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第3話



 地方のヒーラー不足を補うために、効能別に特化した薬草の商品化は非常に目の付け所が良い。効能も申し分ないと兵士たちには大評判で、国境を護る駐留部隊の多くが定期納入している。



 首都アシスでも入荷すれば即売り切れになる人気商品だ。ルーファスの頭の中にある計算盤が、素早く弾かれた。



 上手く話しを持っていき、資金と国有地さらには流通網を提供し、国と共同経営ということにでもすれば——悪くない。他国への貿易も視野に入れて安定した収入を得ることができ、国庫も潤うだろう。



 そうだな、国家のお墨付きが付くのだから、利益は6:4、いや7:3でいけるか──もちろん、国が7だが。



 しかしルーファスは、自身の腹黒い目論みが、早くもバレていることに気が付く。スペンサー侯爵令嬢と同席している兄ロイズ卿の冷めきった目が、すべてを見透かしていると伝えてきたのだ。



 ルーファスの頭のなかにある『貴族名鑑』によると、ロイズ卿はひとつ年下だ。しかしながら、その能力はおそらく自分と同等か、それ以上の人物かもしれないと、死んだ魚のような目をますます濃く濁らせながら、ルーファスは曲者くせものを観察しはじめた。



 果たして──レティシアに代わり話しはじめたロイズ卿は、予想どおりの人物だった。



 ときおり笑顔すら浮かべながら、やんわりと要求を突き付けてくるものの、「協力して欲しい」とは絶対に云わない。



 協力という名の『皇室の助力』に対して『対価』を払う気は一切ない、と云わんばかりの態度だ。



 やはりスペンサー家は要注意だな。



 ルーファスは確信する。



 皇室に反旗を翻せる力があるとすれば、トライデン公爵家かあるいはスペンサー侯爵家だろう。もっとも最悪なのは、この両家が万が一にも手を組んだときだ。



 そのへんのことを、となりに座ってデレデレしている次期皇帝は気が付いているのだろうか。



「レティシア嬢、難しい話しは二人に任せて、菓子でも食べるといい。薬草園を拡大させたいなら僕が所有する直轄地を無償で提供するし、流通経路はルーファスになんとかさせるから」



 ダメだ。初恋こじらせ残念皇子は、恋の病を悪化させ安請け合い皇子と化していた。



 それを聞いたロイズ卿がニンマリとして、



「ところでルーファス卿、貴殿はこんな話しを聞いたことがありますか」



 鋭く的確に、こちらの急所を突いてきた。



「オルガリア皇国の外交を取り仕切っている部門が、とある貴族の領地に重要な運搬経路ルートを複数開通させようとしているとか──実際、すでに国家専用の街道が整備されていますよね」



 ルーファスは、控室の温度が一気に下がった気がした。



 皇国内でも極一部しか知らない機密を、どうして知っているのだ……もしこのことを公にされたら、これまでの準備がすべて無駄になりかねない。



 これには、さすがにサイラスも表情を厳しくした。



「ロイズ卿、その話しは──なかなかに興味深いな」



「そうでしょうね。殿下にとってもルーファス卿にとっても、時間も人も要した極秘計画が台無しになるかもしれませんからね」



 いよいよもって看過できない状況に、ルーファスはサイラスに目配せした。これ以上は、ここで話しをさせてはダメだ。



 しかし、先手を打ってきたのはロイズだった。



「殿下もルーファス卿も安心していいですよ。まだ、だれにも話していませんので。それから、隣国に潜伏させている黒衣の魔導士は裏切っていませんから、そちらもご安心ください。ところで、少しだけ僕にも計画の種明かしをしてもらえませんか。そうしないと、互いに信頼関係を築くのは難しいでしょう」



 ここで、ルーファスは悟った。



 スペンサー侯爵家は絶対に、敵に回してはいけない貴族だ。とくにこの、ロイズ・ルーディス・スペンサー次期侯爵には、生半可な駆け引きなど通用しない。



 突如現れた、敵とも味方ともつかない貴族の子息に、ルーファスは生まれてはじめて白旗をあげた。



 しかし、そんな曲者も、実妹には弱かった。



「兄さま、いったい何の話しをしているのですか? それに黒衣の魔導士って……もしかして、ジオ・ゼア様のことですか?」



 最年少で国家特務機関の魔毒士となった才女から、非難がましい目を向けられた兄は、「いや、レティ……」面白いように慌てていた。



「サイラス殿下もルーファス卿も困惑されているではないですか。お二人とも国の重要案件に幾つも携わっているのですから、わたしたちに話せないことは、たくさんあるはずです。それを聞き出そうとするなんて……」



「だから、レティ、ちょっと待って。これは薬草園の流通に関係ないように見えて、じつは繋がっていて——」



「であれば、もっと順序立ててお話しするべきです」



「いや、だから少しでも有利に事を進めるために……」



 そこで、ロイズは口を継ぐんだ。



 母ローラと同じ紫の瞳が、怒りのこもった目で自分を見ていた。



「それこそ、どういうことですか? わたしたちは助言を求めにきたのですよ。国家に対して、不公平な助力を求めにきたのではありません! わたしは薬草をもっと多くの人に届けたいだけです。それには、安全な輸送経路が必要だと兄さまが云っていたから、こうして殿下やルーファス卿にお時間をつくっていただいたのに……」



 輝きを増したレティシアの瞳が潤みはじめ、曲者ロイズ卿は完全敗北した。





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