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第6話



 月が綺麗な夜。



 暗色の偵察衣に着替えたエディウスとレティシアは、防音魔法に加え、消音魔法で足音を消し、闇に紛れると、城館の裏口から屋敷に入り込むことに成功した。



 そしてすぐに、地下室につづくと見られる開放されたままの隠し扉を見つけたのだが——それ以上は、進めそうになかった。」



 なぜなら、深夜にもかかわらず地下から響いていくるのは、土を掘り返す音。



「くそ、まさか夜通し作業しているとは……」



「見張り番を兼ねた作業員というわけね。だから社交シーズンが終わっても、スフォネ家は首都の邸宅タウンハウスに滞在していたんだわ」



 レティシアとエディウスが突き止めたかったのは、これが本当にただの地下室なのか。それともどこかに通じている地下通路の入口なのか。例えば、ジハーダ王国に通じる道とか。



 しかし、秘密裏に進めなければならないのに、見張り番がいてはこれ以上進めない。



「街道の建設と同時期に城館の地下で採掘作業が行われていたとしても、貯蔵用の地下室を増築していただけだと云われたら、なんの証拠にもならない。出口がどこかを突き止めないと……」



「そうね。でも、ここが完成したときには、地下通路の入口は、きっと扉ごと巧妙に隠されてしまうわ。そうなったら簡単には貴族の屋敷に手はだせない」



 レティシアとエディウスが行き詰まったときだった。



「そういうこと。だから難航しているんだよね」



 レティシアがかけた防音魔法の領域に、何者かが簡単に足を踏み込んできた。第三の声に、魔剣クリムゾンを素早く抜いたエディウスが、レティシアを背にかばい殺気を放つ。



「だれだ」



 エディウスの殺気をまともに受けても、平然としている男は冷静に忠告してきた。



「ああ、その剣はやめた方がいい。日常魔法以外の魔力を感知されたらマズイ。ますます警戒されてしまうからね」



 レティシアは信じられない思いだった。月明かりを背にして顔の見えない男の声には、聞き覚えがある。



「——ジオ・ゼア?」



「こんばんは、お嬢さん。久しぶり」



 月光を背にした男が一歩前に進み出たとき、その顔がはっきりと見えた。黒い髪、金色の瞳。その瞬間、レティシアは黒衣の魔導士の胸に飛び込んでいた。



 何をしているんだ、とか。どうしてここに、とか。連絡くらい寄越しなさい、とか。



 訊きたいことも、云いたいことも山積みだったが、そのすべては胸に飛び込んだ魔導士の心臓の音を聞いているうちに、どうでもよくなってしまった。



 生きて、また会えた。それだけで十分な気がしたから。



「ずいぶん大きくなったね。あれから何年が経つのかな」



「もうすぐ5年よ」



「どうりで。髪も伸びたし、背も伸びたね。それに、この暗衣は見覚えがある。本当に特務機関の魔毒士になったんだ。すごいね」



「そうよ。もう見習い期間だって終わったんだから。ジオ・ゼアは……ちゃんとご飯を食べていた? きちんと寝ていた? それから、ケガして泣いたりしてなかった?」



 レティシアの頭の上で、クスリと笑い声がした。



「ご飯も睡眠もそこそこだけど、お嬢さんが持たせてくれたお土産のおかげで元気だったよ……でも、ときどき、泣きたくなる夜はあったかな」



「泣いたの?」



 顔をあげたレティシアは、これでもかというほど優しい目をしたジオ・ゼアから目が離せなくなる。



「今夜みたいに月が綺麗な夜は、とくに泣きたくなったね。だって、お嬢さんを思い出ちゃうから」



 そう云ってジオ・ゼアは、レティシアの身体を離した。



「さてと、お嬢さんとの再会をもっと堪能していたいところだけど。あまり時間がないんだ。それに、今にも殺しそうな目で僕を見てるヤツもいるしな」



 黒衣の懐に手を入れたジオ・ゼアは、魔封印が施された小さな筒を取り出してエディウスへと投げ渡す。



「それ、人遣いの荒いキミのお父さんに渡してよ。必ず、直接ね。息子のキミかトライデン公爵本人以外が触れると、自然消滅する魔法がかけられているから取り扱いには注意して」



 エディウスが受け取ったのを確認したジオ・ゼアは、レティシアの背中を押した。



「さあ、お嬢さん、ご覧のとおり地下室には行けない。でも、この屋敷の3階にあるシモーネの私室を調べてみて。お嬢さんなら気になるモノを見つけられるはずだ」



「ジオ・ゼアは?」



「ごめんね、僕はもう行かないと。それに、あの部屋には足を踏み入れたくない事情があってね」



 それまで優しかった金色の瞳に、苦痛の色が浮かんだのをレティシアは見逃さなかった。



 いったい何があったのだろうか。ジオ・ゼアとシモーネの間に、何かあると直感したレティシアだったが、それを聞く時間も勇気もない。代わりに携帯していた薬草と魔薬をすべて渡した。



「持っていって。それから——ちゃんと戻ってきてね」



 無言で受け取ったジオ・ゼアは膝をつき、レティシアの頬に手を添える。



「必ず。次はもっとゆっくり話したいね。それから、いつか、僕とも任務に行こうね。お嬢さんとなら楽しい旅になりそうだ」



 黒の魔導士を暗闇が包み込み、レティシアの頬から温もりが消えていく。



 真っ暗になった室内に、ふたたび月明かりが射し込んだとき、すでにジオ・ゼアの姿はなかった。






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