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第9話




  ◇  ◇  ◇  ◇




 シモーネ・スフォネ



 子爵令嬢として生まれた美しい少女の夢は、



「皇子様と結婚して、お姫様になりたい」



 それだけだった。



 口癖になったその言葉に、両親は「きっとなれるよ。だってシモーネは、皇国で一番キレイだから」と繰り返し答えてくれた。



 しかし綺麗なだけでは「皇太子妃」にはなれないという現実を、子爵令嬢が知ったのは12歳のとき。



 早熟ではあったが、まだ少女と呼べる時期だった。



「キレイだ」「カワイイ」とはいってくれても、子爵家以外の者たちは「皇太子と結婚できる」とは云ってくれない。



 理由は──爵位が低いから。



 時々、シモーネが耳にしたのは、『せめて、伯爵家だったら』という言葉。或いは、特化魔法の使い手でもない彼女に『もし聖印が現れたら』なんていう非現実的な話。



 そしてシモーネは、ついに現実を目の当たりにした。



 社交界でどんなに美しいと誉められても、皇太子妃の選定にあたる『皇后陛下の御茶会』への招待状は届かない。



 悔しい。



 わたしが皇太子妃の候補に選ばれないような茶会なんて、メチャクチャになればいいのに。



 皇宮から遠く離れた田舎の領地で憤りを感じたシモーネは、ふと思い出した。



 父であり商売人でもある子爵が数年前に、闇取引をしていたジハーダ王国からの依頼で、皇国の要人であるトライデン公爵家の子息襲撃を企てことを。



 結果は失敗に終わったが、実行したことによってジハーダ王国の信頼を得た父の商売は軌道にのり、子爵家は一財産を築くことに成功したのだ。



 あのとき、中央神殿にて失敗した『襲撃作戦』を、9歳のシモーネは離れた場所から見ていた。



 あれじゃ、ダメだわ。



 毒蛇の数も全然足りない。それに、もっと調教して意のままに操れるようにならないと……わたしならもっと上手くやれるのに。



 あれ以来、父が使わなくなった部屋で毒蛇の研究をつづけ、独自の方法で調教をはじめたシモーネは、ときに人を使って実験までしていた。



 元々、加虐的な嗜好が強かったシモーネは、蛇毒に苦しみ悶える者たちを見て、恍惚となり快楽に浸る日もあった。



 あれから数年が経ち──



 蛇が持つ鋭い嗅覚を使って、多くの毒蛇を1度に操れるようになったシモーネは、このとき素晴らしい企みを思いついた。



「わたしを御茶会に招待しなかったことを後悔させてあげる。ああ、皇太子が蛇毒に苦しむなか、わたしが解毒剤を持って現れたらどうなるだろうか……皇太子妃にしてくれなかったら、媚薬漬けにしてやってもいいし……」



 おりしも、ふたたびジハーダ王国から闇取引の継続を条件に、今度は『皇室の襲撃』を依頼され頭を抱える父のことを、シモーネは知っていた。



「お父様、素敵な提案がありますの」



 その夜、シモーネは父にささやいた。




 ◇  ◇  ◇  ◇




 夜通し馬を走らせたレティシアとエディウスが、首都アシスに戻ったのは翌日の午後だった。



「レティ、とりあえず俺は父上のところにいく」



「わたしは──皇太子殿下とルーファス卿のところへ」



 本当なら、いますぐ兄ロイズに危険を知らせにいきたいが、それはできない。



 スフォネ子爵家で見つけたものを報告するため、サイラスの執務室に向かいかけたレティシアの手が取られる。



「待って、レティ」



「エディ?」



 振り返ると少し屈んだエディウスが、まっすぐにレティシアを見つめていた。



「大丈夫だ。父上に届けしだい、俺はすぐにロイズ卿を探しに行くから。まずはスフォネ家の別邸に向かう。ロイズ卿に会えなければ、劇場や遊技場、他の貴族の別邸に乗り込んででも必ず見つけるよ。だからレティは、安心して報告してくるんだ」



 いつもそうだ。不思議なほどエディウスは、こちらの気持ちを察してくれる。



「エディ、いつもありがとう。貴方がいてくれて本当によかった」



「御礼はロイズ卿を見つけてからでいい。そうだな、久しぶりにレティが淹れてくれる薬草茶が飲みたいな」



「もちろんよ。何杯でも淹れてあげるわ」



「楽しみだ。じゃあ、そのときに俺の話しを少し聞いて欲しい」



「話? どんな?」



「それは、そのときに。悪い話しではないから安心して──ほら、もう行って。蛇毒のことは、レティじゃないと説明ができないから」



 トンと背中を押され、エディウスに見送られたレティシアは、



「それじゃあ、エディ、またあとで」



 サイラスがいる執務室へと急いだ。



「スフォネ家の隠し部屋!」



 サイラスのとなりで、レティシアの報告を聞いていたルーファスの緑の瞳は、久しぶりに光を反射させた。



「スペンサー侯爵令嬢、それは城館のどこにあったのですか?」



「3階にあるシモーネ嬢の私室です。ルーファス卿、わたしは特務機関の所属ですので配下として扱ってください。よって敬称はいりません。名前か、或いはスペンサーと家名で呼んでください」



 いや、それはできないだろ、とルーファスはチラリと初恋こじらせ皇子を盗み見た。



 案の定、ギロリと睨んでくる。こじらせたうえに、狭量なのだ。



 しかし配下とはいえ、さすがに「スペンサー」と呼ぶには、あまりに家格がある家門だし、「レティシア」なんて名前で呼んだら、となりの男にまた首を絞められる。



 次代の君主として、そこそこ見込みのある幼馴染は、何事にもおおむね感情をコントロールできるのに、スペンサー侯爵令嬢のことになると、とたんに表情があからさまになる。



 さて、どうしたものか。






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