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首都アシスにあるスフォネ子爵家の
季節は秋だが、温室は緑に溢れ、日差しも心地よい。
ティーテーブルを挟んで座る4歳年上のシモーネは、美しく妖艶な女性だった。
「シモーネ嬢が、わたしみたいな若輩者を相手にしてくれるとは予想外でした」
へりくだってみても、
「まさか、スペンサー侯爵家の御子息であるロイズ卿からお声をかけて頂いて、喜ばない子女はいないでしょう」
自然な笑顔で返してくる。
これが社交界で培ったものなのか。皇太子の側妃の座を狙う者としてはこれくらいできて当然なのか。ひとことで云えば、シモーネは『駆け引き上手』だった。
「スペンサー侯爵とともに、すでに内政にも関わっているとか。素晴らしいですわ。ゆくゆくは、サイラス殿下をお支えになる立場になられるのでしょうね」
さらりと、皇宮内でのロイズの立ち位置を覗ってくるところは、抜け目がない──が、あからさまなところは、いまひとつといったところだ。
シモーネとの他愛もない会話からは、すでにいくつかの情報を聞き出すことに成功していたし、口の軽い屋敷の使用人たちからは、さらに多くのことが聞き出せていた。
「いえ、わたしなどは、まだまだです。父や妹とちがい、魔法の才にも恵まれていませんからね」
「まぁ、そんなの関係ありませんわ。サイラス殿下も側近であるルーファス卿も、特化魔法の使い手ではなかったはずですが、御二方とも国政で素晴らしい手腕を発揮しておりますもの。外交においても交易を中心に、近隣国との関係を深めているとか」
ちょうど皇太子サイラスのことが話題にのぼり、少し勇み足かと思いつつも、ここでロイズは揺さぶりをかけた。
「そうですね。シモーネ嬢がおっしゃるとおり、御二方とも皇国にかかせない存在です。それゆえ、6年前は肝を冷やしました」
「6年前……」
「ええ、ご存知ですよね。『皇后陛下の御茶会』にてサイラス殿下が毒蛇に襲われたのを。じつは、あのとき、わたしもその場にいたんです。いまでもよく覚えていますよ。大量の蛇が──」
わざと間をあけシモーネの目を見据え、表情の変化を探る。
「まるで何者かに操られたかのように、一斉に湖から飛び出してきたのです」
ロイズの鼻孔を、甘い香りがくすぐったのはそのときだった。
しかし、独特な甘い香りが漂っていると感じたときには、すでに芳香は狭い温室の中に広がっていた。
この空間に案内されたときから、ここが密会を楽しむ目的で造られたことは、ロイズの目にもあきらかだった。
目隠しの役目を果たす緑に覆われ、温室だというのに毛足の長いラグまで敷かれ、その奥には「昼寝用です」とシモーネが云っていた寝台まであるのだから。
身体の機能が急速に緩慢になっていくなか、感覚器官だけはやけに敏感になっているような気がした。
「ロイズ卿、どうかされましたか」
シモーネの白い手が伸ばされ、ティーテーブルの上でロイズの手に重ねられた瞬間、これまで経験したことがない快感がロイズの背中を走り抜ける。
「くッ──」
顔を歪める侯爵家の子息の指に、今度は自分の指を絡めていくシモーネ。
その中指には、薄紅色の宝石が輝いていた。
どんどん荒くなっていくロイズの呼吸を、満足気に観察していたシモーネは、椅子からゆっくりと腰をあげ、美しい顔を近づけてくる。
「貴方って、本当に魅力的ね。若くて美しくて、それでいて賢くて、意外と大胆なところもある。こんなにも苛めたくなるのは久しぶりだわ。そうね、漆黒の髪と金の瞳を持ったあの子以来かしら」
「ダレを、苛めたい、だって?」
全身が火照りはじめるなか、ロイズは必死に身体を支えていた。
「驚いたわ。まだ普通に話せるのね。10年以上吸いつづけているわたしとちがって、耐性があるわけでもないのに……」
シモーネの目が見開かれる。
「相当な精神力だわ。ますます、魅かれてしまう。もし、貴方が皇族だったら、わたしは最高のお姫様になれたのに……残念よ」
絡めていた指が離され、薄紅色の指環がはめられた手が、ロイズの顎を持ち上げた。
「何かを企んで、わたしに近づいてきたのはわかっている。でも、何もせずに突き放すには貴方は素敵すぎるわ。大丈夫よ、ロイズ卿もきっと気持ちよくなれるから。わたしの下で、懇願する貴方を見るのが今から楽しみだわ」
饒舌になったシモーネから距離をとるため、顎先に触れている手を払いのけたロイズは、椅子から立ち上がろうとして、さらなる快感に襲われた。
「わたしの役に立ってくれたら、もっと気持ち良くしてあげるわ。貴方はとても使い道がありそう。そうね、まずはサイラス殿下に近づいてもらって、それから……ああ、でも色々と訊きたいこともあるし、まずは、わたしが試してみようかしら」
妖艶に微笑むシモーネから、ますます強い芳香が漂ってきて、ロイズの性衝動が高まっていく。
「──クソっ!」
衣擦れですら、もはや刺激にしかならない。
椅子から崩れ落ちるように温室に膝をついたロイズの視界に、ヒールの爪先が見えた。
「体調がすぐれないようですね。どうぞこちらに、奥に寝台がありますから少しお休みください。それとも、ここではじめましょうか? 既成事実があったら、スペンサー侯爵家もこちらに手は出しにくいでしょうから」
シモーネの手が、いよいよロイズの汗ばんだ素肌に触れようとしたとき。温室のガラスが次々と割れる激しい音が響き渡った。