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第13話


 嫌悪感さえ伺える表情に、どうしてここまで嫌われているのかと、シモーネは不思議でならなかったが、ふと思い当たる。



 まさか、ロイズ卿に仕掛けた媚薬に気が付いているのでは……



 一気に不安がよぎったシモーネは、ふたたび立ち去ろうとする騎士に向かって声をあげた。



「お待ちください。ロイズ卿をどうする気ですか?! この方は、当家のお客様です! こちらで介抱いたしますので、どうぞお渡しください」



 万が一にも、特務機関にロイズの身体が調べられ、媚薬に気が付かれたら面倒なことになる。なんとしても奪い返さなければ。



 背負われたロイズへと手を伸ばすシモーネ。しかしその手は、エディウスによって拘束された。



 右手首を鷲掴みされ、抵抗できないように引っ張り上げられる。



 これまで男性には丁重に扱われるのが当然だった子爵令嬢は、こんなにも手荒な扱いをされたことがなかった。



「離してください!」



 荒々しい行為に、シモーネの頭に血が上った。



 気が付いたときには、声を荒げていた。



「後悔するわよ! わたしはいずれジハーダ王国の――」



 口をつぐんだのはギリギリだった。



 皇国の騎士であり、宰相であるトライデン公爵の子息を前にして、なんてことを口走ってしまったのか……



 自分が信じられない。



 片手で口を覆い、俯いたシモーネの膝は、ガタガタと震えていた。



 どうすればいい。何と云って、この場を切り抜けたらいいだろうか。



 必死になって云い逃れるすべをさがしているうちに、拘束されていた手首は解放されていた。



「それで——俺はどんな後悔をするのでしょうか? シモーネ嬢」



 赤髪の騎士の抑揚のない声に問いただされたシモーネは青褪め、「申し訳ございません」と謝罪の言葉を口にするほかなかった。



 スフォネ家とジハーダ王国との関係が明るみでてしまえば、これまでの努力が水の泡となって消えてしまう。



 あらゆる代償を支払ってきた長年の夢が今、ついえようとしていた。



 震えたまま口をきけない状態のシモーネを、鼻で笑ったのはエディウスだ。



「こんなことをして後悔する——か。子爵令嬢がずいぶんな口をたたく。しかしまぁ、生意気な女は嫌いじゃないので、今日のところは見逃しておきましょう」



 シモーネは耳を疑った。



「それだけ……ですか」



「それ以外に何か? それとも、高位貴族に対する不敬罪で訴えられたいのですか? それをお望みならば——」



「いいえ、とんでもないっ!」



「ならば、ここだけの話しにしておきましょう。たしかに、周囲の状況を確認しないまま火焔魔法を放ったこちらにも非はある」



 これは、どういうことだろうか。



 さきほどまでとは打って変わり、幾分柔らかな口調で非を認めた公爵家の子息は、それ以上追及する気がないのか、



「それでは、シモーネ嬢、これで失礼します」



 軽く頭をさげ、そのまま立ち去った。



 ジハーダ王国との関係については、一切触れずに屋敷をあとにしたエディウスを、ただただ信じられない思いで、シモーネは見送った。



 切り抜けた? 助かったのか……



 安堵が胸に押し寄せ、へなへなと芝に膝をつく。



 ロイズを取り戻せなかったことは気がかりだが、今はそれよりもジハーダ王国との関係を追求されなかったことの方が大きい。



 首の皮一枚つながったことに、シモーネは胸をなで下ろしたが、やはり安心はできない。



 はやく父上と母上にお伝えしなければ……場合によっては、大幅に計画を早めなければならない。



 そのとき、シモーネは気がついた。



「……ないわ。指環が……ない」



 温室でロイズに媚薬を吸わせたときは、たしかにあったのに、いま、薄紅色の指環は中指から消えていた。



 一連の騒動で、落としたのかもしれない。



 身を屈めて周囲をさがしたが、季節は秋だ。折り重なるように落ちた色とりどりの葉が視界を邪魔する。



「だれかっ! だれかいないのっ!」



 大声で使用人たちを呼び寄せたシモーネは、直ちに指環の捜索を命じたが、目の前にある焼け焦げた温室の残骸を見て、目眩を覚えた。



 もし、この中に落ちていたら……



 いまだに熱を放出しているのか。残骸からは酷く焦げ臭いが漂ってくる。ガラスの破片は溶けて変形し、至るところに散乱していた。



 これらを、ひとつひとつ撤去しながら指環をさがすのは、ひどく骨が折れるだろう。



 目眩を覚えたシモーネだったが、あれだけはなんとしてでも見つけ出さなくては。



 あの指環には、これまでの全てが記録されているのだから。






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