「相変わらずだな」
やれやれ、といった表情のマルス。
休む間もなく裏山に向かった魔剣士2人を見送った魔毒士ふたりも、それぞれの役割を決めて動きだす。
「僕はひとまず、魔獣の忌避薬を周囲に散布してくるから、レティシアさんはケガをした村の人の様子を
「わかりました」
「よろしく」
段取りも決まり、村長の案内でレティシアが向かった先は、村の中央にある小さな教会だった。
「魔毒士様、こちらになります」
神殿から遣わされているという若い神官は、特務機関の制服を見るなり安堵の息を吐いた。
「魔毒士様ですか……ああ、良かった。わたしの力では解毒ができず、どんどん悪化していて……」
レティシアは寝台で荒い呼吸をする村人を見て、事態の深刻さを知る。
まずい、呼吸困難になりかけているわ。すぐに解毒しないと危ないかもしれない。
志し半ばで命を落とした前世。
この世界に転生を果たし、魔毒士として役目を果たすときが、ついにやってきた。ここから、人生のリトライがはじまる。
案内を終えた村長が教会から立ち去ると、さっそく神官が症状の経過を説明してきた。
「彼の名前は、ウィル。村の木こりです。ケガを負ってからずっと激しい痛みを訴えていたのですが、今朝から意識が朦朧となり、荒い呼吸を繰り返すばかりで」
症状を聞ながらレティシアは、寝台に横たわる男性の患部をさがす。
「右足に刺し傷があります」
察した神官が、足元の掛布をめくりあげると、右脚に巻かれた包帯がみえた。包帯をといて患部を直接目にしたレティシアの顔が、さらに険しくなる。
サソリの毒針が刺された箇所は、皮膚が赤黒く変色し、広範囲に腫れあがっていた。
「何か処置はしましたか?」
「患部を
回復魔法のおかげか、傷口は小さくなっているが、サソリの多くは神経系の毒素を持っている。
体内に毒が注入されたままでは、筋肉の痙攣から呼吸障害が起きて、心臓やその他の臓器も大ダメージを受けてしまうだろう。早急な解毒が必要だった。
レティシアは回復魔法のスキルを応用することで、軽い毒症状であれば毒素の分析も解毒魔法の構成も可能であるが、これほどまでに重篤な症状の分析ははじめてになる。
魔毒士なる前も、なってからも、レティシアの不満は募るばかりだ。
実際に魔獣による被害があるというのに、どうして動物毒や植物毒に代表される自然毒をもっと研究しないのだろうか。
解毒剤の精製まではいかなくとも、大サソリの毒素を抽出して分析が済んでいれば、すぐに解毒魔法を構成できるというのに……ふと、ジオ・ゼアの言葉を思いだした。
『伯爵位以上の貴族が魔獣に襲われて、魔毒士が近くにいなかったせいで、死んでしまった──なんて報告があがらない限り、だれも解毒剤の必要性なんて考えないさ』
はがゆい。いつの世も、権力者を中心に世界は回っているのだという現実が目の前に突き付けられた。しかし、ここで嘆いていても仕方がない。苦しむ木こりの患部に手を添えたレティシアは、不満をグッと押し殺す。
とにかく今は、彼の命を救うことが第一だ。自分にできることを、精一杯しなければ──
【スキル・分析】
一般階級の魔毒士に優劣がつくとすれば、それは間違いなくこの能力だ。いかに早く正確に、毒素の構成要素を分析できるか。
自然毒に分類される魔獣の毒素は、前世で薬学研究をしていたレティシアにとって馴染み深いものではあったが、やはり生物である以上、その土地の風土、環境によって違いがある。
今回、カナン村に被害を及ぼしている大サソリは、村長の話を聞く限り、レティシアが知る節足動物群の鋏角類であるサソリの特徴と一致していた。しかし、大きさはかなり違う。
前世の記憶にあるサソリは、大型でもせいぜい20センチを超えるくらいのものが大半で、人間の命が危険にさらされるような毒素を持つ個体は稀だ。
ところが、異世界大陸アウレリアンに広く分布する魔獣大サソリの全長は1メートルをゆうに超え、さらには体内に有する毒も、前世とは桁違いの猛毒だった。
寝台に横たわり荒い呼吸を繰返す青年ウィルは、今まちがいなく生命の危機にある。傷ついた右脚に残る毒の痕跡を、分析スキルで辿っていく。呼吸困難を引き起こしている神経毒の構成を解明しなければ、解毒魔法は使えない。
分析に集中するレティシアの額から汗が流れだすなか、ようやく毒素の構成が見えてきた。主成分となる毒素が見つかれば、あとは早い。
ああ、これだわ。
分析スキルにより、レティシアの脳裏には、数値化された毒素成分がグラフとなって完成した。
「解析できました。このまま、解毒魔法に移行します」
事も無げに云うレティシア。驚いたのは神官だ。
「えっ、もう分析できたのですか!? そのまま解毒って……」
わずか数分で毒素を分析し、そのまま解毒魔法を構成しはじめるレティシアの能力は、神業以外の何ものでもなかった。