数字の羅列は、トーマスの解読によって2文字のアルファベットを含む8桁の数字で構成されていることがわかった。
数字のあとにつづく書きかけの記号は、三角形を上下逆に重ねたような『✡』六芒星。これらから導き出されるのは──
まちがいないわ。
自分の解釈に絶対の自信を持ったレティシアの耳に、サイラスとルーファスの実りのなさそうな会話が聞こえてくる。
「冬のはじまりとなる明後日、スフォネ子爵家でパーティーでもあるのか? 何か聞いているか、ルーファス」
「いえ、そんな報告は入ってきてませんよ。それに子爵夫妻もシモーネ嬢もまだ首都に残っていますからねえ」
「スフォネ家では、立冬に花を飾る習慣でもあるのか? だとすれば、どんな花を飾るんだ?」
「僕に聞かれてもわかりませんよ」
「その『なんでも百科』とやらに書いてないのか?」
「ああ……ちょっとまってください」
ルーファスが「立冬、立冬……花を飾る風習」と云いながら分厚い本をパラパラとめくりはじめたところで、レティシアはふたりの解釈に見切りをつけた。
「殿下、ルーフファス卿、発言してもよろしいでしょうか」