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第9話


 レティシアが、『火気厳禁』とした理由はひとつだ。



 不発に終わった硝酸弾から放たれた刺激臭を中和しなければならない。硝酸そのものに発火性はないが、火焔魔法によって空気が加熱されることで有毒なガスが発生する恐れがあった。



 その前に中和しなければ……



 硝酸を中和できる塩基性の魔法薬を作るため、大急ぎで魔法を構成するレティシアは、両目を閉じて集中する。



 早くしないと──いくらエディが強くても、火焔魔法ナシではさすがにキツだろう。



 さっきみせた余裕のある顔は、わたしに心配させまいとして……よし、出来た!!



 ──ドスンッ!



 超特急でつくった塩基性の中和弾を、刺激臭が発生する岩壁に向かって投げようとしときだった。重そうな音とともに、レティシア前にコロコロ……と、転がってきたのは、見事に切断された大サソリの頭部だった。



「レティ、こっちはもう終わったから、ゆっくりでいいぞ」



 余裕たっぷりなエディウスは、死骸となった大サソリの腹部分を蹴り上げ、壁際に移動させている。



 両手に中和弾を持ったレティシアは、想像よりもずっと強くなっていた幼馴染の剣士を、半ば呆れた目で見つめた。



「魔法とか、全然いらないじゃない」



「そうだけど、魔法を使った方が早いからな」



 効率の問題だと、幼なじみはサラリと云った。



 のんびりとしたフォームで中和弾を投げたレティシアは、



「ちよっと待っててね」



 頭部のない大サソリから、ほぼほぼ無傷の毒針を採取することに成功した。



 洞窟の奥からマルスの悲鳴が聞こえたのは、その直後。



「もしかして──」



 大急ぎで駆けつけたレティシアとエディウスは、同じく地中から現れたと思われる大サソリを前に腰を抜かしているマルスと遭遇。



燃焼プロミネス



 エディウスが遠慮なく、小さめの火焔魔法を放つ。マルスを襲う寸前だった大サソリが、真っ赤な炎をあげて燃え上がった。



「あはははっ! 煤と埃まみれじゃないの!」



 洞窟内の浄化を終えて出てきた3人を、外で待っていたアイリスは、火焔魔法の巻き添えをくらいボロボロになっているマルスを見て、大笑いした。



「笑いごとじゃないっ! ちゃんと内部の安全確認をしてくれっ! 土の中から大サソリの鋏が飛び出してきたときは、心臓が止まりかけたんだぞ!」



 めずらしく声を荒げるマルスに、首を傾げたアイリス。



「おかしいな。冷却するとき、念のため地中を凍らせておいたんだけど」



「残念ながらアイリスさんの凍土魔法程度では、俺の火焔魔法の余熱で溶けてしまうんですよ。次からは、2回、3回と魔法を重ねた方がいいでしょうね」



 見習い魔剣士とは思えない態度のエディウスに、アイリスの眉間がピシリと音をたてた。



「なんですって―ッ! もう一回云ってごらん!」



「ですから、アイリスさんの凍土魔法程度では──」



「本当に云うな! この火焔バカ! 傷つくでしょっ!」



 危ない場面はあったものの、レティシアの初任務は被害を最小限にとどめ、無事に完遂できた。



 翌日──



 本部に帰還したレティシアが、カナン村での任務報告書をあげると、魔毒士長バラクスからさっそくお呼びがかかる。



「お疲れさま。レティシア・アンナマリー・スペンサー、見習い期間は終了だよ。今日から正規の魔毒士として任務を果たしてもらう」



「はい。全身全霊でつとめさせていただきます」



 力強いレティシアの目を見たバラクスは、嬉しそうに微笑んだ。



 その夜、夢の中でレティシアは、不思議な声をきく。





 ◇  ◇  ◇  ◇   



 乙女よ。



 汝の使命を果たせよ。



 黒き者、紅き者、賢き者が、



 そなたを助けるであろう。




 ◇  ◇  ◇  ◇






 寝台で眠るレティシアの右手首で、精霊が宿る『智力の腕輪』が淡い輝きを放ち、しばらくすると光は消えていった。







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