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シモーネ・スフォネ
子爵令嬢として生まれた美しい少女の夢は、
「皇子様と結婚して、お姫様になりたい」
それだけだった。
口癖になったその言葉に、両親は「きっとなれるよ。だってシモーネは、皇国で一番キレイだから」と繰り返し答えてくれた。
しかし綺麗なだけでは「皇太子妃」にはなれないという現実を、子爵令嬢が知ったのは12歳のとき。
早熟ではあったが、まだ少女と呼べる時期だった。
「キレイだ」「カワイイ」とはいってくれても、子爵家以外の者たちは「皇太子と結婚できる」とは云ってくれない。
理由は──爵位が低いから。
時々、シモーネが耳にしたのは、『せめて、伯爵家だったら』という言葉。或いは、特化魔法の使い手でもない彼女に『もし聖印が現れたら』なんていう非現実的な話。
そしてシモーネは、ついに現実を目の当たりにした。
社交界でどんなに美しいと誉められても、皇太子妃の選定にあたる『皇后陛下の御茶会』への招待状は届かない。
悔しい。
わたしが皇太子妃の候補に選ばれないような茶会なんて、メチャクチャになればいいのに。
皇宮から遠く離れた田舎の領地で憤りを感じたシモーネは、ふと思い出した。
父であり商売人でもある子爵が数年前に、闇取引をしていたジハーダ王国からの依頼で、皇国の要人であるトライデン公爵家の子息襲撃を企てことを。
結果は失敗に終わったが、実行したことによってジハーダ王国の信頼を得た父の商売は軌道にのり、子爵家は一財産を築くことに成功したのだ。
あのとき、中央神殿にて失敗した『襲撃作戦』を、9歳のシモーネは離れた場所から見ていた。
あれじゃ、ダメだわ。
毒蛇の数も全然足りない。それに、もっと調教して意のままに操れるようにならないと……わたしならもっと上手くやれるのに。
あれ以来、父が使わなくなった部屋で毒蛇の研究をつづけ、独自の方法で調教をはじめたシモーネは、ときに人を使って実験までしていた。
元々、加虐的な嗜好が強かったシモーネは、蛇毒に苦しみ悶える者たちを見て、恍惚となり快楽に浸る日もあった。
あれから数年が経ち──
蛇が持つ鋭い嗅覚を使って、多くの毒蛇を1度に操れるようになったシモーネは、このとき素晴らしい企みを思いついた。
「わたしを御茶会に招待しなかったことを後悔させてあげる。ああ、皇太子が蛇毒に苦しむなか、わたしが解毒剤を持って現れたらどうなるだろうか……皇太子妃にしてくれなかったら、媚薬漬けにしてやってもいいし……」
「お父様、素敵な提案がありますの」
その夜、シモーネは父にささやいた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜通し馬を走らせたレティシアとエディウスが、首都アシスに戻ったのは翌日の午後だった。
「レティ、とりあえず俺は父上のところにいく」
「わたしは──皇太子殿下とルーファス卿のところへ」
本当なら、いますぐ兄ロイズに危険を知らせにいきたいが、それはできない。
スフォネ子爵家で見つけたものを報告するため、サイラスの執務室に向かいかけたレティシアの手が取られる。
「待って、レティ」
「エディ?」
振り返ると少し屈んだエディウスが、まっすぐにレティシアを見つめていた。
「大丈夫だ。父上に届けしだい、俺はすぐにロイズ卿を探しに行くから。まずはスフォネ家の別邸に向かう。ロイズ卿に会えなければ、劇場や遊技場、他の貴族の別邸に乗り込んででも必ず見つけるよ。だからレティは、安心して報告してくるんだ」
いつもそうだ。不思議なほどエディウスは、こちらの気持ちを察してくれる。
「エディ、いつもありがとう。貴方がいてくれて本当によかった」
「御礼はロイズ卿を見つけてからでいい。そうだな、久しぶりにレティが淹れてくれる薬草茶が飲みたいな」
「もちろんよ。何杯でも淹れてあげるわ」
「楽しみだ。じゃあ、そのときに俺の話しを少し聞いて欲しい」
「話? どんな?」
「それは、そのときに。悪い話しではないから安心して──ほら、もう行って。蛇毒のことは、レティじゃないと説明ができないから」
トンと背中を押され、エディウスに見送られたレティシアは、
「それじゃあ、エディ、またあとで」
サイラスがいる執務室へと急いだ。
「スフォネ家の隠し部屋!」
サイラスのとなりで、レティシアの報告を聞いていたルーファスの緑の瞳は、久しぶりに光を反射させた。
「スペンサー侯爵令嬢、それは城館のどこにあったのですか?」
「3階にあるシモーネ嬢の私室です。ルーファス卿、わたしは特務機関の所属ですので配下として扱ってください。よって敬称はいりません。名前か、或いはスペンサーと家名で呼んでください」
いや、それはできないだろ、とルーファスはチラリと初恋こじらせ皇子を盗み見た。
案の定、ギロリと睨んでくる。こじらせたうえに、狭量なのだ。
しかし配下とはいえ、さすがに「スペンサー」と呼ぶには、あまりに家格がある家門だし、「レティシア」なんて名前で呼んだら、となりの男にまた首を絞められる。
次代の君主として、そこそこ見込みのある幼馴染は、何事にもおおむね感情をコントロールできるのに、スペンサー侯爵令嬢のことになると、とたんに表情があからさまになる。
さて、どうしたものか。