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第7話



 プスプスという鎮火の音が聞こえ、常温に戻った洞窟内。



 真っ黒焦げになった入口の左右から、アイリスとエディウスは安全確認のため探索に入った。



 およそ15分後、まずはアイリスがコホコホと咳をしながら戻ってきて、ムスッとした表情で内部の状況を報告する。



「もう、どれもこれも、こんがりローストよ。あれだけ堅い背中の装甲殻も溶けてるし、半分以上は炭になってた」



「マジか……本当に信じられない火力だな」



「まったく、バケモノ級よ。まだ煙いから、浄化に入るのはもう少し待ってからの方がいいかも」



 マルスとアイリスがそんなやり取りをしていると、バケモノ級の見習い魔剣士も戻ってきた。



「エディウス、大丈夫だった? はい、これ。念のため渡しておくわ」



 レティシアは懐からお手製の『魔薬』を取り出す。



「ありがとう。そこまで魔力は消費してないけど、あとで飲んでおくよ」



「ちょっと、それは何?」



 目ざといアイリスが、エディウスの手に渡った丸薬をしげしげと見つめる。



「わたしの回復魔法を練り込んで作った魔力回復用の薬です」



「なんですって! そんな素敵な薬があるの?」



「よかったら、アイリスさんもどうぞ」



「ありがとう、レティシアちゃん」



 すぐさま服用したアイリスは、その効果に驚愕する。



「なにこれっ! 魔力が漲ってくるじゃない。エディウス、あんた、こんなハイスペックな魔薬をいつも飲んでるっていうの?! どうりでバカスカとアホみたいな燃焼魔法を放てるワケだ」



 ズルいぞ、と云うアイリスに、エディウスの冷めた眼差しが注がれる。



「まったく、あの程度の冷却魔法を使ったくらいでレティの魔薬を飲むなんて……この薬の価値をわかっていますか? 大酒を飲んだ次の日、うんうん唸っているアイリスさんが流し込む二日酔いの薬とはワケがちがうんです。こう云ってはなんですが、分不相応かと」



 裏山に上級魔剣士の声が響いた。



「キィイイイイーッ! マジでクソ生意気なヤツ!」



 洞窟の入口周辺に魔獣の忌避薬を巻き終えたマルスとレティシアは、毒素の浄化作業をはじめる。



 その間、アイリスとエディウスは、近くに潜伏している大サソリがいないか確認をするため、裏山の奥へと向かった。



 左右の入口に、それぞれ立ったマルスとレティシア。



「それじゃ、僕は右から浄化をしていくから、レティシアさんは左からお願い。冷却しているとはいえ、あの火力だ。まだ熱い岩場があるかもしれないから、十分注意してね」



「はい、わかりました」



 長い紫髪を頭の高い位置でひとつに結わえたレティシアは、さっそく左側の入口から内部に踏み込んだ。アイリスが云うとおり、火事のあとのような焦げ臭さが鼻をついてくる。



 魔剣士ふたりが置いてくれたのか、足元には照明用の発光石が幾つも転がっていて、洞窟の奥まで光は届いていた。



 アイリスの話では、左右の横穴はだんだんと狭くなっていき、最奥でつながっているということだから、そのうちマルスと合流することができるだろう。



 浄化魔法を掛けながら、レティシアは溜息を吐いた。



「本当に、ほとんど炭になってる。なんとか形を保っている残骸もあるけど……これじゃあ、サンプルを採取するのは無理だわ」



 今回の任務で状態の良い死骸があれば、毒素を採取しようと思い、密閉容器まで持参していたというのに……どれもこれも、炭化しているではないか。



 ガッカリしつつ、浄化魔法をかけながら道なりに進んでいくと、蛇行する横穴の幅は急に狭くなり、それからまた一気に広い空間へと出た。そこでレティシアは、歓喜の声をあげる。



 岩場の影に見えた大サソリの死骸。前部分は完全に焼け焦げていたが、毒針のある尾の部分は、まだ原型をとどめていた。



「なんとかなりそう!」



 毒針を採取しようと勢い勇んで死骸に近づいたレティシアは、すっかり油断していた。死骸のすぐそばの地面が、不自然に隆起していることを見逃してしまっていた。



 死骸の尾から毒針を抜こうとナイフを手にしたときだった、地面が揺れ動き、地中から大きな鋏が飛び出してきた。咄嗟に転がったレティシアの頬を、鋭い刃先がかすめていく。



 危なかった。



 あと一瞬遅ければ、致命的な傷を負っていただろう。額に冷や汗が浮かぶ。



 それにしても、なぜ——



 あれほどの火焔魔法で焼き払われながら、まさか生き残っていたなんて……



 大サソリが飛び出してきた穴を、低い姿勢のまま注視したレティシアは、その周囲が不自然に隆起していることに、ようやく気がついた。



「そういうことか」



 おそらく——エディウスが放った火焔魔法から逃れるために、この大サソリは本能的に地中潜り込み、レティシアが毒針を採取しようとしていた死骸の真下にいたのだろう。



 死骸の堅い装甲殻と大きな岩場が耐熱の役割を果たし、運良く生き残った大サソリは、冷却魔法で内部の温度が下がるのを待ち、巣穴から魔剣士たちが去るまで、ジッと地中に隠れつづけていたのだ。



 そして油断しているレティシアの気配を察知して、獲物を狩るために飛び出してきた——というワケだ。



 生温かく湿った洞窟のなか。大サソリとレティシアの距離は、2メートルあるか、ないか。



 前端にある大鋏を振り上げ、毒針のある尾を持ち上げた臨戦態勢の大サソリに対して、レティシアの手持ちの武器は、毒針を採取しようと取り出したナイフだけ。



 これってかなりマズイ状況なのでは——







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