レティシアの手から、紫色をした光が溢れ出す。
光の正体は、解析した毒素を元に構成された解毒魔法である。大サソリの毒針が刺さった右脚の患部を紫の光が覆い、それは徐々に広がっていく。
全身に回っていた毒素が中和され、青年の呼吸はみるみる穏やかになり、真っ青だった顔にも血色が戻りはじめた。
その光景を見ていた神官は、ただただ信じられないといった表情で立ち尽くす。
なんて、素晴らしい力だろう。
この魔毒士様は解毒魔法を施しながら、同時に回復魔法をかけている。
これほど高度な重複魔法を、神官は見たことがなかった。
大サソリの毒によって傷ついた青年の臓器は、瞬く間に修復されていき、壊死しかかっていた右脚の皮膚は再生までしている。
これがいかに驚異的なことであるか、同じく回復魔法を扱う神官は、畏怖すら感じた。
ちがう。我々とはまったく別次元の回復魔法だ。この方はおそらく魔毒士であるだけでなく、
なんということだろうか。神に感謝しなればならない。
稀なる回復特化魔法の使い手が現れなければ、青年ウィルが明日を迎えることは厳しかっただろう。
「終わりました」
レティシアの手から紫の光が消えたとき、青年ウィルの右脚はケガをする以前の状態に戻り、静かな寝息だけが聞こえていた。
「あとは、おまかせしても大丈夫ですか? わたしは魔獣用の忌避薬を散布しに行きます」
「おまかせ下さい。しかし魔毒士様、少しお休みになられた方が……」
あれほど高度な重複魔法を行使したのだから、魔力の消費も激しく、精神的な疲労も相当であろうと心配する神官に、レティシアは笑顔を見せる。
「お気遣いありがとうございます。でも、そこまで魔力は使っていませんから」
「そんなことはないでしょう。わたしも少なからず回復魔法を扱いますので、臓器の修復や再生が、いかに魔力を消費するかは心得ております」
その指摘はもっともだが──
「わたしの回復魔法の師匠は元冒険者なので、いかに魔力の消費を抑えるかを徹底的に教え込まれましたので」
事もなげに云って立ち上がったレティシアは、「それでは、もう行きますね」と教会から走り出ていった。
「あれだけの魔力を使いながら。まだ走れる体力があるなんて……」
自分よりもずっと年若い魔毒士は、才気に溢れている。羨ましさも感じないほどに、圧倒的な能力の差を見せられてしまったが、若い神官は新たな目標を見つけていた。
才能も魔力も比べものにならないが……両手を見つめながら決心する。
「もう1度、修行をしよう。もっとできることがあるかもしれない」
神官は安らかな寝息をたてる青年の額に手を当て、回復を祈りながら穏やかな魔力を送りはじめた。
大量の忌避薬を手にして駆け寄ってきたレティシアを見て、先輩魔毒士のマルスは驚いた。
「もう、終わったの?」
「はい、無事に解毒できました。回復魔法で臓器や皮膚組織も再生できましたし、神官様が付き添ってくれているので安心です」
感心するやら呆れるやら。
怪我人の元にレティシアを送り出してから、いったいどれほどの時間が経過しただろうか。
こちらの忌避薬の散布は、はじまったばかりだというのに。
それだけで、いかに短時間でレティシアが毒素の分析、解毒に成功し、治癒したかがわかる。初任務でこの仕事の早さは、異常としかいいようがない。
「えーと、全部ひとりで出来ちゃったの?」
「はい、なんとか。あっ、でも、念のため、あとでウィルさんの容態を診てもらってもいいですか?」
「ああ、いいとも」
ウィルという青年は、本当に運がいい。間違いなくレティシアは、あと数年で上級魔毒士になるだろう。
「僕も、うかうかしてられないな。あっという間に抜かれそう」
「えっ、何かおっしゃいましたか?」
訊き返してきた見習い魔毒士に「なんでもないよ」と答えながら、マルスは気を引き締めた。
村の周囲一帯に魔獣が嫌う忌避薬を散布し終えたマルスとレティシアは、夕方、教会に立ち寄ったあと、任務中の宿となる村の空き家に入った。
マルスが荷馬車から荷物を降ろしている間、レティシアは日常魔法で湯を沸かし、疲れて帰ってくるであろうアイリスとエディウスの為に風呂の用意をする。
「あとは、用意された夕食を温めておこうかな」
──と、思ったところで、外から馬のいななきが聞こえた。
「ただいま~」
戸口から聞こえてくるこは、アイリスの声。
「おかえりなさい。お疲れさまです」
「レティシアちゃん! 外でマルスに聞いたわよ~ 完璧な解毒と治癒だったらしいじゃない。さすがね~」
「そんなことありません。今回はたまたま毒素の分析が早くできたので」
「そんなに謙遜しないで。でも、そんな奥ゆかしさもカワイイわ~」
長身のアイリスから「もう、見ているだけで癒される~」と頭を撫でられながら、
「アイリスさん、お風呂の準備をしておきましたが、夕食の前に入られますか?」
聞いた瞬間。
「ああ、最高! 新婚さんみたい~ こんなお嫁さんが欲しいわ~」
興奮気味のアイリスに、ガバリッと抱きしめられたレティシアは、ふたたび豊満な胸に顔を埋めることになった。