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第16話



  見るからに丸投げしてきたサイラスに白い目を向けたルーファスは、とりあえず戻ってきた解読文を読み上げる。



「雪虫の日に花を飾って──N3610E1044」



 しばし逡巡したが、なんのことやら今のところ見当がつかない。



「それで、これはどういう意味なんですか。何かわかりませんか?」



 トーマスに訊ねてみるが、解読作業に全神経を使った解読士は「解釈はそちらでしてください」と、疲れた身体を近くの椅子に沈めた。



 戦線離脱したトーマスに眉を顰めたルーファスだったが、テーブルに解読文をおいて立ち上がり、書棚から一冊の分厚い本を取り出してきた。



「雪虫──とは、そのまま受け取れば初冬に現れる白い羽虫のことでしょう。冬の訪れを告げる虫ですから、暦上で冬がはじまる日と捉えれば『立冬』と考えるのが順当かと」



 アウレリアン暦に視線を向けたルーファスの目が一層細くなる。



「明後日……ですね」



「そのようだな」



「殿下、他人事のような顔をしていないで、さっさと解釈してくださいよ」



「オマエが解からないのに、僕がわかるワケないだろ」



「でた、でた、丸投げ皇太子」



「なんだとっ! だったら、何のためにそんな分厚い本を引っ張り出してきたんだ」



「オルガリア皇国に伝わる『なんでも百科』ですよ。無いよりマシでしょ」



「馬鹿か。百科事典で解釈できたら、暗号の意味がないだろ!」



 皇太子とルーファスの実りのない会話がつづくなか、レティシアはテーブルの上にある解読文をジッと見つめていた。



『雪虫の日に花を飾って──N3610E1044』



 どうしよう──わたし、この暗号の意味が分かってしまった。



 全長5ミリほどの雪虫は、白い綿で包まれたような姿をしている。



 ふわふわとまるで雪が舞うように飛ぶことから『冬の使者』と呼ばれているのだが、アウレリアン大陸においては、もうひとつの呼び名があった。



 古代史のなかで、ときどき登場するこの虫は別名『毒の運び屋』と呼ばれている。その理由は、大陸の覇権争いが激化していた古代。この可愛らしい小さな虫も、戦術として大いに利用されていたからだ。



 レティシアの最初の師であるロゼッタがプレゼントしてくれた【入手難易度Aクラス】の『古代☆魔法全集~魔毒篇~』には、その戦術がしっかりと記されている。



【雪虫の躰を包む白い綿に、毒の白粉をつけて敵陣に飛ばせ】



【標的のそばに花を置け、運び屋が花粉を毒粉に変え、美しい花は毒となる】



 などなど。どこにでも飛んでいき、人目につきにくい雪虫は、暗殺道具のひとつとして重宝されていたのだ。



 それゆえ魔毒士たちの間では、雪虫は冬の訪れを告げにくるというよりも、別名『告死虫』といわれ、死の訪れを告げにくる不吉な虫として知られているのだ。



 テーブルの上の解読文をレティシアが直訳するならば、前半部分の『雪虫の日に花を飾って』は──




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 



立冬を迎える日、告死虫が訪れるだろう。



美しい花は、毒花に変わるだろう




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 



──となる。



 前半部分の直訳を、独自に解釈したレティシアは、解読文の後半に目を向ける。



『──N3610E1044』



 今日は異常なほど冴えているのか、じつはこちらも、すでに検討がついていた。



 何かの数値かと思っていた数字の羅列は、トーマスの解読によって2文字のアルファベットを含む8桁の数字で構成されていることがわかった。



 数字のあとにつづく書きかけの記号は、三角形を上下逆に重ねたような『✡』六芒星。これらから導き出されるのは──



 まちがいないわ。



 自分の解釈に絶対の自信を持ったレティシアの耳に、サイラスとルーファスの実りのなさそうな会話が聞こえてくる。



「冬のはじまりとなる明後日、スフォネ子爵家でパーティーでもあるのか? 何か聞いているか、ルーファス」



「いえ、そんな報告は入ってきてませんよ。それに子爵夫妻もシモーネ嬢もまだ首都に残っていますからねえ」



「スフォネ家では、立冬に花を飾る習慣でもあるのか? だとすれば、どんな花を飾るんだ?」



「僕に聞かれてもわかりませんよ」



「その『なんでも百科』とやらに書いてないのか?」



「ああ……ちょっとまってください」



 ルーファスが「立冬、立冬……花を飾る風習」と云いながら分厚い本をパラパラとめくりはじめたところで、レティシアはふたりの解釈に見切りをつけた。



「殿下、ルーフファス卿、発言してもよろしいでしょうか」






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