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第14話


 一方、艶めかしい息遣いのロイズを背負ったエディウスは、必死だった。



 媚薬の危険性をロイズに伝えるため、貴族の別邸タウンハウスが建ち並ぶ地区へと足を踏み込んですぐに、エディウスは子爵邸の数ブロック先で様子を覗うトライデン家の護衛を見つけた。



 護衛の話しでは、1時間ほど前に屋敷に入ったまま出てこないという。



「わかった。ここは俺が変わるから、この件を父上に報告してきてくれ」



 皇宮にいる父の元へ護衛を走らせたエディウスはその後、すぐに屋敷に乗り込み、温室を破壊。助けだしたロイズの様子に顔をしかめた。



 くそっ、間に合わなかったか……



 発汗に火照った顔、過敏になっている神経。



 ロイズの様子は、レティシアから聞いていた媚薬の中毒症状そのものだった。シモーネが『桃華蘭』を使ったのはまちがいなかった。



 エディウスの脳裏にレティシアの言葉よぎる。



「もし症状が現れていたら、すぐに処置できる魔毒士を探して対処するしかないわ」



 有効な対処法は『鎮静魔法』あるいは『中和魔法』しかなく、それができなれば、あとは媚薬成分が抜けるまで隔離するしかないという。



 摂取方法や量、濃度にもよるが、媚薬による官能を伴う苦痛はかなりのもので、患者は痴態をさらしながら本能のままに転げまわり、最悪の場合、近くに人がいたら男女問わずに襲うというから恐ろしい。



 いまのところロイズは、エディウスの歩く振動や衣擦れに刺激される程度に留まっているので、人を襲う心配はないかもしれないが……本能のままに痴態をさらすかもしれないロイズを、このままにはしておけない。



 できることなら、このままロイズを連れて特務機関に直行し、常駐している魔毒士に託すのが一番なのだが、妹が所属する特務機関内で痴態見せることになりそうなロイズのことを思うと、同じ男としてエディウスには躊躇いが生まれていた。



 ひとまずトライデン家の別邸に連れていき、魔毒士を呼ぶしかないのか。



 しかし、そうなれば、ある程度の時間は要してしまうだろう。エディウスには、いち早く皇宮に戻りたい理由があった。



 ロイズをめぐってシモーネと揉みあいになった際、運よく手に入れることができた『記憶環メモリー・リング』。これを少しでも早くレティシアの元に届けてやりたかった。



 毒物に精通しているレティシアなら、あの女がどんな研究をしていたかわかるはず。そうすれば、今後の計画を見抜けるはずだ。



 感情のままにあっさりと『ジハーダ王国』の名を口にした愚かな女は、そろそろ指輪の紛失に気が付くだろう。まだ知り得ていない計画を早める可能性もあった。



 それを思えば、この近くのどこかにロイズを隔離して、魔毒士に対処させたいが……別邸タウンハウスが密集する場所に、そんなに都合良く魔毒士がいるはず——



 エディウスの目に飛び込んできたのは、そんな都合の良い光景だった。





  ◇  ◇  ◇  ◇





 遠征任務明けの重たい身体を引きずるように、貴族の別邸タウンハウスが立ち並ぶ区域にたどりついたリリーローズ。



 ああ、やっぱり、今日ぐらいは馬車で帰るべきだったわ。



 馬車代をケチった男爵令嬢は、ひどく後悔していた。いつもの帰路が、いつもの何倍にも遠く感じてしまう。



 ダメだわ。もっと気が紛れるようなことを考ながら歩こう。帰ったらまずは洗濯をして……軽く食事をとって……少し寝たら、領地にいる弟妹に手紙を書いて、両親には少しばかりのお金を送って……あっ、もうそろそろ冬だわ。燃料費がかさむから、少し多めに送っておかないと……



 貴族とは名ばかりの貧乏男爵家の長女であるリリーローズは、家族がこの冬を乗り切れるようにと、金銭の工面についてあれこれ考えながら歩き、余計に疲れた。



 そしてようやく、豪奢な別邸区域タウンハウス・エリアの片隅にある、少し傾きかけた屋敷へとたどり着く。



 出迎えてくれる使用人など当然居ないので、扉の鍵を自分で開けたときだった。



 突然、背後から——



「リリーローズ・ダリアン!」



 大きな声で名前を呼ばれ、いつものように条件反射で「はい! 任務ですかっ!」と、こちらも大きな声で振り返ってしまった。



 そこには、驚いた顔をする赤髪の騎士がいて、リリーローズはピシッと固まった。



「あ……えっと……」



 貴族の邸宅がひしめく別邸タウンハウス通りで、こんな大声をあげる無作法な令嬢は自分ぐらいなものだ。



 しかもその相手は……貴族のなかの貴族。同じ機関で働いているとはいえ、男爵令嬢の自分にとっては、雲の上の存在に等しい人物ではないか。



「し、失礼しましたぁ~ エ、エ、エディウス卿とは知らずに……大変なご無礼を」



 平謝りするリリーローズだったが、赤髪の騎士は気を悪くした様子もなく、話しはじめた。



「いや、驚かせてすまない。それに……じつはキミが云うように、これは任務に近い。どうか、彼を助けてくれないだろうか」



 そこでようやくリリーローズは、騎士に背負われ、見るからに体調が悪そうな男性に気が付く。



「急患ですか? 大量の汗に発熱? 脈もはやい! もしかして何かの中毒症状?! とりあえず中へ!」



 それまでアタフタしていた令嬢は、患者を前にして一気に魔毒士の顔になった。その姿に、エディウスは安堵の息を吐いた。



 リリーローズ・ダリアン、彼女なら安心だ。



 ロイズを室内に運びながら、使用された媚薬成分について、知りうる限りのことを伝えたあと、



「あとは頼んだ。何かあれば、外にトライデン家の護衛がいるから彼を呼ぶといい」



 そう云って、レティシアの元へ急いだ。





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