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第2話



「魔剣士との合同任務ですか」



 机の上が書類に占領された魔毒士マルスの自室で、レティシアは初任務の詳細を訊いていた。



 レティシアに同行してくれるマルスは魔毒士歴7年目の25歳で、おそらく来年には上級魔毒士になると噂されている人物だ。



 面倒見が良く、少しお人好しなところがある青年は「僕、断るのが苦手で、ついつい……」と、依頼されてくる任務を次から次へと引受けてしまい、日々激務に追われるタイプだ。



「マルスさん、お忙しいときに、わたしの初任務に同行してくださり、ありがとうございます」



「ああ、それは全く気にしないで。いつもレティシアさんが差し入れてくれる薬草茶にどれだけ助けられていることか……あれが無かったらと思うと、本当に恐ろしいよ」



 年中顔色の悪いマルスに書類を届ける際、「よかったら、どうぞ」と差し入れていたレティシアの薬草茶は、今やマルスにとって無くてはならない必需品となっている。



「カナン村は馬で半日の距離にある。現地調査と討伐、浄化作業で2泊3日の予定だよ。緊急性が高い依頼ということは、おそらく村の近くに毒系の魔獣が出没したんだろうな」



 任務内容に目を通しながら、マルスは説明をつづけた。



「討伐隊の方は……あっ、上級魔剣士のアイリスか。彼女は僕の同期で、風雪系特化魔法の使い手なんだ。とっても強いから安心していいよ。あとは……見習い魔剣士がひとり。あれ、燃焼系っていったら、キミの幼馴染じゃないか」



「エディウスですか?」



「そう。これはまた、派手な編成だな。でも、楽しそうだ。レティシアさんは魔毒士に加えて回復士の役割もあるからね。キミ、やっぱりすごいなぁ。再生回復士ハイヒーラーなんだ。うちの上級回復士と同等の力があるんだね」



 感心しながら面倒見の良いマルスは、心配そうな目を向けてきた。



「魔毒士と回復士を兼務できるレティシアさんは、特務機関にとって御宝おたからみたいな存在だから。絶対にこき使われるよ。僕みたいにならないように断るときはキッパリ断るんだよ」



「お気遣いありがとうございます。あっ、マルスさん。携行品の清水と浄化薬のほかに、薬草茶も多めに持っていきましょうか」



「それは、是非!」



 レティシアの提案に、マルスの目が輝いた。



 翌日の早朝。



 特務機関の厩舎前には、馬を引いたアイリスとエディウス、荷馬車に乗ったマルスとレティシアが集合していた。



 マルスの同期である上級魔剣士アイリスは、ブラウンの豊かなウェーブヘアとメリハリのきいた豊満ボディの持ち主だった。



「よろしくね。レティシアちゃん! あらぁ~ 噂には聞いていたけど、本当にカワイイわぁ~ わたし、女の子だあ~いスキ!」



 ギュゥッ~~~! 挨拶代わりにレティシアは、ふくよかな双丘に顔を埋める形で抱きしめられた。



「え~と、アイリス、そのへんにしてあげて。レティシアさんが窒息しちゃうから」



「もう、マルスったら、邪魔しないでよね。あ、でも、いきなり慣れ慣れしいと嫌われちゃうか!」



 マルスのおかげでようやく解放されたレティシアは、息を整えつつ頭を下げる。



「魔毒士見習いのレティシア・アンナマリー・スペンサーです。よろしくお願いします」



「こちらこそ。アイリス・フィンよ。仲良くしましょうね。エディウスとは幼馴染みなんですって?」



「はい」



「こんなカワイイ幼馴染み、うらやましいわぁ~」



 エディウスの背中をバシバシ叩きながら、アイリスは発破はっぱをかける。



「しっかりね! レティシアちゃんにケガなんかさせられないわよ!」



「もちろんです」



 エディウスの強い眼差しが、レティシアに向けられた。



「どんな魔獣が現れようと、レティの髪の毛ひと筋、傷つけさせない。絶対に」



「エディ、よろしくね。初任務がいっしょで心強いわ」



「俺もだよ。レティがいっしょなら、少々血を流しても平気だ」



「あまりケガはして欲しくないんだけど……でも、全力で回復させるから安心して戦ってね」



「ありがとう」



 見習い同士のやり取りを見ていたアイリスとマルス。



「ねえ、マルス。あの2人、可愛すぎるんだけど~」



「初々しいなぁ。僕たちが忘れて、そして失くして久しいモノだよ。少しの気恥ずかしさと好奇心。そこはかとない甘さのなかに、さわやかな酸味がただよう感じ。いったい、いつ、どこに置き忘れてきてまったのだろう。アイリス、キミ知らない?」



「知らないわよ。ふつうに『甘酸っぱい』って云いなさいよね。そういうところが、オジさんなのよ。それから、まだわたしは忘れてないし、失っていないから!」



 快晴の下──



 アイリスとエディウスがそれぞれ単騎で先導し、荷馬車でつづくマルスとレティシア。一行は、半日かけて目的地のカナン村に到着した。



「お待ちしておりました。さぁ、どうぞ」



 村の代表者らに出迎えられた一行は、そのまま村長の家で詳細を訊くことになった。



「1週間前のことです。山に入った者が大怪我をして戻ってきまして、獣に襲われたというので、警戒はしていたのですが……一昨日、ついに村の裏山から1匹が紛れ込んできて、その時は松明たいまつの火で追い払えたものの」



 額に汗をにじませた村長は、ガタガタと震えだす。



「ただの獣ではありませんでした。恐ろしいバケモノです。前脚に大きなはさみを持ち、口の左右から伸びる牙がありました。長い尾の先には鋭い針があり、それを振り回して威嚇してくるのです」



「なるほど、もしかして、背中から尾にかけて青い筋状の模様がありませんでしたか?」



 マルスの言葉に、村長は大きく頷いた。



「ありました」



「おそらく、大サソリで間違いないでしょう。毒を持つ危険な魔獣です。松明の火で追い払えたのは不幸中の幸いでした。これからすぐに調査に向かいますが、皆さんはしばらく村から出ないように」



 アイリスとエディウスはすでに立ち上がっていた。



「マルス、あとは頼んだ。周辺一帯の調査から戻ったら、明日以降の対応を考えよう」



「アイリス、気をつけて。僕が調べたところ裏山の地形は……」



「行くわよ、エディウス!」



 現場、現物、現実。三現主義の上級魔剣士アイリスは、時間が惜しいと話しの途中で飛び出して行った。






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