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第10話



「そうですね。では、レティシア嬢と呼ばせていただきます。トライデン公爵子息のこともエディウス卿と呼んでおりますので」



「わかりました。では、そのようにお呼びください」



 無難に切り抜けたルーファスは、本題に入る。



「それで、隠し部屋ですが、殿下を襲ったのと同種の毒蛇がいたのですね。それに桃華蘭の媚薬を抽出していた痕跡まであったと」



「はい、でも見つかったのは大量の毒蛇の液浸標本ばかりで、研究記録データを見るまでは、4年前の『皇太子殿下襲撃』と結びつけることはできません。それに、ジハーダ王国とのつながりを示す決定的な証拠をつかむこともできませんでした」



 結局、地下室も調べられなかったし……



 満足のいく成果が出ていないことに、うな垂れるレティシアだったが、



「いえいえ、レティシア嬢、素晴らしい成果ですよ。我々が潜入させた密偵もシモーネの部屋が怪しいと探ってはいたのですが、これまでどうやっても『隠し部屋』にはたどり着けませんでした」



 ルーファスの顔は喜びに満ちていた。



「エディが……いえ、エディウス卿が室内を魔写機カメラに収めていますので、のちほど魔具士の方が現像を持ってくるでしょう」



「それは、それは!」



 素晴らしい──



 ルーファスの喉が鳴る。



 サイラスが云うところの、この死んだ魚のような目で『隠し部屋』を見ることができれば、レティシアたちが発見できなかった『新たな証拠』をいくつも見つけられそうな予感を、ルーファスはひしひしと感じていた。



 両手の指をポキポキ鳴らしながら、魔写機カメラの現像を今か今かと、薄笑いを浮かべて待つ側近。



 相変わらずの薄気味悪さだ──と、となりにいる禍々しいモノから目を逸らしたサイラスは、レティシアを労う。



「僕も素晴らしい成果だと思うよ。正直に云うとね、すでに話したとおり、これまにいくつか手は打っていたんだ。密偵を潜入させたり、街道の建設計画で相手を泳がせてみたりね。でも、なかなか進展せずに行き詰まり状態だった」



「密偵の潜入……それはジオ・ゼア様のことですか」



「彼もそのひとり。敵国に潜入して単独で任務を遂行できるのは彼しかいない、ってトライデン公爵の抜擢でね。しばらく音信不通になっていて、万が一の可能性を考慮していたんだけど、まさか、キミたちに接触してくるとは思わなかった」



 話しているうちに、サイラスの顔が曇りだす。



「キミのお兄さんの云うとおりだったね。彼は任務に忠実にあたってくれていた。国のために命を懸けて潜入している彼を、本来であれば、僕が一番信じてあげなければならなかったのに……情けないね」



 堪らずレティシアは声をあげた。



「いいえ、殿下が情けないなんて、そんなことは絶対にありません。わたしの母は常々云っています。国を背負う者が、日々どれほどの重圧に耐えているか。真偽が混同する情報を取捨選択し、日に何度も身を削るような判断を迫られると……ですから、サイラス殿下が、あらゆる想定をされるのは当然です」



「レティシア嬢……」



「特務機関の魔毒士となり、国政の末端に身を置くようになって、わたしも改めて感じています。サイラス殿下が、日々どれだけ国のために尽くしているか。心から殿下を尊敬し、敬愛しています」



 正面に座るサイラスの手を、レティシアは優しく取った。



「お疲れですね。少しだけ、このままで」



 白い光が、惚けたサイラスを包んでいく。



 レティシアの癒しの力が、疲弊した心と身体を治癒ヒーリングしていった。



 ポキポキ、ポキポキ、ポキ──



 10本の指を鳴らしながらルーファスは、恍惚となっている男を眺めていた。



 サイラスの頭上では今、目に見えない祝福の鐘を、天使がこれでもかと打ち鳴らしていることだろう。



 リンゴーォォォン! リンゴーォォォン!



 ピンクの花吹雪が、猛烈な勢いで舞い踊っているかもしれない。



『心から殿下を尊敬し、敬愛しています』



 これは、最高のご褒美だな。



 幼い頃から皇帝になるべく育てられた皇太子は、母である皇后エリスからも、側近である自分からも、ほとんど褒められたことがない。



 レティシア嬢よ、最高のタイミングでした。



 ルーファスの頭の中で、算盤がはじかれる。



 これは2日……いや、3日は馬車馬のように働かせても文句は云いそうにないな。



 しめしめ、とほくそ笑みながら、改めて思うのは——ああ、なぜレティシア嬢を皇太子妃候補から外してしまったのかっ!



 上級回復士である彼女さえいれば、365日24時間体制で、サイラスをフル稼働させられたというのに!



 恐ろしいことを考えながら、スフォネ子爵家の『隠し部屋』をはやく見たいルーファスは、特務機関の魔具士が「現像できましたぁ!」と扉から入ってくるのを、ふたたび、今か今かと待っていた。



 心待ちにしていた扉が開いたのは、それから数分後。



 はじめて目にする『隠し部屋』を投影機で拡大させ、隅々まで舐めるように見ていくルーファスは、頬が弛緩していくのを止められなかった。



 ある、ある──思ったとおりだ。



 皇国の頭脳と誉れ高い側近が、画像に張り付きながら「イヒヒ……」と、世にも恐ろし気な声で笑う姿に、投影機を操作する若い魔具士は震え上がった。






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