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第1話



「レティシアちゃん! 久しぶりね。今回も大活躍だったらしいじゃない。毒吐蛙の猛毒を中和するなんて、すごいわぁ!」



 本部で複数の任務の依頼書を受取った日、レティシアに声をかけてきたのは、同期のリリーローズ。



 見習い期間をほぼ同時期に終えたふたりは、今や任務、任務の毎日で、顔を合わせる機会はめっきりと減っていた。



 この日は、偶然居合わせた本部での再会に話が弾む。



「こんにちは。リリーさんも、お忙しいみたいですね。火蜥蜴を砂漠地帯に追いやったと聞きました。やっかいな魔獣相手で大変でしたね」



 火蜥蜴とは、主に乾燥地帯に分布している魔獣で、数百匹単位の群れで行動することが多い。体調1メートルと中型ながら、大きな口をあけて無尽蔵に火を噴く攻撃は強力で、窮地に陥ると毒ガスを吐いて逃げるという習性まである。



 火蜥蜴が人里に姿を現すのは、主に繁殖期。より高い栄養価の餌をもとめて、ときおり家畜を襲うのだ。



 被害にあった町や村の依頼を受けて討伐にあたる特務機関部隊も、毎回その数の多さに手こずるのだが……



「それが、全然大変じゃなかったのよ。拍子抜けしたくらい」



 リリーローズは苦笑いを浮かべた。



「今回編成された隊には、エディウス卿がいたから。わたし、火蜥蜴の猛烈な火炎放射を、さらに猛烈な火焔魔法で押し返す人をはじめてみたわ。毒ガスを吐く間もなく、ものすごい勢いで数百匹の火蜥蜴が逃げていったんだから。わたしの出る幕ナシで、あっさり任務終了。アイリス隊長もビックリしてた」



 相変わらず規格外の魔法を放っているらしい幼馴染は、火蜥蜴の討伐から休むことなく、今度は近衛騎士として要人の護衛任務にあたっているそうだ。



 リリーローズの話では、エディウスと組まされることが多いアイリスが酒場で愚痴っていたという。



「さっさと上級魔剣士になって欲しいわよ。わたしなんてさあ、もう、ただの引率係じゃない。悔しいけど、やっぱりスゴイのよ。あぁ~~、わたしの自尊心は傷つきまくりぃ~~」



 そうアイリスが愚痴りたくなるのも、分かる気がする。この調子でいけば、エディウスは再来年にも、上級に昇格するのではないだろうか。



  『一般』階級から3年未満で『上級魔剣士』になれば、また特務機関の最短記録、最年少記録の塗り替えである。



 前人未踏の領域にいる幼馴染を誇りに思いながらも、ふとレティシアが思い出すのは、黒衣の魔導士のことだ。



 上級職に昇格したこれまでの最短記録は、ジオ・ゼアが持つ3年1か月。あれから4年が経つが、行方は一向にわからない。便りのひとつもない。



 ジオ・ゼアの面影がエディウスに重なっていく。優秀であればあるほど、昇格は早くなるに違いない。



 もし聖印でも現れたら……そうなれば大切な幼馴染もまた、極秘任務で遠く危険な場所に行ってしまうかもしれない。



「レティシアちゃん? どうしたの、疲れてる?」



 急に黙り込んだレティシアを心配そうに見つめるリリーローズに、「なんでもないです」と笑顔を見せ、「それでは、また」と手を振り別れた。



 報告書を提出したレティシアは、魔毒士長バラクスに頼まれた書類を持って皇宮へと向かう。



「それを届けてくれたら、今日はもう帰って休んでいいからね」



 ここ2週間、任務つづきだったレティシアは、その申し出をありがたく受けるつもりだ。



 皇宮の中庭は、紅や黄、茶色に染まった落ち葉が積もり、レティシアは秋の訪れを感じていた。



 絵画のように美しい色彩の葉を踏みしめていると、正面からやってきたのは──



「あら、兄さま」



 およそ1カ月ぶりに会う、兄ロイズだった。



「レティ!」



 それまで厳しい表情で歩いていたロイズは、愛する妹を目にしたとたん、溢れんばかりの笑顔になる。



 その瞬間だった。



 四方から発せられた「キャァァ!」という黄色い歓声と、「ロイズ様の笑顔! 尊し!」など、うら若き女性たちの推しを尊ぶ声が聞こえてきた。



 秋風が吹く中庭は、人影もまばらだというのに……いったいどこから。



 レティシアが周囲を見渡せば──中庭を見渡せる回廊から、2階の窓から。ズラリと顔をのぞかせる令嬢たちがいた。



 兄ロイズを見つめる令嬢たちの顔は、もれなく紅葉のように赤く染まっている。



 レティシアはこのときはじめて、兄の女性人気の高さを知ることになった。



「お兄様、こんにちは……スゴイ、ですね」



 声をひそめるレティシアに「そうでもないさ」と兄ロイズは、慣れた様子で回廊に向かって手を振り、2階には投げキッスをしてみせた。直後、悲鳴に近い黄色い歓声に包まれた中庭。



 唖然とするレティシアに、兄ロイズは「いつもこんな感じだよ」とウインクしてみせた。



 レティシアの耳には、兄の浮いた話しなど一切入ってきていないが、この調子であれば社交界では引く手あまたにちがいない。



 大丈夫だとは思うが、念のため。



「兄さま、ほどほどになさってくださいね」



「何も心配いらないよ。僕にとってはずっと、レティが最高のレディだからね」





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