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第15話


 別邸地区タウンハウスにあるダリアン家に、媚薬に侵されたロイズを、エディウスが運び込んでいるころ。



 皇宮にある皇太子の執務室では、



「ああ、素晴らしいな……イヒヒ、これこれ、こういうのが欲しかった」



 投影機から写し出される画像を30分ほど嘗め回すように見ていたルーファスは、笑いが込み上げてくるのを止められなかった。



 レティシアとエディウスが撮影してきたシモーネの『隠し部屋』には、はっきりと『アレ』が写っている。



 ようやく手に入れた確たる証拠から目を離すことなく、ルーファスは問いかけた。



「イヒヒ。殿下、気が付きませんか?」



「オマエのデカイ頭が邪魔で見えない」



「それは、失礼」と云いながら、横に移動した側近が見ていた画像は、整然と壁に並んでいた毒蛇の液浸標本ではなく、乱雑な机の上だった。



 サイラスのすぐ後ろから、レティシアも画像も観察するが、特段気になるところはない。



 ペンやインクボトル、何らかの実験途中の走り書きが数枚、使いかけの薬筒が転がっている。それからパン屑が残る皿とペーパーナイフに、未使用の封筒がある程度。差し当たって、気になるものはなかった。



 しかし、ルーファス同様、サイラスには違って見えたようだ。



「ああ、あるな。ルーファス、すぐに解読士を呼んで調べさせろ」



「ええ、そうしましょう。これはお手柄ですよ。レティシア嬢」



 サイラスとルーファスを喜ばせたのは、画像に写っていた『走り書き』だった。



 正確には何かの数値を記したように見える8桁ほどの数字と書きかけになっている記号だ。



「これで、何かがわかるのですか?」



「ああ、これは間違いなく、ジハーダ王国の暗号文だ」



 サイラスは『走り書き』を前にして、ルーファス同様に高揚感を味わっていた。



 これを手に入れるのに、何年もかかってしまった。



「おそらくこの紙には、似たような数字と記号がもっとギッシリ並んでいたはずだ。ジハーダ王国は武力に頼るだけの好戦的な民族ではないんだ。その前段階となる諜報活動が最も脅威で、これまで侵略された多くの国は、内側から崩され弱体化したところを一気に武力で攻め込まれている」



 レティシアが未使用と思った封筒は特殊な加工がされていて、同じく特殊インクで記された便箋の内容は、この封筒から取り出して数時間で消えるという。



「残ってしまっている数字と記号は、ジハーダ王国でよく使われる暗号アナグラムなんだけど、シモーネは開封したときに何かを食べていたのだろう。手についた油か何かが便箋に付着して、そこだけ文字がうまく消えずに残ったのだと思う」



 なるほど。



 レティシアが理解できたところで、直ちに特務機関の解読士が呼ばれ、執務室では暗号の解析がはじまった。



 特務機関の上級解読士トーマスは、これまで感じたことない重圧に押しつぶされそうだった。



 背後にいるのは皇太子サイラス。それから血も涙もないという噂の側近。



 古代魔法書の解読作業中「緊急です」と飛び込んできたのは、皇太子の近衛騎士だった。



「このなかに上級解読士は?」



 このとき、部屋にはめずらしく3名の上級職がいた。



「俺……いや、わたしですが……」



「よかった。至急、皇太子殿下の執務室へ、ご同行願います」



 なぜあのとき、俺は率先して手をあげてしまったのかっ!



 トーマスは、激しい後悔に襲われていた。



 まだ昼間だというに、すべてのカーテンが閉じられた執務室で、投影機から写し出された拡大画像を見た瞬間、自分はひどく厄介なことに巻き込まれていると直感した。



 案の定、死んだ魚の目をした側近に「他言無用ですよ」と呪いでも吐くような声でささやかれる。



 つづけて──



「とある国の暗号化された文章の一部です。5分以内に解読してください」



 出来るかっ!



 叫びたいのを我慢したトーマスは、つとめて冷静を装った。



「無理ですね。これはジハーダのアルゴリズムです。あそこは解読鍵パターンを毎回変更するから、まずはそれを割り出すのに最低でも──」



「では、1時間で」



 側近は満足気に告げた。



「合格です。トーマス・ワーナー上級解読士。文章にもなっていない文字の羅列をみただけで、これがジハーダ王国の暗号だと認識できるとは、なかなかですね。貴方に一任しましょう。責任重大ですので、心して解読してください」



 トーマスは墓穴を掘ったことに気が付く。



 どうして俺は、ジハーダの暗号だと安易に口にしてしまったのか!



 がっくりと肩を落としたトーマスは、皇太子とサイラス、それからなぜか同席している魔毒士のレティシアが見守るなか、解読をはじめた。



 およそ1時間後。



「おおまかな内容ですが……」



 重圧過多な状況で、なんとか自分の仕事を果たしたトーマスは、解読文をルーファスに渡した。



「殿下、こちらを」



 側近を経由して、解読されたばかりの一文を目で追ったサイラスは数秒後──そのまま側近へと解読文を差し戻した。



 咳払いをひとつして、



「それで……ルーファスはこれをどう見る?」



 レティシアが近くにいるので、できれば賢いところをアピールしたかったが、暗号文が解読文になったところで、意味不明であった。







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