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第5話



 ◇  ◇  ◇  ◇ 





 その頃——



 レティシアとエディウスは、魔鉱石の鉱山が発見されたという山岳地帯にいた。



 表向きは、山間部に生息する魔獣の生態調査ということになっているが、実際のところは、トライデン公爵から秘密裏に指示された任務だ。



「もう全部バレちゃったから、ちょうどいい。国境沿いでジハーダ王国に動きがあったそうだ。シモーネに張り付いてくれているロイズ卿からも同様の情報が寄せられているから、ほぼ間違いないだろう。レティシア嬢とエディウスは、スフォネ子爵領に近い街道沿いを中心に見張ってくれ」



 完成間近の街道を山間から見下ろしたレティシアは防音魔法を唱えたあと、となりに立つエディウスに訊く。



「もしかして、エディは前から知っていたの?」



「いや、まったく。父上からレティの護衛をするように云われたとき、はじめて聞かされた」



「そうだったのね。でも、まさかジハード王国が4年前の殿下襲撃に関わっていたなんて」



 サイラスとルーファスの判断により、その全貌を知らされることになったロイズとレティシア。



 山岳地帯に国境がある隣国のジハード王国は、領土を拡大するために近隣諸国への侵攻を繰返す好戦的な国家だ。



 現オルガリア皇帝ユリウスの命を受けたトライデン公爵は、主にジハーダ王国の動向を追い、皇太子とルーファスは皇国内で手引きする貴族の動きを追っていた。



「父上の話しでは、先代のジハーダ王の時代には、何度もオルガリアに侵攻してきたそうなんだが、当時父上が率いていた国境警備隊やゼキウス将軍に、ことごとく退けられたそうだ」



 度重なる侵攻で戦力の大半を失ったジハーダ王国は、その後しばらくは動きをみせなかったが、現王に王位が継承された頃からふたたび、きな臭い動きが増えきた。



「3歳のとき、中央神殿に毒蛇を放って俺を襲ったのはその前段階にすぎなかった。ようするに検証したかったんだろう。警備網を突破できるか。毒蛇を操れるか。その毒で死に至らしめることができるか。ジハーダ王国の本来の目的は、皇宮内に毒蛇を引き入れ、次期皇帝となるサイラス皇太子殿下を暗殺することだったんだ」



 失敗に終わった計画を練り直し、つぎの暗殺の機会を伺って6年後。それが、『皇后陛下の御茶会』だったということか。



「あの毒蛇って……」



「調教師によって訓練された蛇らしい」



「どうりで、魔力を感知できなかったはずだわ」



狙われた『皇后陛下の御茶会』で、暗殺計画は実行に移された。



厳しい警備をかいくぐって皇宮内に大量の毒蛇が放たれたことから、



「内通者がいるはずです」



 皇国内の貴族が手引きした可能性が高いと考えたルーファスは、内偵をすすめた。その結果、浮上してきたのがスフォネ子爵家。



 爵位こそ低いが、現当主はなかなかの商売上手で、経営する商会を通じて諸外国との交易も盛んだ。加えて、数年前に社交界デビューしたスフォネ子爵令嬢シモーネの美しさは、同年代の令嬢たちと比べても群を抜いていた。



 今年21歳になるシモーネはいまだ未婚。家格の低さから皇太子妃候補にはなれないが、いずれ側妃になるのではないかと噂されている人物だ。



 ルーファスの話では、



「本人は、なる気満々でしょうね。殿下より3歳上ですが、まぁ、許容範囲ですし、これまで数々の求婚を断って、何かというと父親のスフォネ子爵を伴って殿下への面会を希望していますから。でも……あの獲物を狙う猛禽類のような目は、他にも何かありそうなんです」



 かなり警戒していた。



 そんなスフォネ家は近年、ジハーダ王国との取引を大幅に増やしている。潜伏中の密偵によると、王国とは正規の取引以外にも、帳簿にない裏取引をしている可能性があるらしい。



 しかし裏取引にしても、手引きにしても、怪しいのは間違いないが、今のところジハーダ王国とスフォネ子爵家をつなげる確固たる証拠が見つかっていないというのが実状だ。



 そこに風穴をあけるべく乗り込んでいったのが、レティシアの兄ロイズ。



 現在、急激に需要が伸びている『薬草茶』の専売権を交渉カードに、スフォネ子爵家に近づき、さらにはシモーネをエスコートして連日夜会へと参加している。



 兄ロイズが、父娘ともに一気に攻略しようとしているのは、あきらかだった。



 エディウスは岩肌に身を隠し、完成間近の街道を行き来する作業員らしき男たちを注視していた。



「ロイズ卿が懸念していたとおりになりそうだな」



 ジハーダ王国とオルガリア皇国をまたぐ形で新たに発見された魔鉱石の鉱山。そのオルガリア側から採掘した魔鉱石は、当初、首都アシスまで最短距離にある貴族の領地に街道をつくり運搬する予定だった。



 それを土壇場で外交部が異をとなえた上、ジハーダ王国との国境にもっとも近いスフォネ子爵家の領地にわざわざ迂回させて計画を推し進めたことに、ロイズは強い違和感を覚えたという。



 自領の薬草を皇国内外に安定供給させるため、外交部と流通経路の交渉をしていたロイズは、独自の調査で外交部の高官たちが、スフォネ家から多額の賄賂を受けていることを突き止めた。



「あそこで何が起きているのは間違いないよ。街道はもうほとんど完成しているというのに、いまだに多くの作業員が出入りしているのはおかしい」



 子爵領を実際に目にしたエディウスは、ロイズの言葉が正しいことを確信した。


 多くの作業員たちが出入りしているのは街道建設の作業場ではなく、新たな街道から数本の畦道と前庭を挟んだ場所にある子爵家の城館カントリーハウスなのだから。



 作業員たちによって、邸内からは大量の土が運びだされてくる。運び出された土は前庭に山積みにされ、それを運びだす荷馬車が、さっきから城館と街道を頻繁に行き来しているのだ。



「公費を使って、自分の家に地下室を作っているような感じね」



 レティシアの指摘に、エディウスが頷く。



「夜になるのを待って、偵察に行こう。本当は俺がひとりで行きたいけど、レティをひとりにはできないから付いてきてくれ」



「なによ。お荷物みたいな云い方ね」



 頬膨らませたレティシアをチラリと見たエディウスは、突然、手を伸ばして紫髪を一房手に取った。



「俺が臆病なだけだ。レティを万が一にも、傷つけられたくないんだ。髪の毛一筋さえも——」



「大袈裟ね。大丈夫よ。いざとなったらヒギエアだっているんだから」



 そう云って、エディウスから顔を逸らし、城館に視線を戻したレティシアだったが、最近こんなことをサラリと云うようになった幼馴染に、何ともいえない照れくささを感じずにはいられなかった。







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