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第2話


 柔和な笑みを浮かべたロイズは、「ところで」と話しをかえる。



「レティはどこに行くの?」



「この書類を内務部に届けるところです」



「相変わらず忙しいみたいだね……心配だな。父さまが云っていたよ。もし、レティが体調を崩したら、特務機関に殴り込むって」



 殴り込み?! 『大地の聖印』持ちに殴り込まれたら、大変なことになる。



「心配にはおよびません! 規定どおりの休日も十分ありますし、本日などは、この書類を届けたら終わりなんです!」



「そうなの? それなら一緒に帰ろうか」



「かまいませんが……兄さまの方は良いのですか? ずいぶんと難しそうな顔で歩いていましが」



 妹の指摘に、兄はバツが悪そうな顔をした。



「レティに見られていたとは……僕は外交部に行ってきたところ。いやぁ、頭の凝り固まった役人ばっかりで! 笑顔を保つのが今日ほど苦痛だった交渉はないね。でも、可愛い妹に会えて、イヤ~な気分も吹き飛んだよ」



 深海のような紺碧の瞳を細めて嬉しそうに笑うロイズだったが、レティシアは兄の顔に疲労の色が浮かんでいるのを感じとった。



「お兄様、外交部と何か問題があるのですか?」



「いや、大したことじゃないよ。ちょっと、薬草の輸送経路について相談してきたんだ。できれば、人も物も安全に国境を越えて欲しいからね」



 兄が頭を悩ませているのは、おそらく薬草園に関することだろう。



 周辺国との外交に関するすべてを統括しているオルガリア皇国の外交部は、融通が利かないことで有名だ。そのせいか内務部や軍部との摩擦もかなりある。



 そういえば、父さまもよく吠えていた。



『くそっ! もし俺が冒険者だったら、外交部の連中がいる場所に大量の魔獣を解き放ってやるところだ』



 魔獣を放つのは言語道断だが、何か力になれたら思ったレティシアの脳裏に、『アノ人』の顔が浮かんだ。




 ◇  ◇  ◇  ◇ 





 皇宮内にある皇太子サイラスの執務室では、側近のルーファス・バトランダーが、半ば呆れ顔で仕える主を見ていた。



 執務室の扉がノックされ、衛兵が面会者の入室を求めるたびに、ちょっと嬉しそうな顔をして、訪れたのがお目当ての相手でないと知ると、あからさまにガッカリするというのを、ここ3カ月ほど繰返している。



 サイラスの待ち人が、成人の儀の式典パーティーにて誤解が解けらしいスペンサー侯爵令嬢であることは、疑いようもなかった。



 式典の翌日、浮かれた顔を隠せていない皇太子が、衛兵にクドイほど念を押すのをルーファスは聞いていた。



「近々、スペンサー侯爵令嬢が、非常に重要な案件で執務室を訪れるから、僕がどんなに忙しそうにしていても、絶対に追い返したりしないように。僕が不在のときは、控室で必ず待っていてもらうように」



 それから、早3カ月が経ち、もうすぐ4カ月になろとしている。



 夏だった季節は秋になり、真夏の太陽のように輝いていたサイラスの顔は、いまでは枯れた落ち葉のように、すっかりくすんでいた。



 最近では、衛兵からの入室許可に「忙しい」と機嫌悪く答えることも少なくない。そんな秋が深まった或る日。



 その日は朝から忙しく、昼食もままならないまま執務をしていたサイラスのもとに、面会者の入室を求める衛兵が「殿下……」と声をかけるや否や、サイラスは「あとにしろ!」と少し強めの口調で云ったのだった。



 扉の外では、衛兵が面会者に断りの言葉を告げていた。



「申し訳ございません。スペンサー侯爵令嬢、本日殿下は大変忙しいようで」



「いいえ、来訪を伝えていなかったこちらに非がありますので、また日を改め──」



 直後、皇太子の執務机から書類が舞い上がるのをルーファスは見た。



「待って! ちょっと! ちがう、ちがうぅぅ!」



 午前中から必死に処理していた書類を踏みつけていることに気が付かないまま、扉に突進していくサイラスの背中を、「やれやれ」と見送ったルーファスは、床に散らばった書類を拾い集めた。



 執務室に隣接する控室に、急遽運ばせたティーセットと軽食。



 レティシアを前にして、サイラスは幸せいっぱいだった。となりで死んだ目をしている側近のことも、同席しているロイズ卿のしかめっ面もまったく気にならない。いや、目に入っていなかった。



「殿下、お忙しいなか、お時間を頂きありがとうございます」



 恐縮するレティシアに、ブンブンと首を振る。



「まったく問題ないよ。ちょうど昼休憩にしようかと、ルーファスと話していたところだったんだ」



 嘘つけ。側近は、胸の内で毒づいた。



 控室に用意されたお茶を一口飲んだレティシアは、さっそく本題に入る。



「以前、お話しをさせて頂いた、領地で栽培している薬草の流通に関してなのですが、殿下とルーファス卿のお知恵をお借りできれば思いまして」



「もちろんだ。僕が協力できることは喜んでするし、側近のルーファスは死んだ魚のような目をしているが、頭だけはすごく良い。だから、なんでも相談するといい」



 ひどい紹介のされようだったが、デヴォンシャー領の薬草園については、ルーファスも以前から関心があった。






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